【完結】炎風、銀箭に変ず

黄永るり

文字の大きさ
上 下
14 / 39

ブドウと葡萄

しおりを挟む
(地図を島内の地図に重ねても何もわからないし、港町の市場にはブドウを売っている店はなかったし…)
「ブドウ…」
 そう呟きながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。
「うわっ!」
 ぶつかった相手が抱えていた木箱からリンゴを数個落としてしまった。
「すみません!」
 シャアラも咄嗟に持っていた地図を落としてしまった。
「わりい! こっちも箱のせいで前方が良く見えてなかった」
 男は木箱を地面におろすと、シャアラの地図を拾ってくれた。
 逆にシャアラはリンゴを拾って木箱に入れた。
「おう。、ありがとうな」
 シャアラは港から船に乗る前に、シャーティに協力してもらって男装姿をしていた。
 坊主、と呼ばれているうちは男に見られているなと内心ほっとしていた。
「いいえ」
 男は返そうとしたシャアラの絵地図を見て不思議そうな顔をした。
「ブドウ?」
「あ、はい」
「この辺りにブドウを売ってる店もないし、ブドウを育てている家もないぞ」
「ですよね」
 一瞬、男の反応に期待したシャアラだったが、すぐあとの言葉にがっかりした。
「だけど」
「だけど?」
「この島が世界中のあらゆる鉱山よりも凄い宝石の原石を産出する島だってことは知ってるよな?」
 シャアラは頷いた。
 大陸の鉱山よりもこのジャズィーラ島内の鉱山で産出した原石のほうが宝石として素晴らしい輝きを放つと言われている。
 島内の周辺が複雑に入り組んだ海域でなければ、明日にでも我が物にしたい大国が攻めてくるだろう。
「昔、ブドウ色の石を産出した村があったんだ」
「え?」
「あまりに美しくて透明度も素晴らしくてと命名されたくらいなんだが、滅多に産出されないから幻の石とも、奇跡の石とも言われていて」
「それで!」
 シャアラの気色に男は一歩退いた。
「そこを国の命令で管理を任されている夫婦がいて」
「それどこですか!」
 そのまま勢い込んでシャアラは訊く。
「ここだよ」
 男は島内の地図のある箇所を指さした。
「ありがとうございます!」
 シャアラは砂漠の旅で稼いだ小銭のいくらかを地図と引き換えに男の手に載せた。
 情報の対価はきちんと払うべし。
 祖父に教わったことだ。
 商人にとって情報はとても貴重で重要だ。
 真偽はともかく。
「坊主、港町からそっちの方向に行く馬車に乗るといい」
「ありがとうございます!」
 勢いよく男に頭を下げたシャアラは、馬車の停車場まで走って行った。

 港近くの市場に馬車の停車場が作られている。
 そこから島内の様々な町や村を駆け巡るルートが張り巡らされている。
 何と言っても港は島の南端に作られているここの一か所だけだ。
 あとは船も泊められない複雑な入り江に囲まれている。
 シャアラはそこから男に教わった村に行くルートの馬車に乗った。
 少年姿のシャアラに声をかける者は誰もいなかった。
しおりを挟む

処理中です...