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第38話
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しおりを挟むクリニックが休みの土日は、和彦の体が空くのを待ちかねていたように、一気に予定が埋まる。一応、伺いを立てられはするが、和彦個人に予定があることは滅多にないため、都合が悪いとも言えない。口ごもっているうちに、押し切られてしまうという感じだ。
もう少し要領よくならなければいけないという自省は、これまでに何度も繰り返してきたが、自分でも進歩しているとはまったく思っていなかった。
男たちの事情に振り回されるという点では、ある意味、和彦にとっての日常が完全に戻ったともいえるだろうが、あまりに前向きすぎる考えかもしれない。
テーブルについているのが自分一人となり、軽くため息をついた和彦はすっかり凝った自分の肩を揉む。イスの背もたれに体を預けようとしたところで、背後から声をかけられた。
「お疲れ様でした、佐伯先生」
和彦は反射的に姿勢を戻して、おそるおそる振り返る。にこやかな表情の藤倉が立っていた。気配すら感じられなかったため、同じ部屋にいることをすっかり忘れていた。
速やかに和彦の側に歩み寄ってきた藤倉が、テーブルの上に広げられた書類をまとめ始める。
「初の顔合わせはいかがでしたか?」
藤倉の問いかけに、力ない笑みでまず応える。
「……驚きました。まさか、こんな大事になっているなんて」
「そう身構えないでください。佐伯先生の負担を極力減らすために、集めた者たちですから。彼らが中心となって、新しいクリニックに関する作業のすべてを請け負います。先生は要望を伝えるだけでけっこうです」
はあ、と気の抜けた返事をした和彦は、慌てて口元に手をやる。込み上げてきた苦々しさを、そのまま本音として口に出していた。
「皆さん、フロント企業のマネジメントとかもされているそうですね。顔を合わせた場所がここでなければ、本当に、一般の企業に勤めるマネージャーの方たちだと疑いもしなかったと思います」
「実際、マネージャーではありますよ。総和会のために働いている、という前提がつきますが。佐伯先生にとっても馴染み深いコンサルタントもそうです。今は、荒っぽい手口だけでは稼げませんからね。依頼があれば彼らは、あらゆる組や会社に派遣されます。結果として、総和会の資金力強化に繋がりますから」
そんな人物たちを自分のサポートにつけたのかと、見えない重圧が和彦の肩にのしかかる。
和彦が今いるのは、総和会総本部内にある会議室の一つだった。大した説明もなくここに連れて来られたときから何かあるとは思っていたのだが、総和会による新しいクリニック設立の話が具体的に進み始めたことを告げられたときは、絶句するしかなかった。
候補地探しを行ってはいたが、和彦が実際に足を運んだのはほんの数か所で、そこについても用地を買い取るのか、借りるのか、そんな話すら出ていなかった。だからこそ、実際にクリニック経営の計画が動き出すのはまだまだ先だと、いくらか安穏と構えていたのだ。
いまさらだが、総和会は本気なのだと実感した。
長嶺組からクリニック経営の話が出たときは、まだ裏の世界の組織というものがよく理解できておらず、追い立てられるように目的に突き進み、その最中で現実というものを嫌というほど叩き込まれた。今は、一端とはいえ裏の世界における総和会という組織と、自分の置かれた立場を理解している。
そこに付随する、負わされた役目の重さも。
長嶺の男は、本気で和彦を裏の世界から逃がすつもりはなく、どんな手段を使ってでも、雁字搦めにしてくる。賢吾の場合、根本にあるのは強い執着と情だ。体中に蛇が巻きついてくるようで、ゾッとするような怖さと同時に、狂おしい情欲のうねりを感じてしまう。
しかし、守光の場合は――。自分を介して何かを得ようとしていると、漠然としたものを感じるが、それがなんであるかはわからない。何度体を重ねようが、守光という存在を掴めないのだから、仕方ないともいえた。
まとめた資料をファイルで綴じた藤倉が、そのファイルを和彦に差し出してくる。
「こちらはお持ち帰りいただいて、お時間があるときにでも、また目を通してください」
和彦は受け取ったファイルを、いつも持ち歩いているアタッシェケースに仕舞うと、やっと席を立つ。これで解放されると思いながらドアを開けた瞬間、廊下に立つ男の姿を見て硬直した。
壁にもたれかかっていた南郷が悠然と姿勢を戻し、意味ありげに笑みを浮かべた。
「休みの日にまで大変だな、先生。――さあ、帰ろうか。送っていく」
「……どうして、南郷さんが……」
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