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第19話
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大きさと重さから、中に何が入っているのか推測しているうちに、コーヒーが運ばれてくる。和彦はすぐに箱を袋に戻した。
「……お前を呼び出すことを承諾したとき、条件として、監視や尾行はつけないでくれと頼んだ。それと今後、佐伯家の都合では動かないことも言っておいた。もう少し気楽な気分で、お前と会って話したいからな」
ここで澤村は大きく息を吐き出し、視線を遠くへと向けた。
「大人の男が、自分の考えで姿を隠して、肉親と連絡を取りたがらないんだ。もう俺は、とやかく言わねーよ。お前が巻き込まれたトラブルは気になるが、拉致・監禁って物騒な事態になってるわけじゃないのは、とっくにわかってるしな」
その物騒な事態に、限りなく近い目に遭ったことはあるが、澤村に話す必要はないだろう。少なくとも今の和彦は、複数の男たちによって大事に扱われている。ただし、物騒な世界で。
「だから、最後にもう一度だけ言っておく。――家族である限り、会ってじっくりと話し合ったほうがいい。お前と家族の間にどんなわだかまりがあるのか知らないが、それにしたって、何も知らせなくていい理由にはならないだろ」
澤村の真剣な眼差しに対して、曖昧な返事をするしかできない。和彦は視線をさまよわせ、このとき、離れたテーブルについている秦と中嶋の姿に初めて気づく。和彦のあとに店に入る手筈で、違和感なく店内に溶け込んでいる。
佐伯家の監視はついていないという澤村の話が本当だとしても、佐伯家が澤村を騙している可能性もあるため、やはり二人の存在は心強い。
和彦はさりげなく二人から視線を逸らし、コーヒーにミルクを入れる。
「……まだ、心の準備ができてない。自分の今の状況を、家族に伝えられる自信がない。クリニックにばら撒かれた写真の件だけでも、説明するのに抵抗があるんだ。これが普通の家庭なら、素直に助けも求められるんだろうが……、うちは生憎、普通とは言えない」
「もしかして、官僚一家の名に傷をつけると思ってるのか――」
「家の名に傷がついて困るのは、ぼくじゃなくて、家族のほうだ。だからなんとかして、ぼくと連絡を取ろうとしているんだろう。それに最近は、いろいろと慌しいみたいだし」
佐伯家との今後のことを考えるだけで、和彦は気疲れする。それが声に表れたらしい。澤村にこう言われた。
「佐伯、お前もしかして、疲れてるか?」
ハッと背筋を伸ばした和彦は、慌てて否定する。
「そうじゃないっ……。仕事帰りで、気が抜けているだけだ。それに、こうしてお前と話せて、ほっともしている。実は、家族の誰かを連れてくるんじゃないかと、身構えていたんだ」
「……仕事、上手くいってるか?」
澤村の遠慮がちな問いかけに、和彦は頷く。
「ああ。周りがサポートしてくれるおかげで、大変だけど、充実している」
「そうか」
そう答えた澤村が、腕時計を見る。和彦が首を傾げると、芝居がかった得意げな表情で澤村は言った。
「これからデートなんだ」
「相変わらずモテてるようだな、澤村先生」
「まあな。――あんまりお前と一緒にいると、根掘り葉掘り聞きたくなる。だから、俺なりの自衛策だ。俺は何があっても、デートには遅刻しない男だからな」
澤村は、和彦の目の前に引かれた境界線のあちら側で生きている男だ。住む世界が違うとわかっていながら、細い糸にすがるように繋がりを持ち続けているのは、澤村との友情を失いたくないからだ。
少なくとも和彦から、この友情を断ち切る勇気はなかった。
「澤村先生がモテるはずだな」
和彦がぽつりと洩らした言葉に、澤村は思いきりキザなウィンクをくれた。
澤村と別れてカフェを出た和彦は、尾行を警戒して、駅ビル内を歩き回っていた。
エスカレーターを使っていると、すぐ背後から声をかけられた。
「尾行はついていませんよ、先生」
まさか後ろに人がいるとは思っていなかった和彦は、飛び上がりそうなほど驚き、振り返る。口元を緩めた中嶋が立っていた。
「……びっくりした」
「先生は、周囲を警戒している分、半径一メートル以内に距離を詰められると弱いですね。簡単に後ろを取れました」
「次から気をつける」
「いえいえ、このまま無防備でいてください。楽しいですから」
そんなことを言って、澄ました顔で中嶋は辺りに視線を向ける。軽口を叩いているようで、切れ者のヤクザは自分の役目を忘れたりはしない。和彦の身に何かあってはいけないと、気を張っているのだ。
「秦は?」
