そしてふたりでワルツを

あっきコタロウ

文字の大きさ
8 / 78
本編

第七話    ☆哀れ夢は現となりて、過去を苛むなり※

しおりを挟む
 これは、ちょっと昔の話。

 冷たい風が吹かなくなって、もこもこのコートとバイバイしたあったかい日。
 小さなカミィとパパとママ。みんなでちょっと遠くの原っぱまでピクニック。

 家族でお出かけは久しぶり。
 おひさまぽかぽか。草はふわふわ。風は優しくおしゃべりしてて、静かにすると妖精さんの歌が聞こえる。

「ちょっとあそんでくる!」
「あまり遠くへは行くんじゃないよ」
「はぁい」
 
 前にはきれいなお花畑。お隣にはいい匂いの森。
 お花を取るのも楽しそうだけど、森へ行ったら動物さんに会えるかも。
 どっちにしようか迷ってると、紫と青の不思議な色のちょうちょが目の前に。謎色の羽はひらひらと、森のほうへと飛んでいく。誰かにお呼ばれしてるみたい。

 カミィはちょっと冒険してみることに決めた。

「ちょうちょさん、まってぇ」

 走って走って、ちょうちょに追いついたら、いつのまにかまわりが暗くて、ここはどこ?

「あれ? パパ、ママ、どこにいるの?」

 あっちも、こっちも、木ばっかり。だんだんお化けに見えてきた。もしかして木が動いて、通せんぼで意地悪されたらどうしよう。
 頭の上で葉っぱがザワザワ。「おまえを食べてしまうぞ~」って、悪い魔女みたい。

「ふぇっ、ふえぇん」

 怖くて泣いちゃいそうになったとき、近くの草むらがガサガサして。
 びっくりしてじっと見てると、草のあいだから出てきたのはひとりの男の子。





「あ? なんだお前? ガキがひとりで何してんだ?」
「だぁれ? おばけじゃない?」
「なんだよお化けって。人間だよ。お前こそ誰だ」

 男の子は、ショコラクリーム色の肌に銀色の髪。パパやママみたいにおとなじゃないけど、カミィよりはお兄さん。

「わたし? わたしはカミィ。ちょうちょさんをおいかけてたら、パパとママがいなくなっちゃったの。たすけてほしいの」
「なんだ、迷子か。助けてもいいけど……お前、金は持ってるか?」

「おかね? おかねは、もってないよ」
「だったら助けられねーな。タダ働きしてやるほど暇じゃ無ーんだ。残念だったな」
 男の子はくるりとまわって、カミィに背中を見せた。

 男の子がいなくなっちゃったら、またひとりぼっちになっちゃう。そうしたら、ずっと森の迷路から出られないかも。

「まってぇ。おかねはないけど、これあげるからね」
 カミィは男の子の手を引っ張って、一生懸命お願い。

 ポケットから、いつも持って歩く宝物の指輪を出して、男の子の手に乗せる。
 カミィがたくさん持ってるおもちゃの指輪とはどこか違う、キラキラの石がついてる指輪。カミィがうまれた日、パパが特別につくってくれたもの。なかのところに、【カミィに祝福を】って形が書いてある。
 
「これはさすがに、迷子の案内でもらうには高すぎる」

 男の子は困ってる。指輪を持った手をグーにしたり、パーにしたり。それでも最後は「はぁ」って息をして、

「わかった。じゃあ、貰っとく。けど、タダで何かを貰うのも好きじゃねえ。報酬分はきっちり働かせてもらう。お前、他にしてほしいことはあるか?」
「ぷりんたべたい!」
「……他には?」
「うーん。いまはないよ」
「そうか。なら、お前の貸しにしといてやる。俺は借りたもんは必ず返す。お前がいつか、また困ったら、そのとききっと助けてやるよ。それまでこの指輪は売らずに持っといてやるから」

 指輪をズボンのポケットに入れて、男の子はカミィと手を繋いだ。男の子の手は、大きくて温かい。


*


 森のなかを、少年と少女が歩く。

 少年は右手に少女の手を、左手に道中で拾った木の棒を持って、ぶんぶん振り回し進む。

「お前、ガキのくせにこんな高そうな指輪持ち歩いてるなんて、よっぽど良いとこのお嬢さんだな。実はお姫様か何かか?」
 ポケットにしまい込んだ指輪の存在が、強く心を打って離れない。

「んーん。わたし、おひめさまじゃないよ」
「んなこたーわかってるよ、冗談だ。そうだったら俺は城に雇われて、それできっと大出世して、金持ちになれるのになってちょっと思っただけだよ」

 自分が生きる世界とは違うところにいる少女を相手にして、少し、夢を見た。普段はこんなこと、考える余裕は無い。騎士気取りで振り回していた剣は、よく見りゃただの木の棒だ。目がさめて、その場で捨てた。

「おにーさんは、おかねもちになりたいの?」
「その、おにーさんっての、やめねーか。調子狂う。俺のことはマリクと呼べ」
「マリク……」

「金持ちになりたいかって言われたら、そりゃあそうだろ。金ってのは人間よりよっぽど優しいんだ。俺はいつか金持ちになって、そんでスラムから抜け出してやる」
「スラム?」
「お前みたいなやつは、知らねえんだろうな」

 スラムという言葉の意味も、そこがどんなところかも。

「スラムって場所はとにかくくだらねーとこだ。俺がもうちょっと大きくなったら、まずはスラムを支配する王になる。それでうまく金を稼いで、金が貯まったら街に家を買って、もっとマシな生活を手に入れてやる」

 マリクって名前には、王って意味があるらしい。と少年は付け加えた。

「マリクのいうことはむずかしくてよくわからない」

 困った顔で力なく笑う少女は、その存在自体が高級な果物のようで。

「だろうな。知らねーままのほうが、いいんだろ。ほら、もう森の出口だ」
「ありがとう、マリク」

 手を離すと、少女は明るい場所に向かって飛んでいってしまう。
 一度だけ振り返った少女の輪郭は光に溶けて。暗い場所からは逆光で眩しく、目を向けられない。

「指輪の借りは必ず返すから! 忘れんなよ!」
 口だけで約束して、少年も自分の進むべき方向へ踏み出した。



***

 
 時は過ぎ、現在。

「またこの夢か」

 冷たい壁に囲まれた殺風景な部屋。青年はひとり、狭いソファベッドから天井を見上げる。
 青いソファベッドと、青年の着ている赤いシャツから反射した光が、壁のうえで混ざり合う。

 眠るたびに繰り返すのは、青臭いガキだった頃の出来事。
 貴族が慈善事業としてスラムの人々に斡旋している集団労働に参加したとき、現場近くの森で出会ったひとりの少女の夢だった。
 そのときに受け取った指輪の借りを、まだ返せてない。

 青年は今では、労働者を斡旋する側の立場となった。定期的に貴族の住む地域へ出張する。
 そのたびに、後の調べで判明した少女の家の付近まで足を伸ばすが、未だ声をかけるには至らない。

 遠くから見る限り、少女は幸せそうだ。 
 恵まれた貴族の少女に、スラム暮らしの自分の助けが必要になることなんて、これから先あるんだろうか?

 紐を通して首から下げた指輪を弄んでると、ノックも無くドアが開け放たれ、数人の威勢の良い若者が飛び込んできた。

「ボス! そろそろ仕事いきましょうよ!」
「ん、ああ」

 皆青年と同じくらいの歳で、お世辞にも上品だとは言い難い若者達。
 青年は起き上がり、傷だらけのコートを羽織って家を出た。





「オラァ! 金返せ!」

 若者の怒声が響き、テーブルが蹴り飛ばされた。飛距離、そこそこ。
 一緒に飛んだ安酒のボトルが残っていた数滴を吐き出してこぼし、哀愁を謳う。

「ひぃい。乱暴は、乱暴はやめてください」
 トナカイのような鼻をした酔っ払い男は、怖気付いて腰を抜かした。

 先ほどボスと呼ばれた青年が、男に目線を合わせるように屈んで凄む。

「酒呑んでる暇があるなら働けよ。”借りたもんは返す”。それが当たり前だろ? 仕事斡旋してやるからさ。貴族様んとこで働いて来い。そしたらすぐに返せるだろ? じゃ、近いうち迎えに来るからな」

 青年は男の返事を待たずにその家をあとにし、次の取り立て先へ。


 この辺りの住人なら誰もが知っていて、恐怖と好奇の視線を送る。そんな金貸し屋のボスがこの青年。

 最初はひとりではじめた事業だった。
 地道な努力が実り、取り立ては厳しいが利息はあまり高くないとジワジワ噂が広がって、スラムでの認知度が上がり、部下も持つようになった。
 だんだんと規模が大きくなり、今では実質この一帯を取り仕切る顔役。

 望む者には誰であれ金を貸し、素直に返さない者には脅しや暴力も惜しまない。どうしても返せないなら仕事を斡旋してその収入から取り立てる。誠実だと言われればそうだ。悪どいと言われてもその通りだ。

 そんな青年のことを、いつの間にか人びとは、ときには感謝、ときには畏怖の念を込めてこう呼ぶようになった。

――スラムの王、マリクと。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

【完結】姉に婚約者を奪われ、役立たずと言われ家からも追放されたので、隣国で幸せに生きます

よどら文鳥
恋愛
「リリーナ、俺はお前の姉と結婚することにした。だからお前との婚約は取り消しにさせろ」  婚約者だったザグローム様は婚約破棄が当然のように言ってきました。 「ようやくお前でも家のために役立つ日がきたかと思ったが、所詮は役立たずだったか……」 「リリーナは伯爵家にとって必要ない子なの」  両親からもゴミのように扱われています。そして役に立たないと、家から追放されることが決まりました。  お姉様からは用が済んだからと捨てられます。 「あなたの手柄は全部私が貰ってきたから、今回の婚約も私のもの。当然の流れよね。だから謝罪するつもりはないわよ」 「平民になっても公爵婦人になる私からは何の援助もしないけど、立派に生きて頂戴ね」  ですが、これでようやく理不尽な家からも解放されて自由になれました。  唯一の味方になってくれた執事の助言と支援によって、隣国の公爵家へ向かうことになりました。  ここから私の人生が大きく変わっていきます。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

処理中です...