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第23話
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気取った言い方をするほどのことでもないだろうと、心の中で呟いた和彦は、眉をひそめてウィンドーのほうを向く。すると、唐突に鷹津が話し始めた。
「――県警には、毎年この時期に恒例行事になっていることがある。ある集会を監視するために特別対策室が設けられて、俺のいる課だけじゃなく、県警の管区機動隊に大号令がかかるんだ。暴力団撲滅を謳ってな」
鷹津が何を言おうとしているか察し、数秒の間を置いて和彦は応じる。
「総和会が催す、花見会のことか?」
「やっぱり知ってやがったな」
「教えてもらったのは最近だ。……それで、聞きたいことというのは……」
「万が一にも、お前が出席するのか気になってな。さすがに長嶺が、自分の弱みにもなりかねないオンナを伴って、大物ヤクザが勢揃いする場に出かけるほどマヌケとも思えんが――どうなんだ?」
鷹津はこれでも警察の人間だ。本来であれば、長嶺組や総和会にとって敵ともいえる人間だ。現在も、決して賢吾たちに対して友好的というわけではなく、妙な成り行きから、あくまで和彦の〈番犬〉としてつき合っているのだ。
こちら側の情報を、賢吾に相談もなく与えていいものだろうか。和彦がそう逡巡していると、こちらを一瞥した鷹津は鼻先で笑った。
「その様子だと、出席するみたいだな。あの長嶺が、色ボケして迂闊な判断をしたと取るべきか、何か企みがあるのか……」
「――組長が決めたんじゃない」
頭で考えるより先に、言葉が口をついて出る。
「長嶺組長は、ぼくを花見会に連れて行く気はなかったし、もちろんぼくは、自分が出席するなんて考えもしなかった。でも、やむをえない事情ができたんだ」
鷹津が、賢吾を蔑むような発言をしたことが、なぜかいまさら気に障った。いや、単に、鷹津の誤解を訂正したかっただけだったのかもしれない。とにかくこのときの和彦は、鷹津相手の駆け引きを忘れていた。
鷹津は前を見据えたまま、冴えた表情を浮かべる。通りすぎる車のライトを受けて、サソリにも例えられる下卑た嫌な男は、精悍で有能な刑事に見えた。
「……長嶺でも手の打ちようのない、やむをえない事情ってのは、興味があるな。総会――ヤクザどもに言わせれば花見会か、そこで揉めるのを避けたのか。だとしても、わざわざ目立つ場に、いかにも堅気のお前を連れていくのは解せないな」
こちらに語りかけているようでありながら、どこか独り言のようでもある鷹津の言葉を、和彦は無視できなかった。
「花見会へ出席するよう言ったのは、総和会会長だ。ぼくは、長嶺組長じゃなく、長嶺会長の客として招待されることになったんだ」
車内に響いたのは、鷹津の忌々しげな舌打ちの音だった。
「総和会に深入りするなと言っておいたが、俺の忠告は無駄だったようだな。もう、総和会会長に取り入ったのか」
「あの人も、長嶺の男だ。……つき合いを拒む手段があると思うか?」
和彦がきつい眼差しを向けた先で、唇を歪めて黙り込んでいた鷹津だが、あることに気づいたように目を見開いた。
「――……長嶺の男、って、お前まさか……」
和彦はさすがに返事は避けたが、それでも鷹津には十分伝わったようだ。嫌悪感も露わな声で言われた。
「怖い奴だな、佐伯。あのジジイ、今何歳だ。実年齢より若く見えると言われてはいるが、それでもけっこうな歳のはずだ。そんなジジイでも、お前相手には勃つのか」
「用がそれだけなら、さっさとマンションに引き返せっ。あんたみたいな奴からの、罵りの言葉を聞くつもりはないからな」
一瞬の激情から声を荒らげた和彦だが、冷静になるのは早かった。これは鷹津に対する八つ当たりだと、嫌になるほど自覚していた。賢吾や千尋だけでなく、守光とも関係を持ち、〈オンナ〉と呼ばれることに、堂々と胸を張れるわけもない。普段は意識しないようにしているが、和彦の中に恥じ入る気持ちはあるのだ。鷹津の発言は、目を背けたい事実を和彦に突きつけてくる。だから、腹が立つ。
「そうやってキャンキャンと吠えるということは、自分でものっぴきならない状況になっていると、自覚はあるのか」
「当たり前だ……。あの長嶺の男で、しかも総和会会長だ。ぼくには何もできない」
「そしてお前は、その長嶺の男とおそろしく相性がいい。自分の持つ絶大な力を見せ付ける舞台に、わざわざお前を招待するということは、長嶺守光も、特別なオンナだと認めているということか――……」
