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第36話
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「……ぼくをオンナにしている人に、初めて抱かれたとき、部屋に、若武者の掛け軸がかかっていた。ぼくに似ていると言われたけど、自分ではまったくそんなふうに思えなかったんだ。ぼくとはあまりに違う。若く、凛々しいきれいな顔立ちをして。本当に君によく似ている。一目見て、惹かれた」
「掛け軸の若武者に? それとも――」
ハッと我に返った和彦は、ここでやっと肝心なことを玲に尋ねる。
「君はどうして、この部屋に……?」
それに、今の自分の格好だ。和彦は慌てて体を起こそうとしたが、玲の肩が手にかかり、動けない。玲は体重をかけないよう気遣いながらも、和彦の体の上にしっかりと馬乗りになっていた。
「欲が出ました。父さんがしていたように、俺も――、オンナを抱きたいです」
大胆な告白に、今の状況も重なって、怒りを感じるべきなのかもしれないが、まず和彦は戸惑う。夕方交わした口づけで、自分が玲を煽ってしまったという自覚もあった。その自覚は、罪悪感とも呼べる。
これは、やはり年下である千尋と初めて口づけを交わし、体の関係を持ったときですら、抱かなかった感情だ。そもそも千尋との出会いは、あくまで後腐れのない享楽的なものから始まり、複雑な事情も、厄介な男たちの存在も、当時の和彦は一切関知していなかった。
今、体の上にいる青年は、個人としては普通の高校生かもしれないが、少なくともオンナの存在を把握している。それどころか、毒され、魅了されていると言ってもいい。
玲の父親である龍造は、どれほど〈オンナ〉を魅力的に語っていたのかと、内心で詰っていた。刺激が強すぎて、未成年に語っていい存在ではないはずなのだ。
「……ダメ、だ……。それは、ダメだ。君は、これ以上ぼくに関わるべきじゃない。ぼくをオンナにしているのは、怖い男たちだ。君の父親の立場も考えたら、ぼくと君の手に負えない事態になる」
「関係ないです。俺には、父さんの立場なんて。今、俺の目の前には、あなたしかいない」
「子供のような屁理屈を言うなっ」
声を荒らげたところで、玲がその子供であることを思い出す。未成年どころか、あと半年で卒業とはいえ、高校生だ。しかし、当の〈子供〉は、強い眼差しでこう言い切った。
「子供じゃないです」
強引に玲が唇を重ねてきて、歯列を舌先でこじ開けられる。覚えたばかりの口づけを、玲はたどたどしく再現していた。
和彦は玲の肩を押し退けようとしたが、浴衣越しに高い体温を感じて怯む。自分を威圧しているのが、掛け軸に画かれた若武者ではなく、しなやかな筋肉に覆われた熱い体を持つ青年だと、改めて実感していた。
「やめてくれ……。早く、退いて――」
首筋に忙しく唇が這わされながら、パジャマの上着を肩から下ろされ脱がされていく。熱く荒い息遣いが肌にあたり、何かが目覚めてしまいそうな危惧を抱いた和彦は、玲の頭を押し退けようとする。このとき、てのひらで触れた硬く短い髪の感触にドキリとした。
玲に触れるたびに、ほんの数十時間前に知り合ったばかりの存在なのだと思い知らされる。そしてその存在に、熱烈に求められているのだとも。
和彦の躊躇がわかったらしく、玲がまた口づけを求めてくる。唇を吸われ、口腔に舌を押し込まれ、和彦はそっと舌先を触れ合わせていた。
間近から瞳を見つめ返しているうちに、警戒心が解けていく。もともと、玲個人を恐れているわけではない。厄介なのはむしろ、和彦や玲を取り巻く男たちや組織の事情だ。しかし今、この部屋には、その和彦と玲しかいない。
「――ぼくは今、夢を見ているんだ」
口づけの合間に和彦が洩らすと、玲が意志の強そうな眉をひそめる。
「掛け軸に画かれていた若武者が、寝室に忍び込んできた夢だ。だから朝になって目が覚めたら、夢は終わる。……何もなかったんだ」
玲は察しがよかった。和彦の言葉を受けて、こう答えた。
「だったら俺は、ずっと想像していたオンナに触れている夢を見ているんですね」
和彦が微苦笑で返すと、玲はきゅっと唇を引き結び、本格的にパジャマを脱がしにかかる。手首の辺りで上着が引っかかったので、和彦は軽く身を捩って協力したが、さすがにズボンと下着に手がかかったときはうろたえる。それでも拒まなかったのは、男の部分を直視して、玲の頭が冷えることを期待したからだ。
しかし、何も身につけていない和彦を見下ろしても、玲の熱を帯びた眼差しが揺らぐことはない。
