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外伝(むしろメイン)
閑話三 (*)事件※
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メイン:吾妻組 ジャンル:小話
************************************
控えめに食器の触れ合う音が響く、静かなティータイム。穏やかな午後のひととき。
少しだけかたむきはじめたおひさまが、大きな窓から部屋のなかへと笑いかけて。
ポットにお湯を注ぐと、上へ下へと茶葉がはしゃぐ。今日のお茶もうまく淹れられた。あとは少し蒸らすだけ。カップもじゅうぶんに温まっている。マリクが紅茶を用意する後ろで、カミィはフォークを握ってうさちゃん林檎をシャクシャク。
「あのねぇ、マリク」
「なんだ? 茶はもう少し待てよ」
ふいにかかった言葉にマリクが振り返ると、奥様は無邪気に首を横に振り、
「違うよ。あのね、お尻は、いれたり出したりするところでしょ?」
「ああそうだ……な!? いや待て、違うだろ。出すところではあるが、いれるところじゃねえ」
「でもね、昨日の夜、ジュンイチくんが」
「ストップ! ストップ。それ以上は言うな」
奥様は素直にお口チャックもぐもぐ。まん丸桃色お目々がキョトン。なぜとめられたのかも理解していなさそう。
マリクは肩を落とした。
あんまりではないか。
静かな時間も悪くはないが、会話によって静寂が破られることもやぶさかではない。やぶさかではない、が、話題があんまりではないか。
おやつとはいえ、なぜ、食事中に尻穴の話を……いや、それよりも!
尻に、いれる話……だと!? 一体どういう経緯でそうなった!?
マリクのなかにひとつの可能性が浮かび、その結論に、沸々と怒りがわきあがる。その温度、淹れたての紅茶よりも熱い。
「ちょっと待ってろ」
カミィには聞かせたことの無かった低い声が自然と漏れる。スラムの王と呼ばれていたころのことが、頭の片隅に蘇った。
マリクは怒りにかまけてドアを蹴飛ばし、廊下へ飛び出した。ジュンイチの元へと急ぐ。
尻穴は出す穴かいれる穴か。
日常においては、出す穴だという認識のほうが大きい。
だが確かに、尻をいれる穴として使用する場合がある。
性商売だ。
マリクが長年生きたスラムという場所では、生きるために自分のからだを売らなければならない人間がいる。職業として、自らの意志で、職業としての誇りをもってするのならば良いだろう。
だがスラムでは必ずしもそうというわけではない。他に何もできないがゆえに、やむなくやらざるをえない状況があたりまえのように転がって。
そしてそれは、女性のみならず、男性であっても。
男性がからだを売ろうとした場合、女性のような穴がついていないので、口か、尻をつかうしかない。マリク個人の感覚としては、それは心身ともにかなり苦痛をともなう行為であるように思える。少なくとも自分は、同性とそのようなことをするとなると、想像するだけで尻の穴がピリピリする。
実際、マリクの部下にも居たのだ。彼が拾う前に、望まぬ身売りをしていたものが。彼らの表情は一様に陰を持ち、笑顔ですらどこか闇を含むものだった。
仕方のないことだとは思う。そこに身を置くことが悪だとも思わない。そのようにうまれてしまったことは受けいれるしかなく、そこから抜け出す道は自ら切り開くしか無い。
けれど。
そんな世界を、カミィには知ってほしく無かった。
ただでさえ、いちどは命を失いかけるほどの裏切りを経験した彼女。それでも、柔らかくあたたかな世界を今もまだ信じ続けて、幸せそうに笑う姿。そこに暗い色を混ぜて、濁らせてしまいたくはなかった。
夫婦揃って迷惑千万ではあるが、ここまで来れば乗りかかった船。自分の目が届くところでは、せめて夢を見続けさせてやりたい。
だというのに、いちばん近くで彼女を守るべき存在のジュンイチが、どうしてナイフのように冷たい現実を突きつけたのか。
いや。どうして、などと考えるのは詮無いこと。この屋敷の主人は現実を現実のままに捉えてしまう。けれど、カミィに対しては過保護なほどに庇護しているように見えたのに。その部分に関しては、多少の信頼を置いても良い、と思っていたのに。
ノックもすっ飛ばしてジュンイチの書斎のドアを開けると、彼はいつもと同じようにゆっくりと椅子をまわして振り向いた。
「何か用?」
いつもとかわらぬ気だるそうな声と瞳。今ばかりは癇に障る。
「お前、昨日の夜カミィに何を話した」
「昨夜はカミィちゃんが少し熱を出していたから、ほとんど話をしていないよ」
「熱!? 熱があるヤツにわざわざスラムの話なんかしたってのかよ!」
「スラムの話なんてしてないよ。する必要がないし。坐剤をいれてあげて”比較的”安静にさせたよ?」
「……は。坐剤」
坐剤。別名座薬。
尻の穴から挿入する薬。
「それがどうかした?」
「い、いや、なんでもない。すまん。あとで茶を持ってくる」
「うん」
という返事を背に、マリクは自らの短絡的思考を恥じた。坐剤。その可能性は考えていなかった。ついカッとなった、というしかない。
あまりに突飛な勘違い。穴を掘って隠れてしまいたい。
マリクは戻って、冷めてしまったお茶をいれなおすのだった。
閑話三 END
※今回の話において、一部の性的嗜好を持つ方、及び、同性愛における性行為を攻撃する意図は一切ございません
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控えめに食器の触れ合う音が響く、静かなティータイム。穏やかな午後のひととき。
少しだけかたむきはじめたおひさまが、大きな窓から部屋のなかへと笑いかけて。
ポットにお湯を注ぐと、上へ下へと茶葉がはしゃぐ。今日のお茶もうまく淹れられた。あとは少し蒸らすだけ。カップもじゅうぶんに温まっている。マリクが紅茶を用意する後ろで、カミィはフォークを握ってうさちゃん林檎をシャクシャク。
「あのねぇ、マリク」
「なんだ? 茶はもう少し待てよ」
ふいにかかった言葉にマリクが振り返ると、奥様は無邪気に首を横に振り、
「違うよ。あのね、お尻は、いれたり出したりするところでしょ?」
「ああそうだ……な!? いや待て、違うだろ。出すところではあるが、いれるところじゃねえ」
「でもね、昨日の夜、ジュンイチくんが」
「ストップ! ストップ。それ以上は言うな」
奥様は素直にお口チャックもぐもぐ。まん丸桃色お目々がキョトン。なぜとめられたのかも理解していなさそう。
マリクは肩を落とした。
あんまりではないか。
静かな時間も悪くはないが、会話によって静寂が破られることもやぶさかではない。やぶさかではない、が、話題があんまりではないか。
おやつとはいえ、なぜ、食事中に尻穴の話を……いや、それよりも!
尻に、いれる話……だと!? 一体どういう経緯でそうなった!?
マリクのなかにひとつの可能性が浮かび、その結論に、沸々と怒りがわきあがる。その温度、淹れたての紅茶よりも熱い。
「ちょっと待ってろ」
カミィには聞かせたことの無かった低い声が自然と漏れる。スラムの王と呼ばれていたころのことが、頭の片隅に蘇った。
マリクは怒りにかまけてドアを蹴飛ばし、廊下へ飛び出した。ジュンイチの元へと急ぐ。
尻穴は出す穴かいれる穴か。
日常においては、出す穴だという認識のほうが大きい。
だが確かに、尻をいれる穴として使用する場合がある。
性商売だ。
マリクが長年生きたスラムという場所では、生きるために自分のからだを売らなければならない人間がいる。職業として、自らの意志で、職業としての誇りをもってするのならば良いだろう。
だがスラムでは必ずしもそうというわけではない。他に何もできないがゆえに、やむなくやらざるをえない状況があたりまえのように転がって。
そしてそれは、女性のみならず、男性であっても。
男性がからだを売ろうとした場合、女性のような穴がついていないので、口か、尻をつかうしかない。マリク個人の感覚としては、それは心身ともにかなり苦痛をともなう行為であるように思える。少なくとも自分は、同性とそのようなことをするとなると、想像するだけで尻の穴がピリピリする。
実際、マリクの部下にも居たのだ。彼が拾う前に、望まぬ身売りをしていたものが。彼らの表情は一様に陰を持ち、笑顔ですらどこか闇を含むものだった。
仕方のないことだとは思う。そこに身を置くことが悪だとも思わない。そのようにうまれてしまったことは受けいれるしかなく、そこから抜け出す道は自ら切り開くしか無い。
けれど。
そんな世界を、カミィには知ってほしく無かった。
ただでさえ、いちどは命を失いかけるほどの裏切りを経験した彼女。それでも、柔らかくあたたかな世界を今もまだ信じ続けて、幸せそうに笑う姿。そこに暗い色を混ぜて、濁らせてしまいたくはなかった。
夫婦揃って迷惑千万ではあるが、ここまで来れば乗りかかった船。自分の目が届くところでは、せめて夢を見続けさせてやりたい。
だというのに、いちばん近くで彼女を守るべき存在のジュンイチが、どうしてナイフのように冷たい現実を突きつけたのか。
いや。どうして、などと考えるのは詮無いこと。この屋敷の主人は現実を現実のままに捉えてしまう。けれど、カミィに対しては過保護なほどに庇護しているように見えたのに。その部分に関しては、多少の信頼を置いても良い、と思っていたのに。
ノックもすっ飛ばしてジュンイチの書斎のドアを開けると、彼はいつもと同じようにゆっくりと椅子をまわして振り向いた。
「何か用?」
いつもとかわらぬ気だるそうな声と瞳。今ばかりは癇に障る。
「お前、昨日の夜カミィに何を話した」
「昨夜はカミィちゃんが少し熱を出していたから、ほとんど話をしていないよ」
「熱!? 熱があるヤツにわざわざスラムの話なんかしたってのかよ!」
「スラムの話なんてしてないよ。する必要がないし。坐剤をいれてあげて”比較的”安静にさせたよ?」
「……は。坐剤」
坐剤。別名座薬。
尻の穴から挿入する薬。
「それがどうかした?」
「い、いや、なんでもない。すまん。あとで茶を持ってくる」
「うん」
という返事を背に、マリクは自らの短絡的思考を恥じた。坐剤。その可能性は考えていなかった。ついカッとなった、というしかない。
あまりに突飛な勘違い。穴を掘って隠れてしまいたい。
マリクは戻って、冷めてしまったお茶をいれなおすのだった。
閑話三 END
※今回の話において、一部の性的嗜好を持つ方、及び、同性愛における性行為を攻撃する意図は一切ございません
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