583 / 1,292
第26話
(11)
しおりを挟む
玄関のドアが閉まる音を聞いて、一気に緊張が緩む。和彦は安堵の吐息を洩らすと、次に鷹津を睨みつけた。
「南郷を挑発してどうするんだ」
「俺が相手をしなかったら、あいつはネチネチとお前に絡み続けたぞ」
「だからといって――……」
鷹津と長嶺組は、反目しつつも利用し合うという関係を築いているが、だからといって同じ手法が他の組織に通じるとは限らない。特に、手駒が多いであろう総和会には。南郷のあの余裕は、たかが一介の刑事など恐れていないという自信の表れだ。だからこそ、その南郷を挑発したあとのことを考えると、和彦は空恐ろしくなるのだ。
和彦の側にやってきた鷹津が顔を覗き込んでくる。揶揄するようにこう声をかけてきた。
「なんだ。俺の心配をしてくれてるのか?」
「……あんたを狂犬だと、よく言ったものだと感心していたんだ。誰彼かまわず噛みつく」
鷹津が左手で頬に触れてこようとしたので、その手を邪険に振り払う。すかさずその手を握り締められた。
「――やけにあの男と会話が弾んでいたな」
思いがけない鷹津の発言に、和彦は眼差し同様、刺々しい声を発する。
「それは、皮肉で言っているのか?」
「いや、本気で言っている。俺の知らないところで、南郷と何かあったみたいだな。傍で聞いていて、ムカついた」
南郷との間に、『何か』は確かにあった。だが、口には出せない。理由の一つは単純で、盗聴器を通して、長嶺組の男たちに知られるからだ。その男たちは、賢吾に隠し事は絶対にしない。すべて、報告される。
そして今、和彦の目の前にいるのは、蛇蝎の片割れである、鷹津だ。
すでに複数の男たちと同時に関係を持っている身でありながら、いまさら体に触れられたぐらい、と鷹津に言われたくなかった。事実ではあるが、きっと自分は屈辱感に苛まれると、和彦には予測できる。
さらに、鷹津が南郷への敵意を募らせる状況を恐れてもいた。
揉め事を恐れて二人を部屋に上げたのだが、予想以上に険悪さが増した状況に、和彦は後悔を噛み締める。南郷が気を悪くしようが、迂闊に花束など受け取るべきではなかったのだ。
深々とため息をついた和彦はさりげなく、鷹津に握られたままの手を抜き取った。
「あんたも早く帰ってくれ。お互い、もう用はないだろ」
「冷たいな。用済みの犬は、手を振って追い払おうってわけか」
「さっきあんたは、自分で言ってただろ。番犬だ、って。――怖い〈獣〉をあんたは追い払った。だから、番犬としての今夜の仕事は終わりだ」
和彦のこの物言いを、意外なことに鷹津は気に入ったらしい。南郷との対峙で宿っていた両目の険が、この瞬間、ふっと消えた。
「お前、あの男が嫌いだろ」
あっさりと鷹津に指摘され、南郷に対する態度の素っ気なさを自覚している和彦は、肯定も否定もしない。しかし、鷹津には十分だったようだ。ニヤリと笑ったあと、今度は和彦の首の後ろに左手をかけてきた。
「感謝しろよ。俺がいなかったら、人を食いそうな熊みたいな男に絡まれて、お前一人で対処しなきゃならなかったんだ。総和会の人間ともなると、長嶺組の護衛じゃ追い払えなかったはずだ」
「……恩着せがましい」
「ああ。だが、感謝する価値はあるだろ」
当然の権利だと言わんばかりに鷹津が顔を近づけてきて、有無を言わせず唇を塞がれた。和彦は低く呻いて頭を振ろうとしたが、後ろ髪を乱暴に引っ張られて、強引に顔を上向かされる。捻じ込むようにして口腔に熱い舌が侵入してきた。
鷹津の傲慢さに一瞬腹が立ち、舌に歯を立てようとした和彦だが、気配を察したように一度唇が離される。荒い息遣いが唇に触れ、誘われたように視線を上げる。射竦めるように見つめてくる鷹津と目が合い、心臓の鼓動が大きく跳ねた。
再び唇が重なる。今度は痛いほどきつく唇を吸われ、鷹津の情熱に煽られたように、和彦も口づけに応じる。唇を吸い合い、舌先で相手をまさぐり、やや性急に絡める。それだけでは我慢できない鷹津は、舌で和彦の口腔を犯すようにまさぐり、唾液を流し込んでくる。和彦は、従順に受け止めていた。
長い口づけに少しは満足したのか、ようやく唇を離した鷹津はおとなしく帰る気になったようだ。
「――迂闊に玄関のドアを開けるなよ。どんな物騒な〈獣〉が入り込んでくるか、わからんからな」
鷹津の忠告に、和彦は濡れた唇を手の甲で拭って応じる。
「言われなくても」
「ああ。お前をここに押し込んでいる奴も、〈獣〉だったな」
「南郷を挑発してどうするんだ」