答えようがなくて唇を引き結ぶと、鷹津も返事を求めてくることはなく、車内に沈黙が訪れる。マンションに引き返すよう言ってもよかったが、助手席に座っての、見慣れた場所を回るだけのドライブも案外悪くはなく、なんとなく和彦は切り出すきっかけを掴みかねる。
「――県警には、毎年この時期に恒例行事になっていることがある。ある集会を監視するために特別対策室が設けられて、俺のいる課だけじゃなく、県警の管区機動隊に大号令がかかるんだ。暴力団撲滅を謳ってな」
鷹津が何を言おうとしているか察し、数秒の間を置いて和彦は応じる。
「総和会が催す、花見会のことか?」
「やっぱり知ってやがったな」
「教えてもらったのは最近だ。……それで、聞きたいことというのは……」
「万が一にも、お前が出席するのか気になってな。さすがに長嶺が、自分の弱みにもなりかねないオンナを伴って、大物ヤクザが勢揃いする場に出かけるほどマヌケとも思えんが――どうなんだ?」
鷹津はこれでも警察の人間だ。本来であれば、長嶺組や総和会にとって敵ともいえる人間だ。現在も、決して賢吾たちに対して友好的というわけではなく、妙な成り行きから、あくまで和彦の〈番犬〉としてつき合っているのだ。
こちら側の情報を、賢吾に相談もなく与えていいものだろうか。和彦がそう逡巡していると、こちらを一瞥した鷹津は鼻先で笑った。
「その様子だと、出席するみたいだな。あの長嶺が、色ボケして迂闊な判断をしたと取るべきか、何か企みがあるのか……」
「――組長が決めたんじゃない」
頭で考えるより先に、言葉が口をついて出る。
「長嶺組長は、ぼくを花見会に連れて行く気はなかったし、もちろんぼくは、自分が出席するなんて考えもしなかった。でも、やむをえない事情ができたんだ」
鷹津が、賢吾を蔑むような発言をしたことが、なぜかいまさら気に障った。いや、単に、鷹津の誤解を訂正したかっただけだったのかもしれない。とにかくこのときの和彦は、鷹津相手の駆け引きを忘れていた。
鷹津は前を見据えたまま、冴えた表情を浮かべる。通りすぎる車のライトを受けて、サソリにも例えられる下卑た嫌な男は、精悍で有能な刑事に見えた。
「……長嶺でも手の打ちようのない、やむをえない事情ってのは、興味があるな。総会――ヤクザどもに言わせれば花見会か、そこで揉めるのを避けたのか。だとしても、わざわざ目立つ場に、いかにも堅気のお前を連れていくのは解せないな」
こちらに語りかけているようでありながら、どこか独り言のようでもある鷹津の言葉を、和彦は無視できなかった。
「花見会へ出席するよう言ったのは、総和会会長だ。ぼくは、長嶺組長じゃなく、長嶺会長の客として招待されることになったんだ」
車内に響いたのは、鷹津の忌々しげな舌打ちの音だった。
「総和会に深入りするなと言っておいたが、俺の忠告は無駄だったようだな。もう、総和会会長に取り入ったのか」
「あの人も、長嶺の男だ。……つき合いを拒む手段があると思うか?」
和彦がきつい眼差しを向けた先で、唇を歪めて黙り込んでいた鷹津だが、あることに気づいたように目を見開いた。
「――……長嶺の男、って、お前まさか……」
和彦はさすがに返事は避けたが、それでも鷹津には十分伝わったようだ。嫌悪感も露わな声で言われた。
「怖い奴だな、佐伯。あのジジイ、今何歳だ。実年齢より若く見えると言われてはいるが、それでもけっこうな歳のはずだ。そんなジジイでも、お前相手には勃つのか」
「用がそれだけなら、さっさとマンションに引き返せっ。あんたみたいな奴からの、罵りの言葉を聞くつもりはないからな」
一瞬の激情から声を荒らげた和彦だが、冷静になるのは早かった。これは鷹津に対する八つ当たりだと、嫌になるほど自覚していた。賢吾や千尋だけでなく、守光とも関係を持ち、〈オンナ〉と呼ばれることに、堂々と胸を張れるわけもない。普段は意識しないようにしているが、和彦の中に恥じ入る気持ちはあるのだ。鷹津の発言は、目を背けたい事実を和彦に突きつけてくる。だから、腹が立つ。
「そうやってキャンキャンと吠えるということは、自分でものっぴきならない状況になっていると、自覚はあるのか」
「当たり前だ……。あの長嶺の男で、しかも総和会会長だ。ぼくには何もできない」
「そしてお前は、その長嶺の男とおそろしく相性がいい。自分の持つ絶大な力を見せ付ける舞台に、わざわざお前を招待するということは、長嶺守光も、特別なオンナだと認めているということか――……」
答えようがなくて唇を引き結ぶと、鷹津も返事を求めてくることはなく、車内に沈黙が訪れる。マンションに引き返すよう言ってもよかったが、助手席に座っての、見慣れた場所を回るだけのドライブも案外悪くはなく、なんとなく和彦は切り出すきっかけを掴みかねる。
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