血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
802 / 1,289
第34話

(6)

しおりを挟む
 卑猥な言葉をたっぷり耳元に注ぎ込まれ、和彦は全身を貫くような快美さに襲われる。内奥から指を引き抜き、和彦の唇を啄ばみながら、賢吾が下腹部を優しく撫でてくる。
「――あのとき、オヤジが言っていた言葉を覚えているか?」
 ふいに賢吾に問われ、和彦は戸惑う。『あのとき』がいつを指しているかはわかる。ただ、問いかけの意図がわからなかったのだ。
「断片的には……」
「俺は傍らで聞いていて、よく覚えている。俺たちは何もかも納得したうえで、お前にあんなことをしたんだが、そんな俺でもドキリとするようなことを、オヤジはお前に言ったんだ」
 賢吾がぐっと和彦の目を覗き込んでくる。
「お前相手にオヤジは、『子を成す』という表現を使った。もちろん、作ることはできないという前提での話で、おかしいことは言ってない。だが俺はあのとき、オヤジの底の知れない禍々しさみたいなものを垣間見た気がした。どこが、とは聞くなよ。俺自身、なんでこんなことが気になるのか、よくわからねーんだ」
 血が繋がっているからこそ、感じるものがあるのだろう。常に自信に満ち溢れた男が、こんな曖昧なことを口にするのは珍しかった。だからこそ、簡単に聞き流すことはできない。
 普段は意識しないよう努めている、守光に対する、考えの読めない得体の知れなさが、より色濃くなったようだった。
「怖がらせたか?」
 指先でうなじをくすぐりながら賢吾が聞いてくる。和彦は、大蛇が潜む目をじっと見つめ返した。
「ぼくはいつだって、長嶺の男が怖い」
「薄情だな。いつだって、優しく愛してやっているのに」
 賢吾にニヤリと笑いかけられた和彦は、背の刺青にそっと爪を立てた。




 盆休みの最終日、和彦はもっとも会いたくなかった人物と、朝から顔を合わせることになる。
「――申し訳ありません、佐伯先生。せっかくのお休みなのに、つき合わせることになってしまって」
 藤倉の言葉に、ぎこちない笑みを浮かべた和彦は首を横に振る。
「いえ……。ぼくは普段は仕事がありますから、仕方ありません。ただ、ぼくに同行してもらいたいところがあるというのは……」
「堅苦しく考えないでください。まあ、ちょっとしたドライブだと思っていただければけっこうです」
 ドライブ、と口中で反芻した和彦は、目の前にある岩のように頑丈そうな背を一瞥する。和彦の冷めた視線を感じたわけではないだろうが、前触れもなく南郷が肩越しに振り返った。
 朝から面倒に巻き込まれていると、正直、心の中では思っていた。
 総和会本部に戻ったのは前夜で、守光と他愛ない会話を交わしてすぐに客間に入り、そのまま休んだのだが、今朝になって守光から、今日は藤倉につき合ってやってほしいと言われたのだ。長嶺の男たちが、詳しい事情を説明しないのはいつものことなので、さほど気にもかけなかったが――。
 玄関先で、藤倉と南郷が並んで立った姿を見たときから、脳内で警報が響き渡っていた。駐車場に移動するまでの間、具合が悪いからといって引き返せないものかと、まるで子供のようなことを考えていたが、実行に移せるはずもなく、藤倉とともに車の後部座席に乗り込む。
 今日の組み合わせは、本当に異例だった。ハンドルを握るのは藤倉の部下だという男で、なぜか南郷が、当然のような顔をして助手席に座っている。前方を走っているのは第二遊撃隊の車で、後方は文書室の車ということで、ちょっとした大名行列だ。
「佐伯先生を連れ出すわけですから、護衛なしというわけにはいきません」
 よほど和彦が居心地悪そうな顔をしていたらしく、藤倉が愛想よく笑いながらそんなことを言った。
「……ドライブ、ですよね?」
「ドライブの途中、ちょっと見ていただくものがありますが、まあ、堅苦しく考えないでください」
 そう言われてますます不安になるが、走行中の車から飛び降りるわけにもいかない。南郷だけなら警戒してもし足りないことはないが、藤倉も一緒ということで、その点については安心してもいいだろう。
 和彦は覚悟を決めると、ようやくシートに体を預ける。すると、気をつかった藤倉が話題を振ってくる。
「本部での生活には慣れましたか、佐伯先生?」
「ええ、まあ……。申し訳ないぐらい、よくしていただいています」
「会長は先生のことを大変気に入っておられて、まだまだし足りないとおっしゃってましたよ。もっと甘えてもらってもいいんだが、とも」
「とんでもないっ」
 ムキになって否定したあと、和彦は声を抑えて付け加える。
「本当に、十分よくしていただいていますから……」
「会長としても、お医者さんが側に控えていると安心するのでしょう。工事のほうも急がせて――」
「――藤倉さん」

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ
BL
※3部をもちまして、休載にはいります※ 「この国では、星神の力を戴いた者が、唯一の王となる」 王に選ばれ、商人の青年は男妃となった。 美しくも孤独な異民族の男妃アリム。 彼を迎えた若き王ラシードは、冷徹な支配者か、それとも……。 王の寵愛を受けながらも、 その青い瞳は、周囲から「劣った血の印」とさげすまれる。 身分、出自、信仰── すべてが重くのしかかる王宮で、 ひとり誇りを失わずに立つ青年の、静かな闘いの物語。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

処理中です...