血と束縛と

北川とも

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第43話

(33)

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 再び歩き出したとき、南郷はいくらか歩調を緩め、こちらのペースに合わせ始める。この男の見た目に似合わぬ気遣いがもともと苦手だったが、今はさらに拍車がかかっていた。和彦自身のことなどどうでもよく、守光と賢吾のために、〈オンナ〉を丁寧に扱ってやっていると、そんな南郷の心の声が聞こえてきそうなのだ。
 自意識過剰だと、あるいは被害妄想だと嗤われるかもしれないが――。
 ふと南郷が振り返り、何もかも見透かしたような一瞥を寄越してくる。和彦は身構えた。
「何か……?」
「いや……。あんたは、この先にある場所に行ったことがあるか?」
 南郷が指さしたのは、車も通れないほどの細い道だった。一瞬、和彦が表情を緩めると、それで南郷は察した。
「あるようだな。この先は、いい散歩コースになってる。暖かい時期は釣りや水遊びが楽しめるんだが、さすがに今はな」
 知っていると、心の中で頷く。和彦にとっては、微笑ましい思い出を作った場所でもあるのだ。千尋とは雪に塗れてはしゃいだし、三田村や中嶋とはのんびりと釣りを楽しんだ。
 そんな場所に南郷と行きたくないなと思ったが、あまりに子供じみた感傷かと、表に出さないよう努める。
「――俺はもう、何者にもなれない男だ」
 数歩先を歩く南郷が唐突に切り出す。それが自分にかけられた言葉だとわかり、和彦は軽く目を見開いた。
「えっ……?」
「薄汚い野良犬が、ここまで成り上がれたんだ。望外の出世というやつだ。それもこれも、オヤジさん……長嶺の男たちのおかげだ」
「ぼくは……、あなた個人に興味はありません」
「だが、俺が、長嶺の男たちに与える影響には、興味があるだろ?」
 南郷は前を向いたままで、どんな表情で言ったのか知ることはできない。ただ、和彦を挑発するために言っているわけではないと、不思議な確信はあった。
「俺は、オヤジさんが築いてきたもの、築こうとしているものを守りたい。要はそれだけだ。結果としてそれが、あとに続く長嶺の男たちのためになる」
「……忠義に厚いんですね」
 和彦は小声で皮肉を洩らしたが、しっかりと南郷の耳に届いていた。
「そう思うか、先生?」
「わかりません。でも、あなたがぼくにやってきたことは、賢吾さんを挑発している……と思います。でも会長は、それを許しているんですよね」
「長嶺組長が、一時の気まぐれであんたを囲っているのかどうか、判断したかった。他の奴の手垢がついたら、それでポイッと放り出すのかも知りたかったしな。それと、佐伯和彦自身に興味もあった。おもしろいと思ったよ。〈オンナ〉としてのあんたは。ふてぶてしくてしたたかで、そのくせ妙に繊細で。本人に自覚はないだろうが、力のある男たちから尽くされているという傲慢さが、俺の神経をチクチクと刺激してくるんだ」
「ぼくは別に、尽くされてなんて――」
「いまさら否定しなくていい。世の中には、そうされるべき人間ってのは確かに存在していて、あんたがそれだというだけだ。もちろん、長嶺の男たちも。それに、俺はもともと、そういう人間が持つ傲慢さを好ましいと感じる性質だ。むしろ、普通の人間なら美点と受け止めるだろう、あんたの持つ甘さと優しさのほうが、肌に合わない」
 裏の世界に身を置く男たちは、どこかしら感覚がおかしいし、屈折している。すっかり麻痺していたが、南郷と話しているとそんな事実を突きつけられる。しかし和彦もまた、同類なのだろう。深く囚われる前に逃げ出す機会はいくらでもあったが、それでも留まり続けたのは、和彦自身だ。
 賢吾が作った檻は、あまりに居心地がよかった。逃げ出したいという気力すら甘く溶かしてしまい、ついには、ここが自分の居場所だと願うほどに。
 南郷や守光に、それは見透かされている。そのうえで、昨夜のあの出来事なのだ。
 望まない行為に和彦がどこまで打ちひしがれるか、南郷は観察しているのかもしれない。だからこうして、自分の側に残ったのだとしたら――。
 ぬかるんだ地面を踏みしめるように歩きながら和彦は、体の内側が冷えていくのを感じた。
 湿った足音だけが少し続いたあと、南郷がぽつりと洩らした。
「――……率直に話しすぎたな」
 笑いを含んだような声だが、もちろん表情はわからない。
「あんた相手には、どうしても雄弁になる。俺は本当は、無口な男なんだが」
「そのわりには……、自分のことを話すのが好きですね」
「俺に興味のないあんたに話すと、嫌がらせになる。嫌いな相手に関する知識が増えるのは、なかなかの気分だろ?」
 南郷の屈折ぶりは筋金入りだと、内心苦々しく感じた和彦だが、これだけは認めなくてはならなかった。

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