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第26話
(16)
しおりを挟む組員二人が乗った車が走り去る光景を、和彦は玄関前に立って眺める。
てっきり一泊して帰るものだと思っていただけに、リビングで三田村とわずかな時間話しただけで、車に引き返す姿を見て驚いたのだ。この別荘には離れがあるため、組員二人が宿泊したところで、手狭になることも、存在が気になることもない。それでも慌ただしく帰っていったということは、賢吾に厳命されているのかもしれない。
もしくは、組員たちが気をつかってくれたのか――。
「……余計な手間をかけさせたみたいだな……」
和彦がぽつりと洩らすと、車を見送って戻ってきた三田村にこう言われた。
「そんなことを言われたら、夜中だろうが遠慮なく先生を叩き起こして、仕事をしてもらっている俺たちの立つ瀬がない。先生にゆっくりしてもらうためだ。あいつらも、手間どころか、先生を休ませてやれると、ほっとしているさ」
「ぼくにつき合わされるあんたも同じ気持ちか、気になるところだ」
いつもの三田村であったなら、誠実で優しい言葉で応じてくれるはずだ。だが今日は、違った。
ふっと表情を曇らせた三田村が、らしくなく視線を逸らす。
「先生のバッグを、二階に持っていこう。部屋はもう整えてある」
目の前を通り過ぎた三田村の背を、訝しみながら和彦は見つめる。三田村の様子が、明らかにおかしかった。いつもであれば、こちらが気恥ずかしくなるぐらい、真摯で優しい眼差しを向けてくれる男が、和彦を直視しようとしないのだ。
「三田村――」
階段に足をかけようとした三田村に声をかけようとしたところで、外で車のエンジン音がした。和彦は足を止めて振り返る。
「まさか、総和会からつけられた護衛の人間……」
「俺よりも早く来て、いろいろと準備をしてくれていたようだ。先生と親しくしているということで、つけられたんだろ」
総和会から派遣された護衛は、もしかして南郷ではないだろうかと身構え――怯えていた和彦だが、三田村のその言葉を聞き、それは杞憂だったと知る。
ほっとすると同時に、玄関の扉の向こうから聞き覚えのある声がした。
「すみません、三田村さん、両手が塞がってるんで、開けてもらっていいですか」
パッと三田村を見ると、頷いて返される。和彦は、三田村に代わって玄関に引き返し、扉を開ける。目の前には、段ボールを抱えた中嶋が立っていた。和彦を見るなり、中嶋が顔を輝かせる。
「あれっ、先生、もう到着していたんですか」
「たった今……。そうか、君が、総和会からぼくにつけられた〈お守り〉か」
「よく知らない人間と、同じ屋根の下で過ごしても息が詰まるだろうからと、長嶺組長からご指名をいただきました。先生の遊び相手になる自信はありますが、腕っ節のほうは、三田村さんに期待しておきます」
中嶋のその言葉を受け、三田村のほうを見遣る。こういうときに浮かべる表情を持たないのか、三田村は控えめに視線を伏せていた。
大人の男三人分の食料を買い込んできたという中嶋は、手伝おうかという和彦の申し出を、笑いながらもきっぱりと断った。
「先生はここではお客さんです。俺は、その先生の世話をする係。お互いの役目を果たしましょう」
「……まあ、ぼくがいたところで、手際のいい君の足手まといになるだけだろうしな」
「それでいいんですよ、先生みたいな人は」
なんだか含みのある中嶋の物言いに対して、どういう意味かと尋ねるのは、さすがに大人げないだろう。
和彦はありがたく寛ぐことにして、三田村に伴われて二階に上がる。
前回と同じ部屋を利用することになったが、空気の入れ替えのため開け放たれた窓から見える景色は、まったく違う。冬は雪で覆われていた場所には、さまざまな花が咲き誇っていた。きちんと手入れされた庭園だ。
「元の持ち主はハーブ園にしていたが、総和会が所有することになってからは、手入れが追いつかないということで、花に植え替えられたらしい。庭を潰してしまえという話もあったみたいだが、それじゃあ、ここがいかにも悪党の巣窟みたいだということで、こうなった――と、前に組長が話していた」
「……あの男らしい言い方だ」
ぽつりと洩らした和彦は、三田村を振り返る。バッグをテーブルに置いた三田村は、和彦の指示を待つように、壁際に立っていた。いつもとは微妙に違う距離感に和彦は戸惑う。
「三田村、どうかしたのか?」
思わずそう問いかけると、三田村は緩く首を横に振る。
「何も。――ここでは、先生が過ごしたいようにさせろと言われている。移動で疲れて休みたいなら、俺は一階にいるが……」
「移動といっても、ぼくは後部座席に座っているだけだったからな」
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