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大公と公母
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現トバルク大公の後宮は、公妃逝去以来ひっそりとしていた。
その主は公妃から大公の生母・公母になり、ますます静かなものになっていた。
国の正式な行事以外は、公母が公に出ることもなかった。
大公もまた公妃の葬儀後は、母親のご機嫌伺いのためだけに時折後宮を訪れるだけにとどめており、後宮に泊まることはなかった。
大公の住まいは、もっぱら宮殿表にある政務を行う執務室に近い場所にあった。
その大公が行事でも何でもなく、久々に後宮の公母を訪れるということで、先触れを聞いた年若い女官や侍女たちが一斉に身支度を整えて、精一杯着飾って、公母の周囲に控えていた。その女人たちの姿を見た大公は、喜ぶどころか深いため息をついた。
(皆、まだ諦めていないのか。なかなか頑固な者たちだな)
大公は自分の頑固さを棚に上げて、公母の周辺のきらびやかな華たちを下がらせた。
後にはむせるような香水の匂いが無念そうに漂っている。
「相変わらずですな。母上、もうそろそろ諦めては頂けませんか?」
顔をしかめる息子に、公母は穏やかに微笑みながら首を横に振った。
「嫌です。そなたの頑固さは私譲りだとは思いますが、この母も相当な頑固者ですよ。母の頭がはっきりしておるうちは、何があっても諦めはいたしませぬ」
「困りましたなあ」
大公は空気を入れ替えようと窓を開けた。
外の乾いた空気が入ってきて、香水の香りを一掃してくれる。
「そなたの父である先代大公は、そなたの年になっても、まだ後宮で若い女人の尻を追い回しておられましたけど」
「父上と私とを一緒にしないで下さい。だいいち、女人を追いかけまわしても父上には子供は私以外出来なかったではありませんか」
「それは……」
先代トバルク大公は、正室であった公妃以外にも多くの側室を迎えてはいたが、現大公以外は子供に恵まれることはなかった。
「私は養子縁組など、まっぴら御免です。早く次期大公を作って私を安心させてください。このままでは先代さまに合わせる顔がありません」
公母は袖に顔をうずめた。
「母上、そうそう私も泣きまねにはひっかかりませんよ」
「何という息子ですか? この母の目に光るものが何なのかわからないとは、情けない」
「母上」
「何です?」
息子の緊張した顔に公母も、真面目な顔に戻った。
大公は窓を閉めてゆっくりと公母の元に歩み寄った。
そして膝をついて椅子に座っている公母と目線を同じくすると、あることを呟いた。
「それは、どういうことだ?」
「お会いになればわかります。私は本人の意志に任せたいとは思ってはいますが、母上のご意見も伺いたいと思いまして」
「大馬鹿者。自分一人の意見では不安だから、この母に口添えしてほしいのでしょう?」
「さようでございます」
「全く、そなたときたらいつの間に。確かな話でしょうね?」
「もちろんでございます。確認はさせました」
「手回しが良いのは先代譲りですね」
「恐れ入ります」
「相分かった。よく見てみましょう」
「お願い申し上げます。母上のお美しいその瞳だけが頼りです」
「こういう時だけ私を頼るでない」
不満を言いながらも、なぜか公母の眼差しは嬉しそうだった。
それは、滅多にない息子からの頼みだけではないようだった。
その主は公妃から大公の生母・公母になり、ますます静かなものになっていた。
国の正式な行事以外は、公母が公に出ることもなかった。
大公もまた公妃の葬儀後は、母親のご機嫌伺いのためだけに時折後宮を訪れるだけにとどめており、後宮に泊まることはなかった。
大公の住まいは、もっぱら宮殿表にある政務を行う執務室に近い場所にあった。
その大公が行事でも何でもなく、久々に後宮の公母を訪れるということで、先触れを聞いた年若い女官や侍女たちが一斉に身支度を整えて、精一杯着飾って、公母の周囲に控えていた。その女人たちの姿を見た大公は、喜ぶどころか深いため息をついた。
(皆、まだ諦めていないのか。なかなか頑固な者たちだな)
大公は自分の頑固さを棚に上げて、公母の周辺のきらびやかな華たちを下がらせた。
後にはむせるような香水の匂いが無念そうに漂っている。
「相変わらずですな。母上、もうそろそろ諦めては頂けませんか?」
顔をしかめる息子に、公母は穏やかに微笑みながら首を横に振った。
「嫌です。そなたの頑固さは私譲りだとは思いますが、この母も相当な頑固者ですよ。母の頭がはっきりしておるうちは、何があっても諦めはいたしませぬ」
「困りましたなあ」
大公は空気を入れ替えようと窓を開けた。
外の乾いた空気が入ってきて、香水の香りを一掃してくれる。
「そなたの父である先代大公は、そなたの年になっても、まだ後宮で若い女人の尻を追い回しておられましたけど」
「父上と私とを一緒にしないで下さい。だいいち、女人を追いかけまわしても父上には子供は私以外出来なかったではありませんか」
「それは……」
先代トバルク大公は、正室であった公妃以外にも多くの側室を迎えてはいたが、現大公以外は子供に恵まれることはなかった。
「私は養子縁組など、まっぴら御免です。早く次期大公を作って私を安心させてください。このままでは先代さまに合わせる顔がありません」
公母は袖に顔をうずめた。
「母上、そうそう私も泣きまねにはひっかかりませんよ」
「何という息子ですか? この母の目に光るものが何なのかわからないとは、情けない」
「母上」
「何です?」
息子の緊張した顔に公母も、真面目な顔に戻った。
大公は窓を閉めてゆっくりと公母の元に歩み寄った。
そして膝をついて椅子に座っている公母と目線を同じくすると、あることを呟いた。
「それは、どういうことだ?」
「お会いになればわかります。私は本人の意志に任せたいとは思ってはいますが、母上のご意見も伺いたいと思いまして」
「大馬鹿者。自分一人の意見では不安だから、この母に口添えしてほしいのでしょう?」
「さようでございます」
「全く、そなたときたらいつの間に。確かな話でしょうね?」
「もちろんでございます。確認はさせました」
「手回しが良いのは先代譲りですね」
「恐れ入ります」
「相分かった。よく見てみましょう」
「お願い申し上げます。母上のお美しいその瞳だけが頼りです」
「こういう時だけ私を頼るでない」
不満を言いながらも、なぜか公母の眼差しは嬉しそうだった。
それは、滅多にない息子からの頼みだけではないようだった。
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