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呑気な師匠と【魔弾の銃士】

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 さも一般人のような口ぶりの【始祖の武闘家】が告げた『ここにいる理由』を聞いた三人は、ほんの数秒ではあるがポカンと口を開けるほど呆然としており。

「きゅ、休暇? 思ったより、こう……」

「普通、だな? あんたにしては……」

 何とも言えない微妙な空気を破ろうと、フェアトが何とも言えない表情で口火を切ったところ、スタークも殆ど同じ考えをしていたらしく意外そうな声と表情で明らかに普通ではない師匠に疑問の声をかけると。

「普通って何だよ、あたしだって人間だぞ? そりゃ休暇の一つや二つも取りたくなる時もあるってもんだ」

「いや、そういう事では……えっとですね──」

 当のキルファは『あたしが羽を伸ばすのがそんなにおかしいか?』と何か不満げにしていたが、そういう事を言いたかったわけではない双子を代表し、フェアトが誤解を解きつつ改めて話を戻そうとしたものの。

「……なぁ師匠、諸島《ここ》で出された食い物だの飲み物だのに手ぇつけたか? もしそうなら、すぐに対処──」

 妹の話をスパッと遮ったのは他でもない姉のスタークであり、どうやら彼女は諸島に着いて間もなく判明した妙な香りについて確認したかったらしく、その香りを放つ飲食物を口にしたかどうかを問おうとした。


 すると、キルファは『ん?』と反応してから──。


「あぁ、いくつかな。 けど、あんま美味くなかったんだよ。 だから最近は自分で魚獲って食ってた。 ちょうど今も遠泳ついでに──ほら、お前らも食うか?」

 こうして砂浜《ビーチ》に上がるまでは海水に浸けていた大きく頑丈そうな投網を見せつつ、すでに休暇初日に飲んだり食ったりしたが妙な味がしたからか、それ以上は飲み食いをやめて自然由来の物だけ口にしていたと語ったうえで、その中にいる大量の魚介を勧め始める。

 どうやら魔物も混じっているようだが、そもそも魔物の大半は人間にとって食用として扱う事ができる物も多く、この瞬間まで何一つ口にできていないスタークにしてみれば妙案以外の何物でもなかった為──。

「あ、あぁ、悪ぃな──……え、食ったのか?」

「? おぅ、食ったけど」

 何なら生でもいい──そう考えつつ伸ばさんとした彼女の右手は、キルファが口にした『いくつか』という言葉に引っかかりを覚えて止まり、それを確認するべく同じ問いかけをするも師匠の表情は変わらない。

 一方、観光組合を名乗る者たちとのやりとりを思い返していた双子は、どちらからともなく身を寄せて。

(どういう事ですか? あれは麻薬だって言ってたのに)

 姉の言っていた事が間違いだったとは思いたくないが、それでも『あの姉』なのだから間違いくらいしても不思議ではないという正反対の考えに板挟みになっていたフェアトが少しだけ責めるような口調で問う。

 何せ、もしも本当に単なる好意から飲み物だったり花輪だったりを渡していたのだとしたら、あの者たちを邪険にした自分たちは、とんだ間抜けだという事になるし──そもそも申し訳なさが勝ってしまうから。

 尤も、あの光のない瞳をした者たちが属する組織が普通の観光組合だとは、どうしても思えなかったが。

(師匠は毒にも強かった気はするが……いや、うーん)

 そんな中、妹の問いかけに対して何とか過去を振り返らんと奮闘していたスタークは、レイティアが連れてきた毒を有する魔物相手に師匠とともに戦っていた時、倒した後に毒抜きもせず食べてたような──と朧げな記憶を頼りに推測しようとするも、ピンと来ず。

 あの人が【治《キュア》】でも使ったのでは、それなら師匠は隠さずに言うっての──みたいな会話をしていた時。

「ね、ねぇ、ちょっといいかしら」

「「「?」」」

 完全に蚊帳の外となっていた女性冒険者、アルシェが控えめに口を挟んだ事により三人の視線が集まる。

「久しぶりの再会のようだし割って入るのも悪いんだけど……その前に、あっちを何とかしたいのよ。 もし良かったら協力してもらえないかしら? もちろん、さっきまでここにいた冒険者《どうぎょうしゃ》たちも呼び戻すから──」

 それから、アルシェは未だ夥しい数の肉片が沖合に浮かぶ海の方へ苦々しい表情を向けつつ、ほんの数十分前までは綺麗だった筈の海を少しでも元に戻すとともに、そこに浮かぶ肉片を回収して可能なら遺族の手にと考え、どうか手を貸してほしいと頼み込もうと。

「あっち? っつーか、お前どっかで──」

 ──した、そんな彼女の声は『んー』と疑問符を頭に浮かべながら首をかしげるキルファの声に遮られてしまい、そのまま数秒ほど沈黙が続いたかと思えば。


「──あぁ思い出した。 【魔弾の銃士】だな、お前」


 スタークはもちろん、フェアトでさえも聞き覚えのない何某かの二つ名を口にしてアルシェを指差した。

「……【始祖の武闘家】に知ってもらえてるとはね」

「アルシェさんの二つ名ですか?」

「……えぇ、まぁ一応」

 それを受けたアルシェは、『光栄だわ』と抑え目とはいえ照れ臭そうに笑みを浮かべており、フェアトが確認するように尋ねてきた『貴女の二つ名か』という問いに対しても気恥ずかしげにだが返答してみせた。

