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本編
第十三話 ☆亡国の王子は焼跡で※
しおりを挟む「税を上げろ」
謁見室に呼びつけられた大臣が聞いた第一声。
「なぜです? 今の税収でじゅうぶんに国費は賄えておりますが」
突然の政治方針の変更についていけず、大臣の頭上には疑問符が浮かぶ。
「なぜって? そんなことはお前には関係ない」
高いところから冷たく見下され、額にじわりと脂汗。
「しかし、それでは国民になんと説明すればよいのか……」
「はああ……理由なんか適当にそれっぽくつくればいいだろ。お前のその真ん丸な頭には一体何が詰まっているんだ? 電球か? どうりで明るいわけだ」
大臣の寂しい頭に苦い顔を向け、トーマスは皮肉に大げさなアクション。さらにはため息。
「王子、一体どうされてしまったのです? 昨日までのあなたは」
「黙れ豚。俺様はもう王子じゃない。王だ。昨日の戴冠の儀とパレードで正式に王になったんだ。そう、王! 俺様が王だ! 王なんだよ! 分かるか? つまりこの国は俺様のものになったんだ。どうしようと勝手だろうが」
質量があれば怪我をしそうな強い口調で王は続ける。
「国民に力を持たせるな。最低限の生活ができるレベル以上の金は全て巻きあげろ。民は家畜だ。飼い殺せ」
細められた鋭い瞳が、「お前もその家畜のうちのひとりなのだぞ」と物語っているような気がして、大臣は縮こまった。
「ああ、ただし貴族は少し自由にさせておけ。馬鹿みたいに見栄をはって、教会への寄付だなんだと慈善事業で競ってやがる。神なんて信じてやいないくせに。あいつらの金はいずれこっちに流れるんだ。まるで金の湧き出る泉じゃないか。ハハハ」
そのとき、コンコンと、ノックの音がした。
「失礼いたします。ポリシアから前王殺害事件の捜査資料が届きました。いかがいたしましょうか」
入ってきた使用人の手には、一冊の黒いファイル。
「執務室のデスクに置いておけ。あとで確認する」
今しがたの会話がもしも聞こえていたならば何か助け舟を出してはくれないか。大臣は救いを求めて視線を送るが、使用人に気づいた様子は無く。
想いは届くこと叶わず、空中で霧散。
代理の任を終え、真に王となったトーマス。王座に着く彼は芸術品のようで、以前にも増して魅惑的。発言を耳にしてさえも、その姿には陶酔してしまいそうなほど。
狂気すら覚え恐れを抱いた大臣に、それ以上の反論はできず。
「かしこまりました」
掠れた声で一言を絞り出すのが精一杯だった。
翌日、すぐに新しい税率が国民に向けて発表された。
それは大きな注目を集め、街の話題は持ち切り。
「ちょっと生活が苦しくなりそうね」「でもどうにかなるでしょう。トーマス様の言うことだから、きっと何かお考えがあるのよ」。
これまでのトーマスの政治が理想的だったがゆえに、好意的に受け取る意見ばかり。真意を知らない国民は、危機感を抱くという思想に至らない。
たったひとりだけ、疑問を持ったのは。
――異国からの旅人、ヘルトゥ。
オフィーリアの人ではない彼だけがこの状況を憂うとは、あまりに皮肉。
*
朝、ホテルの食堂にて。
ニュースペーパーで増税の記事を目にし、ヘルトゥは食べたばかりの朝食を少し吐いた。
忘れたくても忘れられない。夢をも侵す恐ろしい記憶が、鮮明な絵となって生々しく。一枚一枚チラチラと、瞼の裏でフラッシュバック。
大勢の人に囲まれて、襲われ殴られ、蹴られ、棒で叩かれ、刃物で削られ。ぐちゃぐちゃにされた男と女はドロリと溶けて腐った果実。
火を放たれて、崩れ落ちる城。天を衝く炎は地獄の業火。
自業自得だ。あざ笑う声は狂気に満ち。
凶暴性は勢いを増し、激しい戦闘は増し増して。
何も残らない、荒れ果てた楽園。
繰り返すのか、またしても。頭痛と耳鳴りが責め立てる。厄災を運ぶ獣は私?
彼はすぐさま城へかけつけて、王への謁見を申し入れた。
「舞踏会以来ですね。お久しぶりでございます。まずは王位就任、お喜び申しあげます」
「ありがとうございます。どうぞ楽になさってください。本日はどういったご用件で?」
仮面の王は、今日もつくりもののように美しい。
「人払いをお願いできますか」
謁見室まで案内してくれた警備兵を一瞥すると、その意図を汲み取ったらしきトーマスも神妙な面持ちとなる。
警備兵が部屋から離れたのを確認して、ヘルトゥは本題を切り出した。
「今回の増税についてお伺いしたい。一体どういう了見で突然あのような高額な税を課すのです?」
「これはこれは……まさかあなたがそのようなことを仰るとは。驚きました」
驚いた。と言いながらも、貼り付けたような笑顔は健在。同じ王族でなければきっと気づかないであろう、仮面の奥から響く微かな不協和音。
「どうということもありません。発表の通りですよ。お恥ずかしい話ですが、少々国庫金が心もとなくなりましてね。国民に助けてもらおうという次第です」
ある程度予想はしていたが、やはりさらりと躱される。王の笑顔はもはや無表情と考えたほうが良いだろう。
「それにしてはいささか国民の負担が大きいように思います。差し出がましくも忠告申しあげるが、このままではいずれ民の反感を買います。長期的な計画を立て見直されるのがよろしいのでは?」
「貴重なご意見ありがとうございます。しかし事態は急を要しておりまして……詳しくは申しあげられませんが。解決したあかつきには国民への対応も考えておりますので、ここはひとつ、見てみぬふりをしていただけませんか」
暗に「旅人が口を出すな」と告げられ、我に返る。
そう、その通りなのだ。どの道、対抗するカードも持ち合わせていない。ひとつだけ気になるのは、王から鳴り続ける不快な音の正体。
「出過ぎたことを申しました。お許しください」
最後に一度振り向いてみたが、以前よりも王らしい雰囲気を身につけた彼の違和感の原因は分からず終い。
いつまでたっても、耳鳴りが、収まらない。
「ひどい顔色だ」
止まない頭痛と耳鳴り、そして吐き気。
廊下の窓に姿を映して、ヘルトゥは自嘲した。
壁に背を預け、視界を閉ざす。いっそ暗闇が訪れれば楽なんだろうに。浮かび上がるのは、縛り付けられた記憶。
彼が他国の王族というのは、半分本当で半分は嘘。祖国はもう無い。年数を両手で数えても少し足りないくらい前に滅んでいる。
正しく言い直すなら、他国の王族”だった”人間だ。
彼がまだ面影にやや幼さを残す青年だった頃、父が病死し、兄が王の座についた。
次男だったヘルトゥはもとより王位を継ぐ気はなく、フラフラと遊び歩いていて、兄の打ち出した政策に何の疑問も抱かなかった。
そして、国が滅んだ。
無理を強いる税率に、国民の不満が爆発。暴動が起きた。
王、王妃、親戚一同。全ての王族は、守るべき民の手によって無残な姿に変えられた。いつものように遊びに出ていたヘルトゥだけが、運良く命拾いをした。
その混乱に乗じて、かねてより小競り合いを続けていた隣国に攻め入られ、まとめる者がいない国は瞬く間に戦場となった。
王の悪政によって疲弊していた国民はあっという間に蹂躙、支配された。
揺らぐことなど想像すらしていなかった故郷という存在が、兄が王になって季節が一巡もしないうちに無くなってしまったのだ。
もしも、真面目に勉強をしていたなら。兄の政策に疑問を抱くことができたなら。苦言を呈することができたなら。自分が王になっていたなら。どこかひとつ違えば、国は滅ばなかったかもしれない。
密かな脱出の直前、最後に刻んだ故郷の光景。街は燃え、瓦礫が山となり、人の泣き叫ぶ声がする。その凄絶な景色を尻目にひとりで逃げ出した自分を、責める人すらもう居ない。
帰る場所を持たないのは、怠惰に過ごしたことへの戒め。ひとつところにとどまらず、流れ続ける根無し草。そんな生き方が、自分には似合いだ。
踏み込みすぎれば抜け出せなくなり、抜け出せなければ、また終焉が。だから一歩引いて、傍観者でいることが一番のぞましい。
そのはずなのに。
トーマスの政策が。
この国の状況が。
あまりにも、似すぎていた。
痛い記憶にノイズが交じる。同じ過ちを犯してはならないと。
「何してるの? 元気無いねぇ。お医者さんを呼ぶ?」
耳鳴りに鈴の音が混じる。
いつのまにか、先日パレードで遠くから眺めた后が、すぐ隣から気遣わしげに見上げてきていた。
「いえ、結構。少し、休めば。舞踏会でもお会いしましたね。お后様。ご機嫌いかがですか」
「わたしは元気だよ。ほんとにだいじょうぶ? お熱があったりとか」
后の手のひらが額に迫る。無防備に踏み込んでくるそれに不穏な影を見つけ、警告のように甲高く、また耳鳴りが響いた。
「おや? その痣は?」
「あっ、これは……えっと、言っちゃダメなの」
近づいて、宙をさまよい逃げていく。彼女に痣をつけたのが誰なのか、ヘルトゥは一瞬で理解した。王に覚えた違和感の答えを、この少女は知っている。
少女なら、この国を救うことができるかもしれない。内側から崩壊を食い止められるかもしれない。キングに対するカードはクイーン。ジャックポットになりえるか?
「何かお困りでしたらアドバイスくらいはして差しあげられますよ。体調も戻ってきましたし、心配をおかけしたお詫びに」
ギャンブラーは努めて明るくおどけてみせる。仮面をかぶるのは、何も王だけの専売特許じゃない。
「じゃあ、ちょっと聞いてみたいことがあるんだけど。人が急に別の人みたいになっちゃうのって、どうしてかなぁ?」
「人が突然? 脳の病気などの可能性はありますが、おおよそ、人はある日突然には変わらないでしょう。もちろん環境によって変化は起こり得ますが……。いずれにせよ、まずは知ることです。どちらが裏でどちらが表か。以前の姿と、今の姿。”本当”はどちらなのか。知らなければ、変化したのか、本質が見えただけなのか、判断もできません」
「知ること……。そっかぁ。どうもありがとう。」
両足を地につけた少女は、迷路のなかで道標を見つけたような表情。
出口は見えない。だが無いわけじゃない。
今できるのはここまでだ。落ちる影にそっと、明かりを投げ入れてベット。
「それはよかった。では、またお会いしましょう。次はお互い体調が優れているときに」
城の廊下は長い。背後に足音が反響する。それが消えれば、きっと耳鳴りも止むだろう。
*
「そういえば、わたしはトーマス様のことを何も知らないなぁ」
表紙とタイトルだけを見て、中を知らない本。
他の本が好きだから。なんだか難しそうだから。それでなかを見なかったら、ずっとなんにも知らないまんま。
でも見てみたら、怖くないかも。カミィは早速、王様の執務室へ。
甘くないショコラ色のドア。お砂糖ミルクがあればいいのに。
「鍵があいてる。トーマス様? いる?」
お返事は無いけど、隙間からお部屋のなかへ。
白ばっかりのひんやりしたお部屋は、歩くとどっちが前か分からなくなる。目印のかわりにしたデスクのうえに、ぽつんとひとつ、黒いファイル。
「私を見て!」と聞こえた気がして、カミィはそっと表紙を開いた。
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