389 / 1,289
第19話
(2)
しおりを挟む
澤村から和彦の携帯電話の番号を聞いて、自分たちが連絡しようと考えないのだろうかと、非難めいた気持ちを佐伯家に抱いてはいるが、仮に自分の家族の声を聞いたとしたら、和彦は次の瞬間には電話を切る自信があった。
結局、澤村に厄介な役回りを押し付けている責任の一端は、和彦にあるということだ。そういう負い目もあって、澤村からの働きかけを無碍にはできない。
困惑気味に電話で話す和彦を、シャワーを浴び終えた賢吾はニヤニヤと笑いながら観察していた。電話を終えてから、一通り和彦が事情を説明すると、さらにおもしろがる表情で、賢吾はこう問いかけてきた。
『それで、無邪気な子供のように、優しい両親からのプレゼントを受け取りに行くのか?』
嫌味な言い方をするなと、賢吾に対して怒った和彦だが、それでも、行かないとは答えられなかった。賢吾にしても、行くな、とは命令しなかった。それどころか、和彦の好きにすればいいとさえ言ってくれたのだ。
何を企んでいるのだろうか――。和彦の脳裏を、ふっとそんな言葉が過る。ただし、その言葉を向ける相手は賢吾ではなく、佐伯家に対してだ。
根に持っているつもりはないが、和彦は家族から誕生日プレゼントをもらった記憶がない。祝ってくれていたのは、常に他人だった。
携帯電話の画面に視線を落としたまま、無意識のうちに和彦は眉をひそめる。佐伯家の動向だけでなく、和彦を悩ましい気分にさせる事柄は他にもあるのだ。
守光の自宅で、顔にかけられた布の感触がふいに蘇り、反射的に頬を撫でる。次の瞬間、テーブルの傍らで人の気配を感じた。ランチが運ばれてきたのだと思い、無防備に顔を上げた和彦は、飛び上がるほど驚いた。
「あっ……」
見上げるほど大きな体をスーツに包んだ男が、じっと和彦を見下ろしていた。南郷だ。
目が合った途端、身がすくむ。和彦が南郷に対して感じる怖さは、理屈ではなく、本能的なものだ。南郷から漂う粗暴さや猛々しさは、和彦が絶対受け付けられない種類のものだ。この男の側にいるだけで、痛みを感じてしまう。
警戒して身構える和彦の反応をどう感じたのか、南郷は唇を歪めるようにして笑った。
「どうして、ここに――」
ようやく和彦が口を開いたそのとき、タイミング悪く、ランチが運ばれてくる。すると、ごく自然な動作で南郷は、和彦の向かいのイスに座り、コーヒーを注文した。
戸惑う和彦に向けて、南郷はこう言い放った。
「気にせず食ってくれ。俺も勝手に話す」
「……気にせずって……、何か、ご用ですか? 職場のすぐ近くで、あまり目立つことはしたくないんですが」
どうしても和彦の口調は刺々しいものとなる。片手の指で足りるほどしか南郷と顔を合わせていないが、好印象を抱ける相手ではないと認識するには十分だ。
和彦は、客がほとんどいない店内をそっと見回す。一見して筋者だとわかる南郷を、離れた場所に立つ店員が遠慮がちに眺めていた。しばらくこの店には立ち寄れないと、和彦は思った。
半ば強引に南郷の存在を意識の外に追い払い、割り箸を手にする。すでに食欲はなくなっていたが、いまさら席を立つわけにはいかない。味噌汁を一口啜ってから、ご飯に箸をつけようとしたとき、南郷がスッと化粧ケースを差し出してきた。何事かと思いはしたが、たった今、南郷を相手にしないと決めたばかりだ。和彦はムキになって食事を続ける。
一方の南郷は、和彦の態度をものともせず、化粧ケースを開けた。中に入っていたのは、シルバーチェーンのブレスレットだ。
「――あんたへの誕生日プレゼントだ」
慌てて椀と箸を置いた和彦は、南郷を真正面から見つめる。
「えっ……?」
「あんたもうすぐ、誕生日だろ」
「誰から、そのことを聞いたんですか」
問いかけてすぐに、南郷に和彦のことを話すのは、守光しかいないと確信する。次に和彦が考えたのは、このプレゼントには、誕生日祝い以外の意味が込められているのではないかということだった。
「……もしかして、これは……、会長から、ですか?」
「あんたに似合いそうだ」
和彦は咄嗟に化粧ケースを押し返そうとしたが、簡単に南郷に押し戻される。
「俺が持って帰れると思うか? いらないなら、俺の見ている前でゴミ箱に捨ててくれ」
「そんなことっ……。正直、こういうことをされると困ります」
「俺は困らない。諦めて、身につけるんだな」