「大人の男の人の体なんですね。当たり前だけど……」
玲のてのひらが遠慮がちに体に這わされる。自分の頭の中にあるオンナの姿を確かめているように思え、和彦はとりあえずされるがままになる。
「掛け軸の若武者に? それとも――」
ハッと我に返った和彦は、ここでやっと肝心なことを玲に尋ねる。
「君はどうして、この部屋に……?」
それに、今の自分の格好だ。和彦は慌てて体を起こそうとしたが、玲の肩が手にかかり、動けない。玲は体重をかけないよう気遣いながらも、和彦の体の上にしっかりと馬乗りになっていた。
「欲が出ました。父さんがしていたように、俺も――、オンナを抱きたいです」
大胆な告白に、今の状況も重なって、怒りを感じるべきなのかもしれないが、まず和彦は戸惑う。夕方交わした口づけで、自分が玲を煽ってしまったという自覚もあった。その自覚は、罪悪感とも呼べる。
これは、やはり年下である千尋と初めて口づけを交わし、体の関係を持ったときですら、抱かなかった感情だ。そもそも千尋との出会いは、あくまで後腐れのない享楽的なものから始まり、複雑な事情も、厄介な男たちの存在も、当時の和彦は一切関知していなかった。
今、体の上にいる青年は、個人としては普通の高校生かもしれないが、少なくともオンナの存在を把握している。それどころか、毒され、魅了されていると言ってもいい。
玲の父親である龍造は、どれほど〈オンナ〉を魅力的に語っていたのかと、内心で詰っていた。刺激が強すぎて、未成年に語っていい存在ではないはずなのだ。
「……ダメ、だ……。それは、ダメだ。君は、これ以上ぼくに関わるべきじゃない。ぼくをオンナにしているのは、怖い男たちだ。君の父親の立場も考えたら、ぼくと君の手に負えない事態になる」
「関係ないです。俺には、父さんの立場なんて。今、俺の目の前には、あなたしかいない」
「子供のような屁理屈を言うなっ」
声を荒らげたところで、玲がその子供であることを思い出す。未成年どころか、あと半年で卒業とはいえ、高校生だ。しかし、当の〈子供〉は、強い眼差しでこう言い切った。
「子供じゃないです」
強引に玲が唇を重ねてきて、歯列を舌先でこじ開けられる。覚えたばかりの口づけを、玲はたどたどしく再現していた。
和彦は玲の肩を押し退けようとしたが、浴衣越しに高い体温を感じて怯む。自分を威圧しているのが、掛け軸に画かれた若武者ではなく、しなやかな筋肉に覆われた熱い体を持つ青年だと、改めて実感していた。
「やめてくれ……。早く、退いて――」
首筋に忙しく唇が這わされながら、パジャマの上着を肩から下ろされ脱がされていく。熱く荒い息遣いが肌にあたり、何かが目覚めてしまいそうな危惧を抱いた和彦は、玲の頭を押し退けようとする。このとき、てのひらで触れた硬く短い髪の感触にドキリとした。
玲に触れるたびに、ほんの数十時間前に知り合ったばかりの存在なのだと思い知らされる。そしてその存在に、熱烈に求められているのだとも。
和彦の躊躇がわかったらしく、玲がまた口づけを求めてくる。唇を吸われ、口腔に舌を押し込まれ、和彦はそっと舌先を触れ合わせていた。
間近から瞳を見つめ返しているうちに、警戒心が解けていく。もともと、玲個人を恐れているわけではない。厄介なのはむしろ、和彦や玲を取り巻く男たちや組織の事情だ。しかし今、この部屋には、その和彦と玲しかいない。
「――ぼくは今、夢を見ているんだ」
口づけの合間に和彦が洩らすと、玲が意志の強そうな眉をひそめる。
「掛け軸に画かれていた若武者が、寝室に忍び込んできた夢だ。だから朝になって目が覚めたら、夢は終わる。……何もなかったんだ」
玲は察しがよかった。和彦の言葉を受けて、こう答えた。
「だったら俺は、ずっと想像していたオンナに触れている夢を見ているんですね」
和彦が微苦笑で返すと、玲はきゅっと唇を引き結び、本格的にパジャマを脱がしにかかる。手首の辺りで上着が引っかかったので、和彦は軽く身を捩って協力したが、さすがにズボンと下着に手がかかったときはうろたえる。それでも拒まなかったのは、男の部分を直視して、玲の頭が冷えることを期待したからだ。
しかし、何も身につけていない和彦を見下ろしても、玲の熱を帯びた眼差しが揺らぐことはない。
「大人の男の人の体なんですね。当たり前だけど……」
玲のてのひらが遠慮がちに体に這わされる。自分の頭の中にあるオンナの姿を確かめているように思え、和彦はとりあえずされるがままになる。
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