血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
859 / 1,289
第36話

(8)

しおりを挟む



 御堂の実家に幽霊など出ないとはっきりしたことは、ささやかながら和彦を安堵させた。心の底から存在を信じているわけではないが、得体の知れない人物が夜、建物の中をうろついていたというのは、気持ちがいいものではないのだ。
「――……つまり、昨夜、ぼくを助けてくれたのは、やっぱり君だったのか」
 和彦の言葉に、伊勢崎玲は微妙な表情となる。
「助けた、というのは大げさです。ただ部屋に連れて行って、水を飲ませただけですから」
「でも、君が見つけてくれなかったら、ぼくは廊下で朝まで寝ていたことになる」
 ここで短く笑い声を洩らしたのは、玲の父親である伊勢崎龍造りゅうぞうだ。さきほど名刺をもらったが、そこには、北辰ほくしん連合会顧問という肩書きとともに、伊勢崎組組長とも記してあった。
 これまでさまざまな組織の名を目にしてきた和彦だが、北辰連合会と伊勢崎組という組織に関する知識は、まったくなかった。おそらく総和会と直接関わりがある組織ではない。
「秋慈には心底迷惑そうな顔をされたが、お前をあの家に泊まらせておいてよかったな。立派な人助けができたじゃねーか、玲」
「……父さんが偉そうに言うなよ。御堂さんに迷惑かけたことは事実なんだから」
 目の前の伊勢崎父子のやり取りを、微笑ましさと困惑が入り混じった気持ちで眺める。
 とりあえず座って話そうということで、わざわざ少人数用の客室を用意してもらい、庭から場所を移動したのだが、なぜか和彦も同席している。遠慮しようとしたのだが、龍造の押しの強さに逆らえなかった。
「夜遅くになって御堂さんの家に押しかけて、連休の間、俺だけ泊まらせるよう無理を言ったあと、自分はさっさと飲みに行って。俺は申し訳なくて、朝早くに家を出たんだぞ」
「あー、だから今朝はいなかったのか……」
 今の玲の話からすると、もしかすると御堂は、和彦と玲が顔を合わせたことを知らなかったのかもしれない。だとしたら、夜更けの訪問客について、あえて和彦に説明しなかったのも理解できる。
 和彦が安定剤で眠り込んでいる間に、あの家ではちょっとした騒動が起こっていたのだなと思うと、少々申し訳ない気持ちになる。
「父と御堂さんは昔馴染みなのかもしれないけど、俺は昨夜が初対面だったんで。さすがに、朝メシまで食わせてもらうのは図々しいと思ったんです」
「そんなこと気にするような奴じゃねーよ、秋慈は。昔から、嫌というほど俺の無茶を呑み込んできたんだ――」
 そう言ったときの龍造の顔に、一瞬鋭い覇気が走る。息子を隣に座らせて話していると、いかにも父親らしい穏やかな雰囲気が漂うのだが、何かの拍子に極道としての地金が覗き見えて、そのたびに和彦はヒヤリとするような感覚を味わう。賢吾と知り合ったばかりの頃を思い出し、奇妙な懐かしさすら覚える。
 あの頃は、賢吾という男――というより極道という生き物がまったくわからなくて、会話を交わすことすら、地雷原を歩くような心境だったのだ。
 変なことを言って龍造の神経を逆撫でしたくないと、和彦は自分に言い聞かせる。何かあったとき、個人の問題ではなく、組織を巻き込んでしまう恐れがある。
「――……ぼくは、御堂さんと知り合ったのは最近で、こうして祝いの席に出席させていただいたのも、長嶺組の組長の名代としてなんです。勉強不足でお恥ずかしいですが、伊勢崎さんは、御堂さんとのご関係は長いのですか? それに、清道会さんとも」
「ご関係、なんて言われると、くすぐったい。まず説明するとしたら、俺と清道会の関係だな。俺が昔いた組の組長が、清道会会長と兄弟盃を交わしていて、その縁で、俺もずいぶん可愛がってもらっていたんだ。玲が生まれる数年前、地元でやんちゃが過ぎて居場所がなかった俺を、客分として預かってくれた恩人でもある。……いろいろと不義理をしちまって、今まで顔を出せなかったが、今日みたいな祝いの席に呼んでくれた。優しい方だというのもあるが、先を見据えて、俺に話したいことがあるのかもしれないな」
 龍造の説明を聞きながら、和彦はあることに気づいた。似たような話を、誰かから聞いた覚えがあるのだ。
「会長の家にもよく呼んでもらっていたが、そのとき、高校生だった秋慈と出会った」
 こう言ったとき、龍造は昔を懐かしむような目をして、口元に笑みを浮かべた。優しくはない。人を食らう笑みだ。こういう笑みを浮かべる男は、総じて危険な気質を持っている。
 寒気を感じた和彦は、反射的に背筋を伸ばす。動揺を押し隠しつつ、和彦は視線をテーブルへと伏せる。
 今やっと気づいた。龍造は、御堂を〈オンナ〉にしていた二人目の男だ。
 和彦の反応から察したらしく、龍造がいくぶん声を抑えてこう言った。

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ
BL
※3部をもちまして、休載にはいります※ 「この国では、星神の力を戴いた者が、唯一の王となる」 王に選ばれ、商人の青年は男妃となった。 美しくも孤独な異民族の男妃アリム。 彼を迎えた若き王ラシードは、冷徹な支配者か、それとも……。 王の寵愛を受けながらも、 その青い瞳は、周囲から「劣った血の印」とさげすまれる。 身分、出自、信仰── すべてが重くのしかかる王宮で、 ひとり誇りを失わずに立つ青年の、静かな闘いの物語。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...