血と束縛と

北川とも

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第44話

(35)

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 和彦はふらふらとベッドに腰掛ける。そのまま仰向けで倒れていた。
「年末年始の本宅は忙しいから、煩わせたくなかったんだ。それに、ぼくの辛気臭い声を聞かせたくなかったし……」
『でも、電話をかけてきた』
「仕方ないだろ。……あんたの声が聴きたかったんだから」
 意地を張る気力も残っていなかった。電話がすぐに終わりそうにないと察したのか、賢吾は場所を移動しているようだ。電話の向こう
はざわついており、陽気な笑い声も聞こえてくる。昨年の元日と同じなら、本宅で宴会をしている最中だったのだろう。
 急に申し訳なさを感じ、和彦はぼそぼそと告げる。
「組長が抜けていいのか?」
『みんなもう出来上がってる。かえって俺がいないほうがいいだろう』
「……そっちは、にぎやかでいいな」
『恋しくなったか?』
 和彦は思わず苦笑いを浮かべる。
「そうだと答えたら、あんたはどうするつもりだ」
『今から迎えに行ってやるが』
 複雑な事情を踏まえれば、そんなことができるはずもないのだが、あまりに賢吾らしい返答に胸がじわりと熱くなる。英俊との
やり取りで擦り切れそうになっていた心が、まるで賢吾の声音に包み込まれていくようだ。
「あんたは……、ぼくに甘すぎる。大蛇みたいに、怖い男のくせに」
『だからだ。お前をドロドロに甘やかして、俺なしじゃいられなくしてやった。俺の背負ってる蛇は、執念深くて計算高いんだ』
 だがな、と賢吾が続ける。
『一番の理由は、俺がお前に骨抜きだからだ。難儀だな、和彦。俺みたいなのに目をつけられて』
「……自分で言うな」
 和彦は体を横向きにして、携帯電話を強く耳に押し当てる。もっと側で賢吾の声を聴きたくて。
「無事に年は明けたから、あと少しがんばる。こっちでのぼくの役目はもう終わるだろうし」
『終わるのか?』
「不肖の次男坊としての役割を、果たしたと思う。引き止められることはたぶんないだろうから、予定通り帰る」
 決意表明ともいえる和彦の発言に対して、賢吾がふっと息を洩らした。安堵の吐息――ではないようだ。
『帰ってきたらきたで、こっちも大変だぞ。なんといっても俺が、総和会と派手にやらかすんじゃないかって話になってるからな』
「あんたは、そのつもり、なのか……?」
『俺は臆病で慎重な蛇だ。ただ、腹に据えかねているのは本当だ。オヤジにも、〈あいつ〉にも』
 和彦はぶるっと身を震わせる。
「……不安になる話ばかりだ」
『お前を怖がらせるつもりはないんだがな。――なかなか、上手くいかないもんだ。本来なら、実家でゆっくりしてこいと言って
やりたいところだが、事情が事情だ。何より、沈んだお前の声を聞いちまうと、どうしたってこっちも身構える』
 実家に戻ってから、自分の存在や価値についてずっと向き合ってきた和彦には、賢吾とのやり取りはあまりに危険だ。何もかも
放り出して、長嶺の本宅に駆け込みたくなる。
 英俊に打たれた頬と、英俊の頬を打ったてのひらが、熱を持ってジンジンと疼いていた。もっと別の熱が欲しいと、ふっと願って
いた。賢吾の声音が優しすぎるせいだ。
『和彦……?』
「――さっき、ケンカしたんだ。兄さんと」
 一拍置いて、悪戯っぽく問いかけられる。
『一発食らわせてやったか?』
「一発どころか、二発……」
 声を上げて賢吾が笑う。笑いごとではないと非難すべきかもしれないが、つられて和彦も唇を緩めていた。
「……大変だったんだ。だから、甘やかしてくれ」
『何をしてほしい?』
「声が……、いつもみたいに、あんたの声を聞いていたい」
『さっきから話してるじゃねーか』
 そうではないと言い募ろうとした和彦だが、急に我に返ってうろたえる。どんな恥知らずな行為を求めようとしていたのか
自覚したのだ。
「やっぱり、いい」
『そうか? 俺は、お前のいやらしい声が聞きたくて仕方ねーんだが』
 この男にはやっぱり見透かされてしまう。
 和彦はしどろもどろになって断ろうとしたが、賢吾の忌々しいほど魅力的な声には逆らえない。二度、三度と名を呼ばれているうち
に、着ているトレーナーの下に片手を忍び込ませていた。

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