血と束縛と

北川とも

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第41話

(18)

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 南郷が思わせぶりな手つきで、着ているワイシャツのボタンを上から外し始める。浅黒い肌が露わになっていくにしたがい、強い匂いが和彦の鼻先を掠めた。南郷自身の体臭に、汗だけではなくコロンや煙草の匂いも混じっている。
 不快なほど強烈な雄の匂いだと思い、反射的に顔を背けようとしたが、南郷がワイシャツを一気に脱ぎ捨てる。
 そこで姿を現したものを目にして、和彦は動けなくなった。
 まさに筋骨隆々という言葉がふさわしい体つきに圧倒されたからではない。そんな南郷の引き締まった右脇腹から下腹部にかけて、不気味な影が這っていたからだ。
 影の正体を知った途端、総毛立つ。本能的な忌避感と嫌悪感が、全身を駆け巡っていた。
 瞬きもしない和彦に見せつけるように、南郷がわずかに体の向きを変える。
「――こいつが俺のとっておきだ。立派なもんだろう?」
 南郷が身じろぐたびに、浅黒い肌に彫られた刺青が、まるで生きているように蠢く。和彦はおぞましさに顔を強張らせながら、詰めていた息をわずかに吐き出す。
 南郷の肌に棲んでいるのは、大きな百足むかでだった。
 艶々とした黒く長い体にはいくつもの節があり、そこから左右対となる無数の足が生えている。触覚を伸ばす頭と足は毒々しい赤色が使われ、それが気味の悪さに拍車をかけている。
 ただ、彫った人間の腕は確かなものだろう。精緻に彫られた百足はあまりに生々しく、身をくねらせている姿に卑猥さすら感じる。
「見惚れてくれてるのか、先生?」
 南郷がのしかかってきて、己の高ぶりを和彦の下腹部に擦りつけてくる。いや、刺青を擦りつけているのだ。意図を察した和彦は全身を使って南郷を押し退けようとするが、びくともしない。
 覆い被さってきた南郷と、汗で濡れた素肌同士が重なり合う。南郷から立ち昇る雄の匂いがますます強くなり、和彦は眩暈にも似た感覚に襲われる。そこに、まるで甘い毒でも注ぎ込むように、南郷が囁きかけてきた。
「あんたなら、俺の刺青とも仲良くなれると思っていた。長嶺の男たちですら甘やかしているあんただ。俺の百足こいつも、同じように甘やかしてくれ」
「な、に、言って……」
「俺の刺青を見せた途端、あんたの目の色が変わった。熱っぽい、物欲しそうな目つきになったんだ。――気づいているか? あんたまた、勃ってる」
 南郷の指摘に、刺青を目にして下がった体温が、一気にまた上がる。屈辱感に唇を噛むと、そんな和彦の姿に嗜虐的なものを刺激されたのか、南郷は荒い息を吐き出して一度体を離し、前を寛げていたスラックスと下着も脱ぎ捨てた。
 もちろん和彦はただ見ていたわけではなく、下肢を引きずり逃げようとしたが、あっさり足首を掴まれて引き戻される。
 もう言葉は必要ないとばかりに、南郷が猛々しく求めてくる。余裕なく和彦の両足の間に腰を割り込ませ、ひくつく内奥の入り口に凶暴な熱の塊を押し当ててきた。
「南郷さんっ」
「あんたに興奮してるんだ。刺青を見慣れた女でも、この百足を見ると顔を歪めるか、ひどいときには悲鳴を上げる。だが、あんたは違う。惹かれるものがあったんだろ? あんたは特別なんだ。どんな男だろうが、刺青だろうが、求められると甘やかさずにはいられない。情が深くて淫奔なオンナだ」
 和彦は最後の抵抗とばかりに、抱えられた両足を振り上げ、なんとか南郷の顔か肩を蹴りつけようとする。南郷は煩わしそうに顔をしかめると、柔らかな膨らみに手を伸ばした。
「暴れると痛い目をみるぞ、先生」
 手荒く揉みしだかれて甲高い声を上げる。的確に弱みを弄られて、ささやかな抵抗は完全に封じられてしまった。
 南郷が、指にたっぷり垂らした唾液を内奥の入り口に施してから、再び欲望を押し当ててくる。濡れた肉をわずかにこじ開けられたところで、堪らず和彦は細い声を上げる。無意識に片手を伸ばしてさまよわせると、その手を掴まれ、南郷の脇腹へと導かれていた。
 ごつごつとして硬い腹筋を指先でまさぐると、逞しい体がブルッと震える。
 気味の悪い百足の刺青になんとか触れまいとしたが、それを南郷は許さなかった。しっかりとてのひらを押し当てることを求められ、今にも内奥を犯されそうになりながら和彦は、百足を撫でた。
 ああ、と南郷が吐息を洩らす。この瞬間、和彦の中で湧き起こる感情があった。
 ある意味、馴染み深い感情ではあるが、南郷に対して持つべきものではない。和彦は必死に自分の中で否定しようとするが、その間にも南郷の行動は淫らさを増していく。
「んんっ――」
 欲望の先端で内奥のごく浅い部分をこじ開けられはするものの、深く押し入ってくることはなく、ただ擦られ、突かれ、浅ましい肉が自ら蕩けていくのを待つように刺激される。
「美味そうな肉だ。真っ赤に充血して、濡れて、蠢いて……。先生は、百足が肉食だってことぐらいは知ってるだろ。昆虫だけじゃなく、小さな動物にだって喰らいつく。そんな百足だが、喰われることもある。天敵ってやつだな。例えば――蛇だ」
 再び反り返った和彦の欲望の先端から、透明なしずくが垂れ落ちる。内奥に先端を浅く含ませたまま、南郷が片手で欲望を扱き始める。堪え切れず和彦は喘ぎ声を上げながら、腰を揺らしていた。
「が、一方的に喰われるだけじゃない。蛇だろうが油断すれば、百足は容赦なく餌にする。獰猛でふてぶてしいんだよ。地面を這いずり回るどころか、湿った暗い場所に身を潜めているような嫌われ者の生き物だが、だからこそ俺にぴったりだ。極道の世界に足を踏み入れたときに思ったんだ。どんなに嫌われて蔑まれようが、ふてぶてしく生き残ってやろうってな」
 南郷から与えられる感覚の波に意識をさらわれそうになりながらも、和彦の脳裏にふっと賢吾の顔が浮かぶ。南郷の話が、まるで賢吾を当て擦っているように思えた。
 つい非難の眼差しを向けると、南郷は欲望を扱く手を止めた。
「……あんたは骨の髄まで、長嶺賢吾という極道のオンナなんだな。そんなオンナ、恐ろしくて関わりたくないと思うのが人情だが、俺はむしろ、燃える。このままあんたを犯してみたいと思うぐらいには」
 内奥の入り口に擦りつけられていた欲望が離れ、安堵する間もなく南郷に口づけを求められる。押さえつけられながら和彦は、南郷を受け入れ、激しく舌を絡め合う。下腹部が密着し、刺青を押し付けられる。
 口づけの合間に、ゾッとするようなことを掠れた声で囁かれた。
「今はあんたを犯さない。その代わり、舐めてくれ。――俺の分身を」
 否とは言わせない、と付け加えられた時点で、和彦の取るべき行動は一つしかなかった。

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