南郷が、まるで威圧してくるようにテーブルに身を乗り出してくる。他人からは、さぞかし和彦が脅されているように見えるだろう。実際、似たような状況だ。
結局、澤村に厄介な役回りを押し付けている責任の一端は、和彦にあるということだ。そういう負い目もあって、澤村からの働きかけを無碍にはできない。
困惑気味に電話で話す和彦を、シャワーを浴び終えた賢吾はニヤニヤと笑いながら観察していた。電話を終えてから、一通り和彦が事情を説明すると、さらにおもしろがる表情で、賢吾はこう問いかけてきた。
『それで、無邪気な子供のように、優しい両親からのプレゼントを受け取りに行くのか?』
嫌味な言い方をするなと、賢吾に対して怒った和彦だが、それでも、行かないとは答えられなかった。賢吾にしても、行くな、とは命令しなかった。それどころか、和彦の好きにすればいいとさえ言ってくれたのだ。
何を企んでいるのだろうか――。和彦の脳裏を、ふっとそんな言葉が過る。ただし、その言葉を向ける相手は賢吾ではなく、佐伯家に対してだ。
根に持っているつもりはないが、和彦は家族から誕生日プレゼントをもらった記憶がない。祝ってくれていたのは、常に他人だった。
携帯電話の画面に視線を落としたまま、無意識のうちに和彦は眉をひそめる。佐伯家の動向だけでなく、和彦を悩ましい気分にさせる事柄は他にもあるのだ。
守光の自宅で、顔にかけられた布の感触がふいに蘇り、反射的に頬を撫でる。次の瞬間、テーブルの傍らで人の気配を感じた。ランチが運ばれてきたのだと思い、無防備に顔を上げた和彦は、飛び上がるほど驚いた。
「あっ……」
見上げるほど大きな体をスーツに包んだ男が、じっと和彦を見下ろしていた。南郷だ。
目が合った途端、身がすくむ。和彦が南郷に対して感じる怖さは、理屈ではなく、本能的なものだ。南郷から漂う粗暴さや猛々しさは、和彦が絶対受け付けられない種類のものだ。この男の側にいるだけで、痛みを感じてしまう。
警戒して身構える和彦の反応をどう感じたのか、南郷は唇を歪めるようにして笑った。
「どうして、ここに――」
ようやく和彦が口を開いたそのとき、タイミング悪く、ランチが運ばれてくる。すると、ごく自然な動作で南郷は、和彦の向かいのイスに座り、コーヒーを注文した。
戸惑う和彦に向けて、南郷はこう言い放った。
「気にせず食ってくれ。俺も勝手に話す」
「……気にせずって……、何か、ご用ですか? 職場のすぐ近くで、あまり目立つことはしたくないんですが」
どうしても和彦の口調は刺々しいものとなる。片手の指で足りるほどしか南郷と顔を合わせていないが、好印象を抱ける相手ではないと認識するには十分だ。
和彦は、客がほとんどいない店内をそっと見回す。一見して筋者だとわかる南郷を、離れた場所に立つ店員が遠慮がちに眺めていた。しばらくこの店には立ち寄れないと、和彦は思った。
半ば強引に南郷の存在を意識の外に追い払い、割り箸を手にする。すでに食欲はなくなっていたが、いまさら席を立つわけにはいかない。味噌汁を一口啜ってから、ご飯に箸をつけようとしたとき、南郷がスッと化粧ケースを差し出してきた。何事かと思いはしたが、たった今、南郷を相手にしないと決めたばかりだ。和彦はムキになって食事を続ける。
一方の南郷は、和彦の態度をものともせず、化粧ケースを開けた。中に入っていたのは、シルバーチェーンのブレスレットだ。
「――あんたへの誕生日プレゼントだ」
慌てて椀と箸を置いた和彦は、南郷を真正面から見つめる。
「えっ……?」
「あんたもうすぐ、誕生日だろ」
「誰から、そのことを聞いたんですか」
問いかけてすぐに、南郷に和彦のことを話すのは、守光しかいないと確信する。次に和彦が考えたのは、このプレゼントには、誕生日祝い以外の意味が込められているのではないかということだった。
「……もしかして、これは……、会長から、ですか?」
「あんたに似合いそうだ」
和彦は咄嗟に化粧ケースを押し返そうとしたが、簡単に南郷に押し戻される。
「俺が持って帰れると思うか? いらないなら、俺の見ている前でゴミ箱に捨ててくれ」
「そんなことっ……。正直、こういうことをされると困ります」
「俺は困らない。諦めて、身につけるんだな」
南郷が、まるで威圧してくるようにテーブルに身を乗り出してくる。他人からは、さぞかし和彦が脅されているように見えるだろう。実際、似たような状況だ。
71
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる