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第36話
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「――秋慈といい、独特の目で極道を眺めるんだな。冷めているような、観察するような、それでいて、ゾクリとするような艶と熱を帯びている」
突然、低くしわがれた声をかけられ、ビクリと肩を揺らした和彦は傍らを見る。立っていたのは、清道会組長補佐である綾瀬だった。ダークスーツに包まれた立派な体躯の迫力に圧倒されながら、そっと頭を下げる。
「さきほどは、ありがとうございました」
和彦の言葉に、綾瀬が首を横に振る。快活な笑顔を向けてくれたが、その拍子に、綾瀬の頬に残る深い皺のような傷跡が歪んだ。
さきほど和彦は、二階の座敷にいる清道会会長に挨拶をさせてもらったのだが、緊張で何もかもぎこちない和彦をフォローしてくれたのが、同じ座敷に控えていた綾瀬だった。もちろんその席には、御堂もいた。
「君の面倒を見てくれと、頼まれていたからな」
「御堂さんですね……」
「あいつは今日は、会長の側から離れられない。その代わりというわけだ。清道会の中では、君はあまり存在を知られていないから、どんなアヤをつけられるかわかったものじゃない――とのことだ」
「……すみません。綾瀬さんのような方が、ぼくなんかのために」
とんでもない、と言いながら、綾瀬がグラスを差し出してくる。中身がオレンジジュースであることにほっとして、和彦は口をつけた。
「君は、清道会と長嶺組の絆の証だ。うちの組の者たちは、長嶺組長の配慮に感謝している。だから用心棒ぐらい、お安い御用だ。……ああ、いや、決して危険があるというわけではないから」
身内の集まりという気楽さもあるのか、総和会本部で会ったときよりも綾瀬の物腰は穏やかに思えた。初対面のときから、荒々しさや凶暴性は一切うかがわせない人物だっただけに、和彦の中ではなお一層印象のよさが増す。
一方で、どうしても脳裏に蘇る光景があった。御堂を激しく抱いていた綾瀬の姿と、右の肩から腕にかけて彫られた鳳凰の刺青だ。
隣に立っているのは、〈オンナ〉を抱いている男なのだと、やけに生々しい表現が頭に浮かび、そんな自分にうろたえる。
「頃合いを見計らって送っていくから、それまで楽に過ごしてくれ。酒もあるし、料理もなかなか美味い。――人間観察も好きなだけできるだろう」
和彦は声を洩らして笑いながらも、そんなに人をじろじろと見ていただろうかと、内心心配になってくる。
「何か食いたいなら、うちのに運ばせてこよう――」
「ああ、いえっ……、緊張しているせいか、お腹は空いていないので」
「だったら甘いものは? さっき女子供が、嬉しそうに食っていた」
あまり遠慮するのも悪いと思い、和彦は頷く。このとき視界の端では、こちらにやってくる男の姿を捉えていた。手にはグラスを持っており、機嫌よさそうなにこやかな表情を浮かべている。ただ、一目見て、綾瀬と同類だとわかる空気があった。ただの筋者というだけではなく、組織の中で何かしら重い責任を担っている男特有の凄みがあるのだ。
年齢は五十代後半から六十代前半ぐらい。自分の父親と同じぐらいの歳だろうかと考えた和彦は、次の瞬間には、不吉なものを呼び込んでしまいそうなことを考えてしまったと、自戒した。
黒に近いシックな色合いのスーツを着込んだ男は、この場に集まっている誰よりもずいぶんオシャレに見えた。
胸元にポケットチーフが覗き、きれいに撫でつけられているかと思った髪は、後ろで一つに束ねられている。日焼けした肌は艶々としており、日ごろスポーツでもしているのかもしれない。特別身長が高いというわけではないが、スーツの上からでも、体が引き締まっているのがわかるぐらいだ。
個性的でアクの強い男たちと日ごろから顔を合わせていると自負している和彦だが、この男もかなりのものだと、半ば感嘆しながら眺める。
和彦の視線に気づいたらしく、綾瀬も同じ方向を見て、小さく声を洩らした。
「伊勢崎さん……」
男は、綾瀬の前まで来て、親しげに声をかけてきた。
「元気そうだな、綾瀬。今は組長補佐だったか。ずいぶん出世したな」
すかさず綾瀬が深々と頭を下げて挨拶をしたが、顔を上げたとき、綾瀬の顔に浮かんでいたのは、隠しきれない苦々しさだった。
「……遠くからお越しくださいまして、ありがとうございます」
「ずいぶん世話になった人の祝い事だ。しっかり顔を見て祝いたくてな。めでたい理由でもないと、こっちに出てくるきっかけにならないぐらい、すっかり不義理をしちまった」
「会長にはもうお会いになられたんですか?」
「いや、少し前に来たところだ。一階で懐かしい顔がいくつかあったから、つい話し込んでな」
突然、低くしわがれた声をかけられ、ビクリと肩を揺らした和彦は傍らを見る。立っていたのは、清道会組長補佐である綾瀬だった。ダークスーツに包まれた立派な体躯の迫力に圧倒されながら、そっと頭を下げる。
「さきほどは、ありがとうございました」
和彦の言葉に、綾瀬が首を横に振る。快活な笑顔を向けてくれたが、その拍子に、綾瀬の頬に残る深い皺のような傷跡が歪んだ。
さきほど和彦は、二階の座敷にいる清道会会長に挨拶をさせてもらったのだが、緊張で何もかもぎこちない和彦をフォローしてくれたのが、同じ座敷に控えていた綾瀬だった。もちろんその席には、御堂もいた。
「君の面倒を見てくれと、頼まれていたからな」
「御堂さんですね……」
「あいつは今日は、会長の側から離れられない。その代わりというわけだ。清道会の中では、君はあまり存在を知られていないから、どんなアヤをつけられるかわかったものじゃない――とのことだ」
「……すみません。綾瀬さんのような方が、ぼくなんかのために」
とんでもない、と言いながら、綾瀬がグラスを差し出してくる。中身がオレンジジュースであることにほっとして、和彦は口をつけた。
「君は、清道会と長嶺組の絆の証だ。うちの組の者たちは、長嶺組長の配慮に感謝している。だから用心棒ぐらい、お安い御用だ。……ああ、いや、決して危険があるというわけではないから」
身内の集まりという気楽さもあるのか、総和会本部で会ったときよりも綾瀬の物腰は穏やかに思えた。初対面のときから、荒々しさや凶暴性は一切うかがわせない人物だっただけに、和彦の中ではなお一層印象のよさが増す。
一方で、どうしても脳裏に蘇る光景があった。御堂を激しく抱いていた綾瀬の姿と、右の肩から腕にかけて彫られた鳳凰の刺青だ。
隣に立っているのは、〈オンナ〉を抱いている男なのだと、やけに生々しい表現が頭に浮かび、そんな自分にうろたえる。
「頃合いを見計らって送っていくから、それまで楽に過ごしてくれ。酒もあるし、料理もなかなか美味い。――人間観察も好きなだけできるだろう」
和彦は声を洩らして笑いながらも、そんなに人をじろじろと見ていただろうかと、内心心配になってくる。
「何か食いたいなら、うちのに運ばせてこよう――」
「ああ、いえっ……、緊張しているせいか、お腹は空いていないので」
「だったら甘いものは? さっき女子供が、嬉しそうに食っていた」
あまり遠慮するのも悪いと思い、和彦は頷く。このとき視界の端では、こちらにやってくる男の姿を捉えていた。手にはグラスを持っており、機嫌よさそうなにこやかな表情を浮かべている。ただ、一目見て、綾瀬と同類だとわかる空気があった。ただの筋者というだけではなく、組織の中で何かしら重い責任を担っている男特有の凄みがあるのだ。
年齢は五十代後半から六十代前半ぐらい。自分の父親と同じぐらいの歳だろうかと考えた和彦は、次の瞬間には、不吉なものを呼び込んでしまいそうなことを考えてしまったと、自戒した。
黒に近いシックな色合いのスーツを着込んだ男は、この場に集まっている誰よりもずいぶんオシャレに見えた。
胸元にポケットチーフが覗き、きれいに撫でつけられているかと思った髪は、後ろで一つに束ねられている。日焼けした肌は艶々としており、日ごろスポーツでもしているのかもしれない。特別身長が高いというわけではないが、スーツの上からでも、体が引き締まっているのがわかるぐらいだ。
個性的でアクの強い男たちと日ごろから顔を合わせていると自負している和彦だが、この男もかなりのものだと、半ば感嘆しながら眺める。
和彦の視線に気づいたらしく、綾瀬も同じ方向を見て、小さく声を洩らした。
「伊勢崎さん……」
男は、綾瀬の前まで来て、親しげに声をかけてきた。
「元気そうだな、綾瀬。今は組長補佐だったか。ずいぶん出世したな」
すかさず綾瀬が深々と頭を下げて挨拶をしたが、顔を上げたとき、綾瀬の顔に浮かんでいたのは、隠しきれない苦々しさだった。
「……遠くからお越しくださいまして、ありがとうございます」
「ずいぶん世話になった人の祝い事だ。しっかり顔を見て祝いたくてな。めでたい理由でもないと、こっちに出てくるきっかけにならないぐらい、すっかり不義理をしちまった」
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