「先に車に行っています。駅近くで待っているので、そこまで少し歩いてもらいますね」
「それはかまわないが――」
エスカレーターを降りた和彦が歩き出すと、すかさず中嶋に腕を掴まれて引っ張られる。
「……お前を呼び出すことを承諾したとき、条件として、監視や尾行はつけないでくれと頼んだ。それと今後、佐伯家の都合では動かないことも言っておいた。もう少し気楽な気分で、お前と会って話したいからな」
ここで澤村は大きく息を吐き出し、視線を遠くへと向けた。
「大人の男が、自分の考えで姿を隠して、肉親と連絡を取りたがらないんだ。もう俺は、とやかく言わねーよ。お前が巻き込まれたトラブルは気になるが、拉致・監禁って物騒な事態になってるわけじゃないのは、とっくにわかってるしな」
その物騒な事態に、限りなく近い目に遭ったことはあるが、澤村に話す必要はないだろう。少なくとも今の和彦は、複数の男たちによって大事に扱われている。ただし、物騒な世界で。
「だから、最後にもう一度だけ言っておく。――家族である限り、会ってじっくりと話し合ったほうがいい。お前と家族の間にどんなわだかまりがあるのか知らないが、それにしたって、何も知らせなくていい理由にはならないだろ」
澤村の真剣な眼差しに対して、曖昧な返事をするしかできない。和彦は視線をさまよわせ、このとき、離れたテーブルについている秦と中嶋の姿に初めて気づく。和彦のあとに店に入る手筈で、違和感なく店内に溶け込んでいる。
佐伯家の監視はついていないという澤村の話が本当だとしても、佐伯家が澤村を騙している可能性もあるため、やはり二人の存在は心強い。
和彦はさりげなく二人から視線を逸らし、コーヒーにミルクを入れる。
「……まだ、心の準備ができてない。自分の今の状況を、家族に伝えられる自信がない。クリニックにばら撒かれた写真の件だけでも、説明するのに抵抗があるんだ。これが普通の家庭なら、素直に助けも求められるんだろうが……、うちは生憎、普通とは言えない」
「もしかして、官僚一家の名に傷をつけると思ってるのか――」
「家の名に傷がついて困るのは、ぼくじゃなくて、家族のほうだ。だからなんとかして、ぼくと連絡を取ろうとしているんだろう。それに最近は、いろいろと慌しいみたいだし」
佐伯家との今後のことを考えるだけで、和彦は気疲れする。それが声に表れたらしい。澤村にこう言われた。
「佐伯、お前もしかして、疲れてるか?」
ハッと背筋を伸ばした和彦は、慌てて否定する。
「そうじゃないっ……。仕事帰りで、気が抜けているだけだ。それに、こうしてお前と話せて、ほっともしている。実は、家族の誰かを連れてくるんじゃないかと、身構えていたんだ」
「……仕事、上手くいってるか?」
澤村の遠慮がちな問いかけに、和彦は頷く。
「ああ。周りがサポートしてくれるおかげで、大変だけど、充実している」
「そうか」
そう答えた澤村が、腕時計を見る。和彦が首を傾げると、芝居がかった得意げな表情で澤村は言った。
「これからデートなんだ」
「相変わらずモテてるようだな、澤村先生」
「まあな。――あんまりお前と一緒にいると、根掘り葉掘り聞きたくなる。だから、俺なりの自衛策だ。俺は何があっても、デートには遅刻しない男だからな」
澤村は、和彦の目の前に引かれた境界線のあちら側で生きている男だ。住む世界が違うとわかっていながら、細い糸にすがるように繋がりを持ち続けているのは、澤村との友情を失いたくないからだ。
少なくとも和彦から、この友情を断ち切る勇気はなかった。
「澤村先生がモテるはずだな」
和彦がぽつりと洩らした言葉に、澤村は思いきりキザなウィンクをくれた。
澤村と別れてカフェを出た和彦は、尾行を警戒して、駅ビル内を歩き回っていた。
エスカレーターを使っていると、すぐ背後から声をかけられた。
「尾行はついていませんよ、先生」
まさか後ろに人がいるとは思っていなかった和彦は、飛び上がりそうなほど驚き、振り返る。口元を緩めた中嶋が立っていた。
「……びっくりした」
「先生は、周囲を警戒している分、半径一メートル以内に距離を詰められると弱いですね。簡単に後ろを取れました」
「次から気をつける」
「いえいえ、このまま無防備でいてください。楽しいですから」
そんなことを言って、澄ました顔で中嶋は辺りに視線を向ける。軽口を叩いているようで、切れ者のヤクザは自分の役目を忘れたりはしない。和彦の身に何かあってはいけないと、気を張っているのだ。
「秦は?」
「先に車に行っています。駅近くで待っているので、そこまで少し歩いてもらいますね」
「それはかまわないが――」
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