1,010 / 1,292
第40話
(22)
しおりを挟む
第一遊撃隊の詰め所前まで来たところで、なんとか平常心を取り戻し、自分の頬を軽く撫でる。ドアをノックすると、少し間を置いて、御堂の護衛として見かけたことのある男が顔を出した。御堂に会いたい旨を伝えると、数瞬、困惑の表情を見せたあと、一旦中に引っ込み、すぐに今度は二神が出てきた。
「申し訳ありません、佐伯先生。隊長は今、総本部のほうに行ってまして。今日はもう、こちらには顔を出さないと思います」
本部を訪れて短時間の間に、二人の男から謝罪されてしまったと、和彦は心の中で苦笑する。
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。事前の約束もしていないのに、図々しいお願いをして」
「図々しいなんて、とんでもない。隊長がここにいたら、喜んでお会いになっていましたよ。よろしければ、今から連絡を取って――」
それこそとんでもないと、和彦は首を横に振る。すると二神が、ふっと眼差しを和らげた。隙がなくて、どことなくとっつきにくい雰囲気が漂う二神だが、こうして相対してみると気さくな人柄をうかがわせる。実際、総和会の中では、数少ない話しやすい相手ではあるのだ。
「御堂さんと少しお話ができればと思っただけなので、わざわざ連絡を取ってもらうほどのことではないんです」
「伝言がありましたら、遠慮なくおっしゃってください。伝えておきますから」
せっかくなので、御堂への礼を託けようとした和彦だが、ここであることに気づく。火曜日の龍造との食事会のとき、御堂の護衛の中に二神の姿はなかった。そこに御堂の配慮めいたものを感じるのは、あてにならないオンナの勘か、考えすぎなのか。
ひとまず、自分から食事会の話題は出さないほうがいいと、和彦は判断した。
「大丈夫です。本当に大した用事があるわけではなかったので」
ふと、奇妙な沈黙が二人の間を流れる。
二神は室内を振り返ったあと、慎重な口ぶりでこう切り出してきた。
「佐伯先生、お時間があるなら、少し話せませんか」
「ぼくと、ですか……?」
一体何を言われるのかと身構えつつも、微笑を浮かべる二神から厳しく叱責されるとも思えず、和彦は頷く。
応接室に通されソファに腰掛けようとして、駐車場でも聞いた重々しい音が聞こえてくる。反射的に窓のほうに顔を向けると、正面に腰掛けた二神は苦々しげに洩らした。
「ここはテニスコートに近いですから、よく聞こえるんです」
「テニスコートを潰して、整地している最中だと聞きました。何か計画があるそうですが、二神さんはご存知ですか?」
「いえ……。長嶺会長直々に命じたということで、ごく限られた人間しか詳細はまだ把握していないと思います。ただ――」
あくまで噂として二神が教えてくれたのは、南郷の住居を中心とした建物が計画されているのではないか、というなかなか衝撃的な内容だった。
「……第二遊撃隊ではなく、南郷さんの、ですか……」
「さきほども言った通り、噂です。おもしろがって誰かが立てた根も葉もないものかもしれません。だとしても、そんな噂が立つ程度には、第二遊撃隊隊長に存在感と影響力があるということです」
事実だとしたら、守光の南郷に対する偏重ぶりは度を過ぎている――と総和会の中で批判が起きそうだが、それがわからない守光ではないだろう。
和彦が口元に指を当て考えていると、二神はまた微笑を浮かべた。
「噂などを佐伯先生の耳に入れるべきではありませんでしたね。なんといっても、長嶺会長に直接問うことができるのに」
「いまだに、長嶺会長の側にいるだけでなく、総和会というテリトリーの中にいると、緊張してしまいます。それでも、できる限り、いろんなことを見聞きしたいと思っているんです。ぼくは非力で臆病ですから、知ることで、できる限りのトラブルを避けたいなと……」
「我々からすると、けっこう豪胆だと思いますよ、佐伯先生は」
どの辺りがだろうと聞いてみたかったが、すぐに二神が表情を改めて、いくぶん思い詰めた様子を見せたので、つい和彦は姿勢を正す。
「佐伯先生が今日見えられたのは、もしかして火曜日の夜のことが関係ありますか?」
「あっ……、はい、そうです。御堂さんが同席してくださって、ずいぶん助かりましたから、直接お礼を言いたくて」
「佐伯先生は義理堅いですね。先に携帯に留守電も入れられていたでしょう。隊長があとでそれを聞きながら、柔らかな表情をされていたので、気持ちは十分伝わっていますよ」
「そうですか。とにかく御堂さんに対して失礼がなかったのなら、ぼくはそれでいいんです」
笑みをこぼしかけた和彦だが、二神がまだ本題を切り出していないことを思い出し、身を乗り出しつつ声を潜めた。