 その一方で、そんなアルシェが口にした『一応』という言葉を謙遜と捉えたキルファは、キルファ自身が知る【魔弾の銃士】についてを赤裸々に語り始める。

 ヴィルファルト大陸の南方に位置する南ルペラシオでは──【美食国家】では毎日のように新たな食材が発見されるほどの美食の宝庫であり、そのお陰で国民たちは飢える事すらなく諍いなども殆ど発生しない。

 それは魔物や動物も同様であるらしく、それぞれの縄張りさえ侵さなければ被害も出る事はないようで。

 その暖かな気候も相まってか、『大陸で最も平和な国』と称される事もある本当に平穏極まる国なのだ。


 しかし、これはあくまで【美食国家】の国民の話。


 魔族の脅威は十五年前に去っているが、それでも他国には貧富の差による迫害を受けて【美食国家】に流れてくる者もおり、そういった者たちが中心となって小さくない騒ぎを起こす事も往々にしてあるらしい。


 特に──【傭兵】が厄介なのだとか。


 十五年前までにも彼らは存在していたものの、その殆どは国から正式な依頼を受けて少なくない報酬も受け取る事ができる【冒険者】を兼ねる者が多かった。

 しかし、この世界から魔族が消え去り必然的に大部分が必要とされなくなった冒険者たちの中には、その後に就く職が見つからず盗賊一歩手前の【傭兵】に身を落とす事を強いられてしまう者もいたようで──。

 一歩手前も何も、どう考えても盗賊と変わりない所業を働く彼らは常に飢えており、それゆえ美食の宝庫へ赴き略奪を働くのは──もう必然であると言えた。


 わざわざ奪わずとも、どこでだって手に入るのに。


 まぁ、この世界に存在する傭兵という傭兵の全てが略奪行為に手を染めているわけではないのだが──。

 そして、なまじ力を持っているだけに捕らえる事も難しい彼らを仕留めるのも冒険者の仕事なのだが、その中でも格段に優れていたのが──アルシェだった。

 “魔法銃”──と名づけられた、あらゆる属性の魔石を銃弾として装填し、それを扱う術者の適性に関係なく全属性の魔法を行使できる武器を以て戦う彼女を。


 人は──【魔弾の銃士】と呼んだ。


「で? お前と……こいつらがいても、あの惨事か?」

「「……」」

 なるだけ簡潔に語り終えた後、最初にアルシェへ向けていた視線を双子に向けたかと思えば、そのまま海の方へ視線を移すとともに、キルファが若干とはいえ声色を低くした事で双子は思わず気まずそうにする。

 観光組合だか何だか知らないが、あの余計なやりとりがなければ犠牲は減らせた筈──そう考えたから。

 少し前にも似たような事あったな──と乏しい記憶力でも覚えていた『並び立つ者たちシークエンスによって壊滅した村』についてスタークが振り返っていた、その瞬間。

「二人は悪くないわ。 むしろ、この子たちが来てくれなかったら今ごろ私も含めた全員が魔物の胃の中よ」

「ふーん……そんなに強かったのか」

 アルシェが少しだけ語気を強めて双子を庇い、どう見ても悪いのは冒険者なのに救えなかった非力な自分だと口にしたものの、キルファは普段の教え子と同じように興味なさげに相槌を打ちつつ双子へ目を遣る。

「あたし的には、そうでもなかったが……」

「そう、ですね。 ただ──」

「ただ?」

 それが自分たちに向けられているのだと気がついた双子は互いに顔を見合わせてから、スタークが首をかしげて『口ほどにも』と告げたのを皮切りに、フェアトも同調する為にと首を縦に振ろうとしたのだが、そこには続きがあったようで、キルファが先を促すと。

「──死骸が残らなかったのが、どうも気がかりで」

「!」

「……師匠、何か知ってんのか?」

 フェアトは、あの戦いの終わりに三匹の魔物全てが消失してしまった事が未だに気になっていると語る。

 それを聞いたキルファは気づかないくらいに僅かほど目を見開いていたが、スタークは師匠の変化に気づいていたらしく水の滴る彼女の顔を覗き込み、問う。


 すると、キルファは『実はな?』と前置きし──。


「……あたしが二日前に出くわしたやつも、どういうわけか死んだ後で灰になって消えちまったんだよな」

「「出くわした?」」

「あぁ。 つっても元から死にかけてたんだが──」

 三日前に始まった休暇の二日目に、ここと全く違う島の静かな砂浜に流れ着いていた『何か』と戦闘を繰り広げたようで、その『何か』は満身創痍の状態でなお彼女に食らいついてきた為、加減する事も難しく。

 そのまま死なせてしまったが、その死骸も村鮫などと同じ様に消えたのだと語る彼女の話には続きがあるらしく、スタークたち三人が二の句を待っていると。

「そいつ、どう見ても『機械兵』だったんだよ」

「え……? それって、【機械国家】の……?」

「どうしてシュパース諸島に機械兵が……?」

 彼女に襲いかかり、そして命を落とした『何か』は北ルペラシオ──【機械国家】の技術で生み出された身体の殆どが機械化された人間だったと明かしたが。

 それを聞いたフェアトやアルシェが【機械国家】の技術が他国へは流出していないという事実を踏まえたうえで、どうして殆ど正反対に位置する諸島に流れ着く事があるのかと共通の疑問を抱く中、スタークは。


(……きかいへい? 何だそりゃ)


 いつもと言えばいつもの、しょうもない物覚えの悪さに苛まれており──ただ一人、首をかしげていた。
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