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本編
第二一話 ☆誰がために(2)※
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青年の描いた地図は非常に難解だった。
何度も人にたずね、細目の男がやっとそこに辿り着いたのは、街灯が明るくなってから。
一見なんの変哲もない建物の一室。
「ごめんください」
【フェルナンド探偵事務所】というプレートがかけられたドアをノックする。
少しして、筋肉質な男が顔を出した。浅黒い肌に浮かぶのは自信に満ちた力強い表情。
「あなたがディエゴさん?」
「いかにも。私がディエゴ・フェルナンドです」
ディエゴは頷くと、大きくドアを開けて男を迎え入れた。
簡素な内装の事務所。案内されて座ったソファはやや硬い。
それでも一日歩き通しで棒になった足を休めることができるのはありがたかった。
「ディエゴさんは昨今の国王の政治についてどう思われますか? 実は……」
かくかくしかじか。本日二度目の説明会。今度の聴き手は態度良く熱心。
「なるほど。事情は分かりました。ご依頼の内容は『水面下での反乱軍の周知』『武器の調達』ですね」
「はい。その通りです」
対面のディエゴはからだの前で手を組んで、
「それは少し難しいですね。あの王は実際有能です。”水面下で”大軍勢を集めようとすれば、確実に察知されて反乱を起こす前に芽を摘まれてしまうでしょう。今の抑圧的な政治もその一環なのではないかと私は睨んでいます。国民に多少の鬱憤があったとして、金がなければ大きな力は生まれない。金を持つ貴族達に制約がゆるく設定されているのはそのためでしょう。彼らは今も王に対し悪印象は無いようですから」
「それのどこが有能なんです? ただの圧政では?」
「いいえ。逆に言えば、王に金が集まるそのやり方は、他国への牽制にも繋がります。金は武力と同等の価値がある。長期的に見れば、この国は強大な軍事国家となり、国民は税さえ収めれば他国から攻められることなく国の中で安全に過ごすことができる。我々の生活は守られることになるのです。分かりますか?」
さすがは便利屋と呼ばれる探偵。小さな街の神父では見えない部分にも視野を持つ。情報がするする紐解かれ、男は黙って頷いた。
「それでも、あなた方はやるつもりですか?」
立ち向かえば犠牲は必然。向かわなくとも安定までは長い道のり。
約束された自由のない安寧か、自由も安寧も両方を取る賭けに出るか。
ふたつにひとつの分かれ道。
「やります」
――賽は投げられた。
進もう。悪の城へ。地獄の使者の待つところへ。
「分かりました。では、その先の話を。悟られないように人を集めるのであれば、少数精鋭にすべきです。王本人の戦闘能力はおそらく高くない。城の兵士さえどうにかすれば王の元ヘたどり着けるでしょう。軍とポリシアから少々人員を融通してもらうことは可能です」
「武器も、そこから?」
「いえ、それだと実行にうつす前にバレてしまう。武器は別で用意しましょう。少々お待ち下さい」
ディエゴは席を立ち、部屋の真ん中を区切るパーティションの裏側へ。
「……日に……断……ない……実験……材……調達……ああ、それでは。今後ともよろ……」
どこかへ電話をかけているらしい。漏れ聞こえる声からは、話の内容までは不明瞭。
チン! と軽いベルを鳴らして戻った彼は、
「武器の調達はなんとかなりそうですよ。とりあえず近日中に必要な数の銃器を用意してくれるそうです。受け渡しの詳細については別途で書面を送ります」
用意"してくれる"とは、誰が……と男が口を挟む前に、ディエゴはそれを手で制した。奥には片方の口角をあげたシニカルな笑み。
「さて、では報酬の話にうつりましょう」
いかほどふっかけられるのか。教会には金が無い。スラムの王に金を借りなければならない事態になっては本末転倒。
「あなたが今この場で持っているお金を全額、出してください」
「えっ」
具体的な金額ではなく有り金全部という提示に、男は息を飲んだ。
「い、今ですか? ほとんど持ちあわせておりませんよ」
小銭入れを取り出してテーブルの上で逆さに振れば、飛び出したのはたった数枚のコインのみ。金額にすればパンをひとつ買えるほど。
「これで全部です」
「どうも。ご依頼ありがとうございました」
ディエゴはそのコインを丁寧につまみ上げ、目を細めた。
あまりにあっけない支払い。
「本当にそれで?」
「ええ。お帰りはこちらです。またのご依頼をお待ちしております」
詳細の連絡は本当に来るのだろうか、と半信半疑で帰路につく。事務所に入ってから今まで、懐中時計の長針が移動した距離はほんのわずか。
教会に戻るまでに、腹の虫が数回鳴いた。
狐につままれたのでなければ、今日の夕飯になるはずだった数枚のコインは、まばたきするまに何倍もの銃器に化けたらしい。
何度も人にたずね、細目の男がやっとそこに辿り着いたのは、街灯が明るくなってから。
一見なんの変哲もない建物の一室。
「ごめんください」
【フェルナンド探偵事務所】というプレートがかけられたドアをノックする。
少しして、筋肉質な男が顔を出した。浅黒い肌に浮かぶのは自信に満ちた力強い表情。
「あなたがディエゴさん?」
「いかにも。私がディエゴ・フェルナンドです」
ディエゴは頷くと、大きくドアを開けて男を迎え入れた。
簡素な内装の事務所。案内されて座ったソファはやや硬い。
それでも一日歩き通しで棒になった足を休めることができるのはありがたかった。
「ディエゴさんは昨今の国王の政治についてどう思われますか? 実は……」
かくかくしかじか。本日二度目の説明会。今度の聴き手は態度良く熱心。
「なるほど。事情は分かりました。ご依頼の内容は『水面下での反乱軍の周知』『武器の調達』ですね」
「はい。その通りです」
対面のディエゴはからだの前で手を組んで、
「それは少し難しいですね。あの王は実際有能です。”水面下で”大軍勢を集めようとすれば、確実に察知されて反乱を起こす前に芽を摘まれてしまうでしょう。今の抑圧的な政治もその一環なのではないかと私は睨んでいます。国民に多少の鬱憤があったとして、金がなければ大きな力は生まれない。金を持つ貴族達に制約がゆるく設定されているのはそのためでしょう。彼らは今も王に対し悪印象は無いようですから」
「それのどこが有能なんです? ただの圧政では?」
「いいえ。逆に言えば、王に金が集まるそのやり方は、他国への牽制にも繋がります。金は武力と同等の価値がある。長期的に見れば、この国は強大な軍事国家となり、国民は税さえ収めれば他国から攻められることなく国の中で安全に過ごすことができる。我々の生活は守られることになるのです。分かりますか?」
さすがは便利屋と呼ばれる探偵。小さな街の神父では見えない部分にも視野を持つ。情報がするする紐解かれ、男は黙って頷いた。
「それでも、あなた方はやるつもりですか?」
立ち向かえば犠牲は必然。向かわなくとも安定までは長い道のり。
約束された自由のない安寧か、自由も安寧も両方を取る賭けに出るか。
ふたつにひとつの分かれ道。
「やります」
――賽は投げられた。
進もう。悪の城へ。地獄の使者の待つところへ。
「分かりました。では、その先の話を。悟られないように人を集めるのであれば、少数精鋭にすべきです。王本人の戦闘能力はおそらく高くない。城の兵士さえどうにかすれば王の元ヘたどり着けるでしょう。軍とポリシアから少々人員を融通してもらうことは可能です」
「武器も、そこから?」
「いえ、それだと実行にうつす前にバレてしまう。武器は別で用意しましょう。少々お待ち下さい」
ディエゴは席を立ち、部屋の真ん中を区切るパーティションの裏側へ。
「……日に……断……ない……実験……材……調達……ああ、それでは。今後ともよろ……」
どこかへ電話をかけているらしい。漏れ聞こえる声からは、話の内容までは不明瞭。
チン! と軽いベルを鳴らして戻った彼は、
「武器の調達はなんとかなりそうですよ。とりあえず近日中に必要な数の銃器を用意してくれるそうです。受け渡しの詳細については別途で書面を送ります」
用意"してくれる"とは、誰が……と男が口を挟む前に、ディエゴはそれを手で制した。奥には片方の口角をあげたシニカルな笑み。
「さて、では報酬の話にうつりましょう」
いかほどふっかけられるのか。教会には金が無い。スラムの王に金を借りなければならない事態になっては本末転倒。
「あなたが今この場で持っているお金を全額、出してください」
「えっ」
具体的な金額ではなく有り金全部という提示に、男は息を飲んだ。
「い、今ですか? ほとんど持ちあわせておりませんよ」
小銭入れを取り出してテーブルの上で逆さに振れば、飛び出したのはたった数枚のコインのみ。金額にすればパンをひとつ買えるほど。
「これで全部です」
「どうも。ご依頼ありがとうございました」
ディエゴはそのコインを丁寧につまみ上げ、目を細めた。
あまりにあっけない支払い。
「本当にそれで?」
「ええ。お帰りはこちらです。またのご依頼をお待ちしております」
詳細の連絡は本当に来るのだろうか、と半信半疑で帰路につく。事務所に入ってから今まで、懐中時計の長針が移動した距離はほんのわずか。
教会に戻るまでに、腹の虫が数回鳴いた。
狐につままれたのでなければ、今日の夕飯になるはずだった数枚のコインは、まばたきするまに何倍もの銃器に化けたらしい。
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