「申し訳ありません、佐伯先生。隊長は今、総本部のほうに行ってまして。今日はもう、こちらには顔を出さないと思います」
本部を訪れて短時間の間に、二人の男から謝罪されてしまったと、和彦は心の中で苦笑する。
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。事前の約束もしていないのに、図々しいお願いをして」
「図々しいなんて、とんでもない。隊長がここにいたら、喜んでお会いになっていましたよ。よろしければ、今から連絡を取って――」
それこそとんでもないと、和彦は首を横に振る。すると二神が、ふっと眼差しを和らげた。隙がなくて、どことなくとっつきにくい雰囲気が漂う二神だが、こうして相対してみると気さくな人柄をうかがわせる。実際、総和会の中では、数少ない話しやすい相手ではあるのだ。
「御堂さんと少しお話ができればと思っただけなので、わざわざ連絡を取ってもらうほどのことではないんです」
「伝言がありましたら、遠慮なくおっしゃってください。伝えておきますから」
せっかくなので、御堂への礼を託けようとした和彦だが、ここであることに気づく。火曜日の龍造との食事会のとき、御堂の護衛の中に二神の姿はなかった。そこに御堂の配慮めいたものを感じるのは、あてにならないオンナの勘か、考えすぎなのか。
ひとまず、自分から食事会の話題は出さないほうがいいと、和彦は判断した。
「大丈夫です。本当に大した用事があるわけではなかったので」
ふと、奇妙な沈黙が二人の間を流れる。
二神は室内を振り返ったあと、慎重な口ぶりでこう切り出してきた。
「佐伯先生、お時間があるなら、少し話せませんか」
「ぼくと、ですか……?」
一体何を言われるのかと身構えつつも、微笑を浮かべる二神から厳しく叱責されるとも思えず、和彦は頷く。
応接室に通されソファに腰掛けようとして、駐車場でも聞いた重々しい音が聞こえてくる。反射的に窓のほうに顔を向けると、正面に腰掛けた二神は苦々しげに洩らした。
「ここはテニスコートに近いですから、よく聞こえるんです」
「テニスコートを潰して、整地している最中だと聞きました。何か計画があるそうですが、二神さんはご存知ですか?」
「いえ……。長嶺会長直々に命じたということで、ごく限られた人間しか詳細はまだ把握していないと思います。ただ――」
あくまで噂として二神が教えてくれたのは、南郷の住居を中心とした建物が計画されているのではないか、というなかなか衝撃的な内容だった。
「……第二遊撃隊ではなく、南郷さんの、ですか……」
「さきほども言った通り、噂です。おもしろがって誰かが立てた根も葉もないものかもしれません。だとしても、そんな噂が立つ程度には、第二遊撃隊隊長に存在感と影響力があるということです」
事実だとしたら、守光の南郷に対する偏重ぶりは度を過ぎている――と総和会の中で批判が起きそうだが、それがわからない守光ではないだろう。
和彦が口元に指を当て考えていると、二神はまた微笑を浮かべた。
「噂などを佐伯先生の耳に入れるべきではありませんでしたね。なんといっても、長嶺会長に直接問うことができるのに」
「いまだに、長嶺会長の側にいるだけでなく、総和会というテリトリーの中にいると、緊張してしまいます。それでも、できる限り、いろんなことを見聞きしたいと思っているんです。ぼくは非力で臆病ですから、知ることで、できる限りのトラブルを避けたいなと……」
「我々からすると、けっこう豪胆だと思いますよ、佐伯先生は」
どの辺りがだろうと聞いてみたかったが、すぐに二神が表情を改めて、いくぶん思い詰めた様子を見せたので、つい和彦は姿勢を正す。
「佐伯先生が今日見えられたのは、もしかして火曜日の夜のことが関係ありますか?」
「あっ……、はい、そうです。御堂さんが同席してくださって、ずいぶん助かりましたから、直接お礼を言いたくて」
「佐伯先生は義理堅いですね。先に携帯に留守電も入れられていたでしょう。隊長があとでそれを聞きながら、柔らかな表情をされていたので、気持ちは十分伝わっていますよ」
「そうですか。とにかく御堂さんに対して失礼がなかったのなら、ぼくはそれでいいんです」
笑みをこぼしかけた和彦だが、二神がまだ本題を切り出していないことを思い出し、身を乗り出しつつ声を潜めた。
75
あなたにおすすめの小説
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
シリアスはほとんどないです
不定期更新
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる