血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
777 / 1,292
第33話

(12)

しおりを挟む
 そう答えたのは三田村だ。さきほど見せた笑顔はすでになく、和彦を護衛するための緊張感で引き締まっていた。中嶋はどうするのかと、ちらりと視線を向ける。
「君は?」
「先生の遊び相手を務めたので、今日のところはお役御免ではありますが、長嶺組長にご挨拶をしておきたいので、店までご一緒させてもらいます」
 こういうのをアピール上手というのだなと、和彦は素直に感心した。
 店まで近いということなので、歩いて行くことにする。暑いうえに疲れているのだから車で、と三田村には言われたが、初めて訪れた場所を、少しでもいいから自分の足で歩いてみたいという好奇心には勝てない。
「まあ、疲れついでだ」
 話がまとまり、さっそく三人で宿を出る。このとき三田村は鋭い視線を周囲に向け、中嶋ですら同じ行動を取る。
 自分のわがままのせいで申し訳ないなと思っていると、三田村と目が合う。次の瞬間、ふっと眼差しが和らいだ。三田村の言いたいことは、それだけで伝わってきた。
 土産物屋が並ぶ短い通りを抜け、道路沿いに十分ほど歩いたところで、三田村が前方を指さす。ハンカチで額の汗を拭いながら和彦が見たのは、店らしき建物と、見覚えのあるいかつい車の一団が駐車場に停まっている光景だった。
 店の前には組員が立っており、和彦たちに気づいて一礼する。三田村が声をかけ、少し前に賢吾たちが到着したということなので、時間としてはちょうどよかったようだ。
 貸切となっている店の奥の座敷へと通されると、上座についた賢吾が唇だけの薄い笑みを向けてきた。さすがに寛いだ様子でジャケットを脱いでおり、ネクタイも緩めている。どうやら法要は問題なく終了したようだ。
「さあ先生、どうぞ」
 そう言って組員に、上座に近い席を案内されそうになる。
 正直和彦は、席次がはっきりわかる場は苦手だ。よほど形式張った行事であれば指示に従うところだが、身内だけの食事会であれば多少の意見を通せる。賢吾や千尋の側に座るのは遠慮して、一番下座についた。
 中嶋はさっそく賢吾の側に行き、何事か言って頭を下げている。堂に入った所作は、いかにも外見は普通の青年のように見えても、筋者のそれだ。賢吾は鷹揚な態度で応じ、二言、三言と言葉を交わし、なぜか中嶋とともにこちらを見た。きっとロクでもないことを話しているのだろうなと思った和彦は、露骨に顔を背けた。
 中嶋は賢吾だけではなく、しっかり千尋にも挨拶をしてから、席に加わった三田村とも短く言葉を交わしたあと、和彦のもとにやってきた。
「――今日もいろいろ世話になった。ありがとう」
 和彦が礼を述べると、中嶋は緩く首を横に振って答えた。
「礼を言うのはこちらですよ。長嶺組の方々にしっかり顔と名前を覚えてもらえたのは、先生のおかげです」
「そう言ってもらえるんなら、君が出世したときには恩を倍返ししてもらおうかな」
 ニヤリと笑った中嶋が、頭を下げて座敷を出て行く。そこにすかさずグラスを手渡され、ビールが注がれる。
 あともう一仕事だと思い、和彦は座布団の上で姿勢を正した。


 眠気が限界だった和彦は部屋に戻ると、さっさと浴衣に着替え、早めに敷いてもらった布団に横になった。
 賢吾と千尋は別の部屋で明日の打ち合わせをしているらしいが、帰りを待てるほどの気力も体力も、和彦には残っていない。
 肌掛け布団にしっかりと包まり、心地よさに吐息を洩らした数瞬のうちに、波にさらわれるように意識がゆっくりと遠くへと押しやられる。
 このまま朝まで熟睡――とはならなかった。
 髪を撫でる感触に、一度は遠のきかけた意識が、今度は引き戻される。抗うようにきつく目を閉じたが、まるで己の存在をアピールするように髪を掻き乱され、抗議の唸り声を洩らす。耳に届いたのは、魅力的なバリトンと、若々しい声による微かな笑い声だった。
「――そろそろ諦めて、目を開けてくれないか、先生」
「布団を剥ぎ取っちゃおうかなー」
 もう一度唸り声を洩らして、仕方なく和彦は薄く目を開く。
「ぼくは疲れてるんだ。今夜は、話相手は無理だ……」
「別に話さなくても、相手はできるだろ」
 寝ぼけた頭でも、賢吾が言おうとしていることは理解できる。悲しいことに。
 和彦はもぞりと身じろぎ、肌掛け布団の下から片手を伸ばすと、賢吾の膝の辺りを軽く殴りつけた。その隙に、千尋が同じ布団に潜り込んできて、抱きついてくる。
「くっつくなっ。日焼けしたせいで、肌がピリピリして痛いんだ」
 中嶋が持参した日焼け止めを塗ってはいたのだが、この時期の直射日光を甘く見ていたようだ。中嶋も今頃、日焼けが気になって仕方ない状態かもしれない。

しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL シリアスはほとんどないです 不定期更新

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...