血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
485 / 1,292
第22話

(22)

しおりを挟む
 障子を開けると、中嶋が一人、手持ち無沙汰な様子でテーブルについていた。そんな中嶋を見て、和彦は即座に疑問を感じた。
「……秦は?」
 コートを脱ぎながら問いかけると、中嶋は軽く肩をすくめる。
「急な出張です。しかも、海外」
「それは本当に急だな。夕飯を一緒にどうかとメールを送ってきたのは、今日の午前中だったのに」
 和彦はイスに腰掛け、傍らにコートを置く。すでに料理を注文しておいたのか、すぐに店員たちが、鍋や皿に盛った食材を運んできて、二人が見ている前で手早く調理を始めた。
「今日は、鍋を食べないかと言って秦に誘われたんだ」
「鶏すきですよ。これからどんどん暖かくなってきて、鍋料理を食べる機会も減ってきますから。――仲がいい者同士、鍋をつつき合うのに憧れていたみたいです、秦さんは」
 このとき和彦は、自覚もないまま奇妙な表情をしたらしい。中嶋はヤクザらしくない、軽やかな笑い声を上げた。
 和彦としては、中嶋と秦とどんな顔をして会おうかと、多少なりと緊張してここまで足を運んだのだ。なんといっても、大胆で淫靡な行為に及んだ〈仲がいい者同士〉だ。ただ、居心地が悪い――気恥ずかしい思いをするとわかっていながら、誘いに乗ったのには理由がある。
「……憧れていた本人が、出張でこの場にいないというのも、ついてないな」
「まあ、仕方ありません。重要な人から、重要な仕事を仰せつかったようなので」
 意味ありげな中嶋の物言いで、すぐに和彦はピンときた。だからといって、ここで長嶺組組長の名を出すわけにもいかず、曖昧な返事をする。
「へえ……。自分の店もあるのに、大変だな」
「その店を順調に営めるのも、後ろ盾があってのことだから、と本人は笑ってましたよ。……とはいっても俺は、行き先も仕事の内容も、教えてもらってないんですけどね。なんといっても、所属する組織が違いますから」
「拗ねているのか?」
 中嶋が目を丸くしたところで、飲み物が運ばれてくる。車の運転がある中嶋に合わせて、二人揃ってウーロン茶だ。
 鍋の準備を終えた店員が出て行くのを待ってから、苦笑交じりで中嶋が口を開く。
「先生は、ヤクザ相手に話している感覚がないでしょう」
 そんなことはない。常に、君がヤクザだということは頭にある。ただ君とは、物騒な話をするより、こうして飲み食いしたり、いかがわしいことをしていることのほうが多いからな。だから遠慮がなくなるんだ」
「いかがわしい、ね……」
 食えない笑みを浮かべた中嶋がグラスを掲げたので、和彦も倣う。軽くグラスを触れ合わせて、とりあえず乾杯となる。
 ウーロン茶を一口飲んだ和彦は、ほっと息を吐き出した。
「君がヤクザだろうが、野心のためにぼくと親しくしていようが、一緒にいて気楽なのは確かだ。多分、君の〈女〉の部分を知っているからだろうな。今の世界で、他の男たちは絶対に見せない部分だ。それをぼくに晒してくれた分だけ、君を信頼――はどうかと思うが、近しい存在だとは思っている」
「先生は率直だ。俺は単純に、先生が好きですよ。もちろん、利用価値としての魅力も十分感じていますが」
「……君も十分、率直だ」
 鍋が煮立ってきたところで、生卵を落とした器を手に取る。実は、鶏すきを食べるのは初めてだ。卵を絡めた鶏肉を口に運んだ和彦は、その味に満足しながら、ふとこんなことを考えていた。
 寒いうちに、三田村ともう一度ぐらい鍋を一緒に食べたかったな、と。もっとも三田村のことなので、和彦が望めば、それこそ真夏であろうが熱い鍋につき合ってくれるだろう。
 思いがけず三田村のことを考えて、ここ最近、ゆっくりと会えない状況がもどかしくなってくる。三田村だけでなく、和彦も忙しすぎる。ただ会って食事をするだけなら、時間は作れる。しかし、三田村と顔を合わせて、それだけで済ませるのはあまりに酷だ。気が済むまで抱き合いたいし、口づけも交わしたい。何より、三田村の背の虎を撫でてやりたい――。
 三田村との濃密な情交が脳裏に蘇る。甘美な記憶にそのまま浸ってしまいそうで、和彦は慌てて意識を現実に引き戻す。ふと目を上げると、口元を緩めた中嶋がじっとこちらを見ていた。
「今、艶かしい顔をしていましたよ、先生」
「ぼくの〈オトコ〉のことを考えていた」
 あえて大胆な発言をしてみると、中嶋が一瞬視線をさまよわせる。ムキになって反論するより、よほど効果があったようだ。
 羞恥心を刺激する会話を続けるのは不毛だと、互いに嫌というほどわかっている。何事もなかった顔をして、まずは鶏すきを味わうことにした。

しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL シリアスはほとんどないです 不定期更新

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...