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第35話
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和彦の前では丁寧なビジネスマンのような物腰を崩さない藤倉が、一瞬、ゾクリとするほど鋭い眼差しを、エレベーターのほうに――エレベーターから降りてきた人物に向けた。何事かと、反射的に視線を向けた和彦は、小さく声を洩らす。
圧倒されるような整然さを保った、ダークグレーのスーツを身につけた一団には見覚えがあった。そして、男たちの中心には、灰色の髪をした長身の男がいる。
御堂だとわかり、和彦は半ば無意識に一歩を踏み出していたが、次の一歩を阻むように、護衛の男たちが壁のように前に立ちはだかる。
「――佐伯先生、こちらに」
藤倉に肩を抱かれ、さりげなく立ち位置を変えられた。御堂たち第一遊撃隊への警戒心を隠そうともしない露骨すぎる行動に、和彦は戸惑う。慌てて振り返り、御堂の姿を目で追いかける。
御堂は、和彦の存在に気づいているはずだが、こちらを一顧だにせず、冷然とした横顔を向けて通り過ぎた。せめて挨拶ぐらいはと思っていただけに、御堂の態度に軽くショックを受ける。
ただ、御堂が総和会内で複雑な立場にあることや、和彦への襲撃に関してのよからぬ憶測があることを含め、二人が接触しないほうがいいと判断しても、仕方がないのかもしれない。御堂は特に、隊を率いている身だ。和彦とは違い、さまざまなことへ気を配らなければならないだろう。
それでも、視線すら合わせてもらえないのは少し寂しいなと、和彦はため息をついてから、藤倉と別れてエレベーターに乗り込む。
地下に降りて車が回ってくるのを待っていると、エレベーターが到着した音がした。さきほどと同じく、護衛の男が露骨に身構えたのを感じ、まさかと思って振り返る。一瞬、御堂かと思ったのだが、そうではなかった。しかし、御堂に近い存在ではあった。
「二神、さん……?」
和彦がおずおずと呼びかけると、護衛の存在など目に入っていないかのように、二神がまっすぐこちらを見つめてくる。圧倒されそうな眼力の強さだが、口元に淡い笑みが浮かんだのを見て、和彦も微笑み返すことができる。
「どうかされましたか?」
「隊長から伝言をことづかってまいりました」
そういえばまだ、御堂にこちらの携帯電話の番号を知らせていなかったことに、いまさら和彦は気づく。
「――佐伯先生にこれから予定がないようでしたら、昼食にお誘いしたいとのことなんですが……」
「行きますっ」
和彦が勢い込んで即答すると、二神は目を丸くしたあと、ありがとうございます、と言って深々と頭を下げた。そこまでされるほどのことではないと、和彦のほうが慌ててしまう。
二神から、簡単な住所と店名の書かれたメモ用紙を渡される。受け取ると、二神はもう一度頭を下げて足早に立ち去った。
「本当に行かれるんですか?」
傍らに立った護衛の男にそう問われ、和彦はなんのためらいもなく頷く。
「行きます。ちょうど、お腹も空きましたから」
物言いたげな視線は向けられたが、ダメだとは言われなかった。あくまで男たちは、和彦を護衛するために行動をともにしているのであり、和彦の行動を制限するためについているわけではない。
そんな当然のことに、今この瞬間、やっと気づいた。
御堂に指定された店は、少し道が入り組んだ場所にある、雰囲気のいい料亭だった。ただ、昼時だというのに、客は和彦たち以外にいない。
先に訪れた和彦は、自分が店を間違えたのではないかとうろたえたが、店主らしい男に案内されて、個室の一つへと入る。客だけではなく、どうやら店員もいないようだと気づいたが、その理由を、あとからやってきた御堂が教えてくれた。
「今日は本当は、営業は夕方からなんだよ。店主とは、昔からの知り合いでね、静かに食事をしたいときは、たまにこうしてわがままを聞いてもらっているんだ」
「……ぼくが同席しても、よかったのでしょうか……」
「誘ったのはわたしだよ」
悪戯っぽく御堂が笑う。それでいくぶん緊張が解れ、和彦もそっと笑みをこぼす。
実は、御堂がこの店を訪れたとき、別室に待機していた総和会の護衛たちと、御堂が連れて来た数人の第一遊撃隊の隊員たちが顔を合わせた瞬間、目に見えて険悪な空気を放ったのだ。まさに、一触即発というやつだ。
傍で見ていた和彦のほうが顔色を失ってしまい、男たちの怒声を聞いた瞬間には卒倒しかねない状況だったのだが、御堂が、静かな、しかし威厳に満ちた口調で窘め、男たちに冷静さを取り戻させた。今は、互いに距離を取りつつも、静かに待機している。
すでに膳を頼んであるということで、改めて正面から視線を交わし合う。御堂の色素の薄い瞳と、年齢不詳の端麗な美貌を眺めていた和彦は、唐突に、ある光景が脳裏に蘇り、一人動揺する。
圧倒されるような整然さを保った、ダークグレーのスーツを身につけた一団には見覚えがあった。そして、男たちの中心には、灰色の髪をした長身の男がいる。
御堂だとわかり、和彦は半ば無意識に一歩を踏み出していたが、次の一歩を阻むように、護衛の男たちが壁のように前に立ちはだかる。
「――佐伯先生、こちらに」
藤倉に肩を抱かれ、さりげなく立ち位置を変えられた。御堂たち第一遊撃隊への警戒心を隠そうともしない露骨すぎる行動に、和彦は戸惑う。慌てて振り返り、御堂の姿を目で追いかける。
御堂は、和彦の存在に気づいているはずだが、こちらを一顧だにせず、冷然とした横顔を向けて通り過ぎた。せめて挨拶ぐらいはと思っていただけに、御堂の態度に軽くショックを受ける。
ただ、御堂が総和会内で複雑な立場にあることや、和彦への襲撃に関してのよからぬ憶測があることを含め、二人が接触しないほうがいいと判断しても、仕方がないのかもしれない。御堂は特に、隊を率いている身だ。和彦とは違い、さまざまなことへ気を配らなければならないだろう。
それでも、視線すら合わせてもらえないのは少し寂しいなと、和彦はため息をついてから、藤倉と別れてエレベーターに乗り込む。
地下に降りて車が回ってくるのを待っていると、エレベーターが到着した音がした。さきほどと同じく、護衛の男が露骨に身構えたのを感じ、まさかと思って振り返る。一瞬、御堂かと思ったのだが、そうではなかった。しかし、御堂に近い存在ではあった。
「二神、さん……?」
和彦がおずおずと呼びかけると、護衛の存在など目に入っていないかのように、二神がまっすぐこちらを見つめてくる。圧倒されそうな眼力の強さだが、口元に淡い笑みが浮かんだのを見て、和彦も微笑み返すことができる。
「どうかされましたか?」
「隊長から伝言をことづかってまいりました」
そういえばまだ、御堂にこちらの携帯電話の番号を知らせていなかったことに、いまさら和彦は気づく。
「――佐伯先生にこれから予定がないようでしたら、昼食にお誘いしたいとのことなんですが……」
「行きますっ」
和彦が勢い込んで即答すると、二神は目を丸くしたあと、ありがとうございます、と言って深々と頭を下げた。そこまでされるほどのことではないと、和彦のほうが慌ててしまう。
二神から、簡単な住所と店名の書かれたメモ用紙を渡される。受け取ると、二神はもう一度頭を下げて足早に立ち去った。
「本当に行かれるんですか?」
傍らに立った護衛の男にそう問われ、和彦はなんのためらいもなく頷く。
「行きます。ちょうど、お腹も空きましたから」
物言いたげな視線は向けられたが、ダメだとは言われなかった。あくまで男たちは、和彦を護衛するために行動をともにしているのであり、和彦の行動を制限するためについているわけではない。
そんな当然のことに、今この瞬間、やっと気づいた。
御堂に指定された店は、少し道が入り組んだ場所にある、雰囲気のいい料亭だった。ただ、昼時だというのに、客は和彦たち以外にいない。
先に訪れた和彦は、自分が店を間違えたのではないかとうろたえたが、店主らしい男に案内されて、個室の一つへと入る。客だけではなく、どうやら店員もいないようだと気づいたが、その理由を、あとからやってきた御堂が教えてくれた。
「今日は本当は、営業は夕方からなんだよ。店主とは、昔からの知り合いでね、静かに食事をしたいときは、たまにこうしてわがままを聞いてもらっているんだ」
「……ぼくが同席しても、よかったのでしょうか……」
「誘ったのはわたしだよ」
悪戯っぽく御堂が笑う。それでいくぶん緊張が解れ、和彦もそっと笑みをこぼす。
実は、御堂がこの店を訪れたとき、別室に待機していた総和会の護衛たちと、御堂が連れて来た数人の第一遊撃隊の隊員たちが顔を合わせた瞬間、目に見えて険悪な空気を放ったのだ。まさに、一触即発というやつだ。
傍で見ていた和彦のほうが顔色を失ってしまい、男たちの怒声を聞いた瞬間には卒倒しかねない状況だったのだが、御堂が、静かな、しかし威厳に満ちた口調で窘め、男たちに冷静さを取り戻させた。今は、互いに距離を取りつつも、静かに待機している。
すでに膳を頼んであるということで、改めて正面から視線を交わし合う。御堂の色素の薄い瞳と、年齢不詳の端麗な美貌を眺めていた和彦は、唐突に、ある光景が脳裏に蘇り、一人動揺する。
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