灰色彩度

黄永るり

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鮮やかな世界

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 しばらくカイリはカフェには来なかった。
 オーナーは諦めたのだろうと安堵していた。

 だが、紺乃は学校帰りに寄った図書館でカイリに遭遇していた。
 偶然だったのか、偶然を装っていたのか、カイリは紺乃と目が合うと小さく頭を下げた。

 その雰囲気に嫌な感じや気持ち悪い感じはしなかったので、紺乃も頭を下げた。

 カイリはカフェの件もあってか、無理に紺乃と距離を縮めようとはしなかった。

 何も言わずに黙って本を返して立ち去っていくので、慌てて紺乃はその背中を追いかけていった。
 図書館を出たところで、思い切って声を掛けてみた。

「あの、どうしてですか?」
 紺乃の口から出てきた言葉はその一言だけだった。
「どうして?」
 カイリが振り返った。

「どうして私に好きって言ってくれたんですか?」
「え?」
 正面切って尋ねてきた紺乃の物おじしない瞳に、カイリのほうが面食らってしまった。

 紺乃のほうも直球で尋ねてしまった以上、後には引けなかった。
 お互い顔が赤くなっていく。

「俺はストーカーじゃない……」
「でしょうね」
「本当に君のことを高校生くらいかなと思って」
「そうですか」

「でも君が初めてだったんだ」
「何が、ですか?」
「俺の世界に君だけが色鮮やかだったんだ」
「は?」

「だから君となら俺の世界が色彩に溢れるんじゃないかと思って」
 どうやら良くある顔が好きとか、そういうきっかけではなかったらしい。
 紺乃は別に落胆はしなかったが、逆にカイリに対しての疑問がさらに深まった。

(私だけが色鮮やか?)
 別に派手な服を着ているわけでもない。
 今もあのカフェにいる時は制服姿だ。
 制服も良くある紺色のセーラー服で、リボンは白だ。

 どこをどう見ても鮮やかな色合いではない。
 髪の毛だって黒いままで特に染めてはいない。

「私だけが色鮮やか?」
「そうだ」
 カイリは頷いた。

「俺の世界で君と君の周りだけに色があるんだ」
「他は?」
「他はモノトーンの世界だ」

「目が悪いの?」
 カイリはがくっと肩を落とした。
「そうじゃない。眼科でも診断を受けたけどおかしいところはなかった」

「じゃあなぜ?」
「なぜ? そんなことを俺に聞かれても俺にだってわからない。答えようがない」
 紺乃はじっとカイリを見つめた。

(私にも答えが出なくてわからないことがあったな)
 この男と内容は違うが同じ『わからない』を抱えている。
 似た者同士かもしれない。

 紺乃はカイリに初めて興味を持った。
 しばらく一緒にいるのも悪くないかもしれない。
 一緒にいれば、互いに答えが見つかるのかもしれない。

 紺乃はカイリとつきあうことにした。
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