「俺が相手をしなかったら、あいつはネチネチとお前に絡み続けたぞ」
「だからといって――……」
鷹津と長嶺組は、反目しつつも利用し合うという関係を築いているが、だからといって同じ手法が他の組織に通じるとは限らない。特に、手駒が多いであろう総和会には。南郷のあの余裕は、たかが一介の刑事など恐れていないという自信の表れだ。だからこそ、その南郷を挑発したあとのことを考えると、和彦は空恐ろしくなるのだ。
和彦の側にやってきた鷹津が顔を覗き込んでくる。揶揄するようにこう声をかけてきた。
「なんだ。俺の心配をしてくれてるのか?」
「……あんたを狂犬だと、よく言ったものだと感心していたんだ。誰彼かまわず噛みつく」
鷹津が左手で頬に触れてこようとしたので、その手を邪険に振り払う。すかさずその手を握り締められた。
「――やけにあの男と会話が弾んでいたな」
思いがけない鷹津の発言に、和彦は眼差し同様、刺々しい声を発する。
「それは、皮肉で言っているのか?」
「いや、本気で言っている。俺の知らないところで、南郷と何かあったみたいだな。傍で聞いていて、ムカついた」
南郷との間に、『何か』は確かにあった。だが、口には出せない。理由の一つは単純で、盗聴器を通して、長嶺組の男たちに知られるからだ。その男たちは、賢吾に隠し事は絶対にしない。すべて、報告される。
そして今、和彦の目の前にいるのは、蛇蝎の片割れである、鷹津だ。
すでに複数の男たちと同時に関係を持っている身でありながら、いまさら体に触れられたぐらい、と鷹津に言われたくなかった。事実ではあるが、きっと自分は屈辱感に苛まれると、和彦には予測できる。
さらに、鷹津が南郷への敵意を募らせる状況を恐れてもいた。
揉め事を恐れて二人を部屋に上げたのだが、予想以上に険悪さが増した状況に、和彦は後悔を噛み締める。南郷が気を悪くしようが、迂闊に花束など受け取るべきではなかったのだ。
深々とため息をついた和彦はさりげなく、鷹津に握られたままの手を抜き取った。
「あんたも早く帰ってくれ。お互い、もう用はないだろ」
「冷たいな。用済みの犬は、手を振って追い払おうってわけか」
「さっきあんたは、自分で言ってただろ。番犬だ、って。――怖い〈獣〉をあんたは追い払った。だから、番犬としての今夜の仕事は終わりだ」
和彦のこの物言いを、意外なことに鷹津は気に入ったらしい。南郷との対峙で宿っていた両目の険が、この瞬間、ふっと消えた。
「お前、あの男が嫌いだろ」
あっさりと鷹津に指摘され、南郷に対する態度の素っ気なさを自覚している和彦は、肯定も否定もしない。しかし、鷹津には十分だったようだ。ニヤリと笑ったあと、今度は和彦の首の後ろに左手をかけてきた。
「感謝しろよ。俺がいなかったら、人を食いそうな熊みたいな男に絡まれて、お前一人で対処しなきゃならなかったんだ。総和会の人間ともなると、長嶺組の護衛じゃ追い払えなかったはずだ」
「……恩着せがましい」
「ああ。だが、感謝する価値はあるだろ」
当然の権利だと言わんばかりに鷹津が顔を近づけてきて、有無を言わせず唇を塞がれた。和彦は低く呻いて頭を振ろうとしたが、後ろ髪を乱暴に引っ張られて、強引に顔を上向かされる。捻じ込むようにして口腔に熱い舌が侵入してきた。
鷹津の傲慢さに一瞬腹が立ち、舌に歯を立てようとした和彦だが、気配を察したように一度唇が離される。荒い息遣いが唇に触れ、誘われたように視線を上げる。射竦めるように見つめてくる鷹津と目が合い、心臓の鼓動が大きく跳ねた。
再び唇が重なる。今度は痛いほどきつく唇を吸われ、鷹津の情熱に煽られたように、和彦も口づけに応じる。唇を吸い合い、舌先で相手をまさぐり、やや性急に絡める。それだけでは我慢できない鷹津は、舌で和彦の口腔を犯すようにまさぐり、唾液を流し込んでくる。和彦は、従順に受け止めていた。
長い口づけに少しは満足したのか、ようやく唇を離した鷹津はおとなしく帰る気になったようだ。
「――迂闊に玄関のドアを開けるなよ。どんな物騒な〈獣〉が入り込んでくるか、わからんからな」
鷹津の忠告に、和彦は濡れた唇を手の甲で拭って応じる。
「言われなくても」
「ああ。お前をここに押し込んでいる奴も、〈獣〉だったな」
91
あなたにおすすめの小説
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
シリアスはほとんどないです
不定期更新
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる