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第43話
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結局、和彦が個人で使うために買ったのは、目覚まし時計だった。これぐらいなら、本宅の客間に置いていても何も言われないだろう。
買い物を済ませてフロアを移動していた和彦は、途中で、我ながら恥ずかしくなるような芝居がかった声を上げた。
「あー、そうだ」
エスカレーターの先に立つ組員が振り返る。
「どうしました、先生?」
「えっと……、もうちょっと見ておきたいものがあるんだ。だから、一階で待っていてくれないかな。そこの休憩コーナーで」
「気にしないでください。おつき合いしますから」
「いやっ、ついてきてもらうほどのものじゃ、ない、んだ。ただ見るだけで、買うつもりはないから、荷物持ちはいらないし……」
話しながら次第に声が小さくなる和彦の様子から、察するものがあったらしい。組員は、自分の職務を忠実に果たすべきか、和彦の希望を叶えるべきかと悩むように、頭を掻く。和彦はすかさず畳みかけた。
「ウロウロするわけじゃないから。地下の売り場に用があるんだ」
「……必死ですね。先生」
仕方ないと組員が納得してくれたのと、エスカレーターで一階に着いたのは同時だった。その場で再び別れた和彦は、さっそく地下一階の売り場へと向かう。
実は、宮森とケーキを一緒に食べた月曜日の夜から、毎日優也とメールをやり取りしている。前触れもなく、本当はあんたと話すことなんてないけど――と、優也が憎まれ口をメールで送ってきたのだ。
和彦との連絡を楽しみにしていると宮森は言っていたが、とてもそんなふうには読み取れないと苦笑しつつ、和彦は返信したのだが、そこから、なんとなくメールが続いている。
ただ、毎回優也から言われるのは、メールのやり取りは面倒くさいということだ。つまり、チャットアプリでやり取りしたいらしい。
和彦としては意地を張っているつもりはなく、何かと多忙なこの時期、たかが連絡ツールのために、新しい電子機器の使い方を覚える余裕はない。
しかし、気になっているのは確かなのだ。このあたりの心情を、優也や千尋という青年たちに見透かされている気がする。
心の中でぼやきながら和彦は、階段を下りて正面の位置に展開されているコーナーに足を踏み入れる。会社帰りの男女や、学生と思しき若者たちが多く、なかなかにぎわっていた。彼らが熱心に見ているのは、スマートフォンだ。
和彦は、どの機種がいいとか、どんな機能があるとか、そんな予備知識は持ち合わせていない。いままでまったく興味がなかったものを、これを機に、自分が使うことを念頭に見ておこうというだけだ。
そう考えて売り場をウロウロしていたが、すぐに居心地の悪さを覚える。目移りするというレベルにすら達せず、何を見ていいかわからず、視線が泳いでしまう。買い物好きの和彦の性分を持ってしても、理解が追い付かない。
今度、千尋についてきてもらおうと思った一瞬あとに、どうしてスマートフォンに興味を持ったのか聞かれると、なかなか面倒なことになるのではないかと危惧する。
長嶺の男たちの嫉妬深さを甘く見てはいけない。自戒するように心の中で呟いた和彦は、ぶるっと身震いをした。
「……なんか、嫌な予感が……」
まさか風邪ではないだろうかと戦きながら、早々に売り場から退散する。
エスカレーターを上がってきた和彦を見ると、イスがあるのに立ったまま待機していた組員が近づいてきた。
「早かったですね、先生」
「う……ん、よくわからなくて」
「欲しいスマホの品定めはできましたか?」
売り場から見当をつけたのか、それともあとをつけていたのか。あえて問い詰めるようなことでもなく、曖昧な返事をして店をあとにする。
帰りの車中で和彦は、優也にメールを送る。まだしばらくスマホは買わないと。驚く速さで返信があり、一読して苦笑する。あんたのダンナに買わせろよ、とは優也でなければ出ない言葉だ。
本当に口が減らないなと、呆れる一方で感心もしていると、突然携帯電話が鳴った。表示された番号は、今まさにメールをやり取りをした優也のものではない。見覚えのない番号なのだ。
さきほど感じた嫌な予感は、この電話が関係あるのかもしれない――。
和彦は本能的な忌避感に襲われ、反射的に電話に出たくないと思ったが、助手席の組員がこちらをうかがってくるため、不自然に電源を切るわけにもいかない。おそるおそる電話に出てみた。
「――……もしもし」
『お疲れのところ申し訳ありません。総和会の吾川です』
思いがけない相手からの電話に、和彦は激しく動揺する。声も出せないまま固まっていたが、吾川は辛抱強く和彦からの返事を待っている。そこでようやく我に返り、電話にではなく、ハンドルを握る組員にこう頼んだ。
買い物を済ませてフロアを移動していた和彦は、途中で、我ながら恥ずかしくなるような芝居がかった声を上げた。
「あー、そうだ」
エスカレーターの先に立つ組員が振り返る。
「どうしました、先生?」
「えっと……、もうちょっと見ておきたいものがあるんだ。だから、一階で待っていてくれないかな。そこの休憩コーナーで」
「気にしないでください。おつき合いしますから」
「いやっ、ついてきてもらうほどのものじゃ、ない、んだ。ただ見るだけで、買うつもりはないから、荷物持ちはいらないし……」
話しながら次第に声が小さくなる和彦の様子から、察するものがあったらしい。組員は、自分の職務を忠実に果たすべきか、和彦の希望を叶えるべきかと悩むように、頭を掻く。和彦はすかさず畳みかけた。
「ウロウロするわけじゃないから。地下の売り場に用があるんだ」
「……必死ですね。先生」
仕方ないと組員が納得してくれたのと、エスカレーターで一階に着いたのは同時だった。その場で再び別れた和彦は、さっそく地下一階の売り場へと向かう。
実は、宮森とケーキを一緒に食べた月曜日の夜から、毎日優也とメールをやり取りしている。前触れもなく、本当はあんたと話すことなんてないけど――と、優也が憎まれ口をメールで送ってきたのだ。
和彦との連絡を楽しみにしていると宮森は言っていたが、とてもそんなふうには読み取れないと苦笑しつつ、和彦は返信したのだが、そこから、なんとなくメールが続いている。
ただ、毎回優也から言われるのは、メールのやり取りは面倒くさいということだ。つまり、チャットアプリでやり取りしたいらしい。
和彦としては意地を張っているつもりはなく、何かと多忙なこの時期、たかが連絡ツールのために、新しい電子機器の使い方を覚える余裕はない。
しかし、気になっているのは確かなのだ。このあたりの心情を、優也や千尋という青年たちに見透かされている気がする。
心の中でぼやきながら和彦は、階段を下りて正面の位置に展開されているコーナーに足を踏み入れる。会社帰りの男女や、学生と思しき若者たちが多く、なかなかにぎわっていた。彼らが熱心に見ているのは、スマートフォンだ。
和彦は、どの機種がいいとか、どんな機能があるとか、そんな予備知識は持ち合わせていない。いままでまったく興味がなかったものを、これを機に、自分が使うことを念頭に見ておこうというだけだ。
そう考えて売り場をウロウロしていたが、すぐに居心地の悪さを覚える。目移りするというレベルにすら達せず、何を見ていいかわからず、視線が泳いでしまう。買い物好きの和彦の性分を持ってしても、理解が追い付かない。
今度、千尋についてきてもらおうと思った一瞬あとに、どうしてスマートフォンに興味を持ったのか聞かれると、なかなか面倒なことになるのではないかと危惧する。
長嶺の男たちの嫉妬深さを甘く見てはいけない。自戒するように心の中で呟いた和彦は、ぶるっと身震いをした。
「……なんか、嫌な予感が……」
まさか風邪ではないだろうかと戦きながら、早々に売り場から退散する。
エスカレーターを上がってきた和彦を見ると、イスがあるのに立ったまま待機していた組員が近づいてきた。
「早かったですね、先生」
「う……ん、よくわからなくて」
「欲しいスマホの品定めはできましたか?」
売り場から見当をつけたのか、それともあとをつけていたのか。あえて問い詰めるようなことでもなく、曖昧な返事をして店をあとにする。
帰りの車中で和彦は、優也にメールを送る。まだしばらくスマホは買わないと。驚く速さで返信があり、一読して苦笑する。あんたのダンナに買わせろよ、とは優也でなければ出ない言葉だ。
本当に口が減らないなと、呆れる一方で感心もしていると、突然携帯電話が鳴った。表示された番号は、今まさにメールをやり取りをした優也のものではない。見覚えのない番号なのだ。
さきほど感じた嫌な予感は、この電話が関係あるのかもしれない――。
和彦は本能的な忌避感に襲われ、反射的に電話に出たくないと思ったが、助手席の組員がこちらをうかがってくるため、不自然に電源を切るわけにもいかない。おそるおそる電話に出てみた。
「――……もしもし」
『お疲れのところ申し訳ありません。総和会の吾川です』
思いがけない相手からの電話に、和彦は激しく動揺する。声も出せないまま固まっていたが、吾川は辛抱強く和彦からの返事を待っている。そこでようやく我に返り、電話にではなく、ハンドルを握る組員にこう頼んだ。
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