血と束縛と

北川とも

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第17話

(20)

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 肉の悦びが生まれるのはあっという間だ。鷹津が刻む律動に、上体を捩りながら身悶える。
「はあっ……、あっ……ん、んうっ」
 鷹津の片手が、反り返って透明なしずくを垂らす和彦のものにかかる。きつく扱き上げられると、はしたないとわかっていながらも、腰を揺すって感じてしまう。そんな和彦の媚態に誘われたように、鷹津が胸元に唇を押し当ててきた。
 顔を上げた鷹津と口づけを貪り合いながら、内奥深くを強く突き上げられる。鷹津にしがみついたまま、和彦は絶頂に達していた。
 淫らな蠕動を繰り返す内奥の感触を、律動を止めて鷹津が堪能している。和彦は息を喘がせながら、そんな鷹津の顔を見上げていた。
 快感を貪る男の顔は、獣のような本性を見せながらも、ほんの一瞬優しく見えることがある。鷹津の場合は――。
 のろのろと片手を伸ばした和彦は、鷹津の頬にてのひらを押し当てる。鷹津は口元に笑みを浮かべると、前触れもなく内奥から欲望を引き抜き、荷物でも扱うように和彦の体をうつ伏せにした。
「ううっ……」
 腰を抱え上げられて、背後から貫かれる。内奥をこじ開けるように、鷹津のふてぶてしい欲望が奥深くまで押し入り、突き上げられる。和彦は声を上げ、背をしならせていた。
「あっ、い、や――。奥、きつ、い……」
 腰を掴まれて、もう一度突き上げられたところで訴えると、鷹津に腰を抱え込まれ、これ以上なくしっかりと繋がる。内奥の深いところで、鷹津の逞しい欲望を確かに感じた。
「こんなに締まりっぱなしだと、そりゃ、きついだろな。俺にとっては、最高に具合がいいが」
 鷹津の片手が胸元に這わされ、硬く凝った突起を手荒く摘み上げられる。小さく声を洩らした和彦は意識しないまま、鷹津のものをきつく締め付ける。息を弾ませた鷹津が、なぜか悔しげな口調で言った。
「……本当に、性質が悪いオンナだっ……」
 次の瞬間、和彦の内奥深くには、熱い精が注ぎ込まれた。


 シャワーを浴びて濡れた肌が、吸い付くようにぴったりと重なる。ベッドに座った和彦は背で、鷹津の逞しい胸の感触と体温を感じていた。事後、寄り添い、睦み合うような甘い関係ではないのだが、鷹津を意識して体を離すのは、なんだか悔しい。
 半ば意地のように和彦は、鷹津に引き寄せられるまま、身を預けていた。実際、だるくてたまらないのだ。本当は横になりたいが、鷹津を背もたれ代わりにするのも案外悪くはない。
 一方の鷹津は、片腕で和彦の体を抱き、ビールを呷りつつ何か考え込んでいる様子だった。
 エアコンですっかり暖められた室内は、何も身につけていない姿で過ごしていても、寒くはない。ただ、鷹津と違って一応恥じらいを持っている和彦は、手近にあった毛布を引き寄せ、下肢を覆っていた。
 その姿で和彦がベッドを下りようとすると、すかさず鷹津の腕に力が込められる。
「どこに行くんだ」
 和彦は振り返り、呆れた視線を向ける。
「こんな格好でどこに行けるんだ。……喉が渇いたから、水を飲みに行くだけだ」
「だったら――」
 鷹津がぐいっとビールを飲んだかと思うと、和彦は頭を引き寄せられる。唇を塞がれ、ビールを流し込まれた。思わず飲んでしまってから、鷹津を睨みつけた和彦だが、短く息を吐き出してぼそりと言った。
「……足りない」
 鷹津に口移しでビールを飲ませてもらっているうちに、緩やかに舌を絡め合う。唇の端からこぼれ落ちたビールが胸元を濡らすと、鷹津がてのひらで拭い、それがそのまま愛撫となっていた。
「んっ……」
 下肢を覆った毛布の下に鷹津の手が侵入し、内腿を撫でられる。素直には認めがたいが、体が鷹津の感触に馴染み始めていた。敏感なものの形を、思わせぶりに指でなぞられ、てのひらに包み込まれる。
「やっぱり、護衛を待たせておかないほうが、気兼ねなく楽しめていいだろ? お前も時間を気にしなくて済むしな」
 和彦の肩先に唇を押し当てて、そんなことを鷹津が言う。
「……護衛を待たせるのは、あんたのせいだ。あんたはしつこい」
「つまり俺と楽しむには、一晩必要ってことか」
「目だけじゃなく、耳まで腐ってるのか……」
「俺に、そんな口を聞いていいのか?」
 ニヤリと笑った鷹津が、和彦のものを緩やかに扱き始める。寸前のところで声を堪えた和彦は、鷹津の腕に手をかけはしたものの、行為自体は止められない。
 ふざけているように思えた鷹津だが、突然、真剣な口調で切り出した。
「これは、暴力団担当係の刑事としての忠告だ。――総和会に深入りするな」
 驚いた和彦は、間近にある鷹津の顔を凝視する。口調同様、真剣な表情で鷹津が見つめ返してきた。
「あそこは、十一の組の思惑が入り乱れて、組織も人間も複雑だ。トップに立つ人間の権限が大きいからこそ、統率は取れているがな。それでも、取り込まれると厄介だぞ」
「……深入りも何も、ぼくは書類上は、総和会に加入している」
「俺が言っているのは、形式的なことじゃない。いくら長嶺でも、総和会の意向には逆らえない。総和会が、お前を差し出せと命じれば、あいつは従わざるをえないだろう。そうなると長嶺組は、もうお前を庇護できない」
 和彦は、ここを訪れる前、守光と食事をともにしたときに言われた言葉を思い返す。総和会で和彦の身を預かりたいと、守光は言った。どういう意図かは不明で、本気か冗談なのかすらも判断がつかない。ただ、長嶺組の〈身内〉の処遇について命令はできないとも言ったのだ。
 半ば自分に言い聞かせるように、和彦は説明した。
「今だって、総和会の仕事はこなしている。それなのに、ぼくを差し出せなんて言うはずがない。だいたいぼくは、単なる医者だ。使い勝手がいいからぼくを使っているだけで、捜せば他に医者はいる」
「医者という役目だけを求めるなら、確かにそうだ。だが、佐伯和彦という人間は、特別だ。長嶺父子が執着して、大事に大事にしているからな」
「ヤクザという組織から見たら、そのことにどれだけの意味がある? 結局、個人的な繋がりだ。総和会とは関わりがないし、ぼくがその総和会に取り込まれる状況が、想像できない」
 説明するのが面倒になったのか、鷹津は大仰に顔をしかめる。
「まあ、そうなんだがな……。俺は長年、総和会という組織を見てきて、あそこの不気味さと怖さは肌で知っている。お前にとっては、長嶺組長の父親が会長を務める組織、でしかないだろうがな」
「……あんたは何を言いたいんだ。どうして急に、そんなことを言い出した」
 和彦の首筋に顔を寄せ、鷹津はアルコール臭い息を吐き出した。その顔は、また何か思案しているようだ。鷹津の中で、何かが引っかかっているのだ。
「いや、なんとなくだ。なんとなく、お前に迫るあのでかい男を見て、ふと気になった」
 詳しく尋ねられる雰囲気でもなく、和彦は鷹津の手から缶ビールを奪い取ると、一気に飲み干す。
 空になった缶を鷹津がベッドの下に転がし、和彦は再びベッドの上に押さえつけられた。鷹津としては、本当に一晩かけて楽しむつもりらしい。つき合わされる和彦としては、堪ったものではないが、嫌とは言えない。
 番犬に餌を与えるのは、飼い主の役目なのだから――。

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