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第一章 フローラ セルティー

銀灰色の結晶

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精神世界に戻ったメイブは、疲弊しきっていた。目の前で、フローラが食べられ、それを見て笑っていたフォルトナの光景が頭から離れない。だが、ウェンディゴのまっすぐな瞳で、気持ちを切り替える。

「ウェンディゴ。記憶の旅は終わったわ。」 

「ご苦労だったな。して、フォルトナを救う手立ては見つかったか?」 

「フォルトナの心には、今まで悪意がまったくなかった。そう聞いていたけど、そういうわけではなさそうね。少なくとも、お爺様を殺されて復讐する気持ちは過去に存在していたもの。」 

「よくわかったな。フォルトナの中に、微小な悪意は初めから存在していた。」 

「だからこれは、とても大きな愛が、急激に憎しみに変わった事で真なるtrueハイヒューマンの器が反応した結果だと思うの。天使や悪魔と呼ばれる者達は異能が3つある。フォルトナが完成した魂の持ち主である以上、魔王の素質を十分に満たしている。だからこそ、そんな進化は絶対に阻止しなくてはならない。」 

「よくぞ、そこまで辿り着いた。あとはメイブに任せるとしよう。結晶の心世界は時が進む事を忘れるな。悠長にやっている時間は無いぞ。だが安心して挑むがいい。もし失敗してもこの俺がなんとかしてやる。」 

「ウェンディゴ。あなたって本当に頼りになる人なのね。ここまで私を導いてくれてありがとう。」 

「……さあ。行ってこい。これが本当の最後。銀灰色の結晶だ。」 

「うん。いってきます。」 

 

 銀灰色の結晶に触れたメイブは、結晶の心世界の中に入り込んだ。フォルトナの過去を知り、フォルトナの心に近づいたメイブは、結晶に拒絶きょぜつされる事は無かった。

 

――これまで、悲しみや憎しみをほんの少ししか持てなかったフォルトナ。しかし、母への強大な愛が、どす黒い憎しみへと変わった結果。魔王への進化を始めた。それを止めるには……―― 



銀灰色の結晶の心世界では、フローラがテーブルに座る子供姿のフォルトナに食事を差し出している。 

「はい。フォルトナ。あなたの大好きな執事風肉じゃがよ。」 

「母上。ありがとう。いただきま……違う。これ違うよ。なんでこんな事が出来るんだよ。アネモネの首じゃないか。……フローラよくも騙していたな。今だからわかる。お前は罪の意識で逃亡し、一人だけ幸せな日々を送っていた。お前の全てが憎い。お前を殺してやりたい。」 

フォルトナは徐々に成長した姿に変わり破邪の剣でフローラを斬り裂く。 

「ぐぁ~~。違う。違うのよフォルトナ。あなたを騙していたんじゃない。いつ食べてやろうかと、あなたが熟れる時を待っていたのよ。」 

 
また別のフローラの形をした何かが出現しフォルトナの首を絞める。フォルトナが握りしめている破邪の剣を落としてしまう。そして、フローラを鬼のような形相でにらみブツブツと呟いている。髪が金髪から黒へ、体が緑色に変化していく。 


「憎い。憎い。お前が憎い。お前を作り出した社会が憎い。ウィリアムが憎い。人間全てが憎い。」 

その変化を見たメイブがいよいよまずいと感じ、フォルトナに向けて言葉を投げる。

「フォルトナ! お願い。正気を取り戻して!」 

 フォルトナは、視線をメイブの方に向けた。メイブも真剣な表情でフォルトナに向き合う。

「誰だ貴様は。……メイブ。ルカの奴隷か。消えろ。俺に話しかけるな。」 

「それは嫌よ。だって私はあなたを愛しているから。ここに来るまでに、たくさんのあなたの過去を見せて貰った。とても常人では耐えられないような壮絶な過去だった。」 

「五月蠅い! ここから出て行け。」 

「でもね。フォルトナ。フローラさんは、あなたを本当に愛していたの。それに彼女は、アネモネを売った時は精神攻撃を受けていた。呪いのアイテムでアネモネを憎むように操られていたの。」 

 フォルトナには、目の前のメイブが嘘をついていない事が認識できる。だからこそ、その話に動揺していた。

「……なんだそれは?」 

「魅惑のアンジェリカと憎悪のギルバート。フローラさんの従兄のコンラートを使って、フローラさんやフォルトナ達を貶めた張本人の名前よ。あなたの過去の悲しみは誰かの計画の一部なのよ。」 

だが、今は簡単には信用できない。簡単に信用した結果アネモネを奪われ殺されたのだ。
 
「お前も俺を騙そうとしているのか? 殺すか。」 

「私は騙してなんかいない。あなたを心の底から愛しているの。だから、フォルトナ。フローラさんが死んだ時の悲しみを受け取って。【闇共鳴】。」 

「ぅ……ぅぁ~~……」

フォルトナの瞳から、涙が零れる。泣き崩れて地面に放り出される。フォルトナは手を放したフローラの形をしたものの足元にすがりついていた。フォルトナの姿は子供時代のものに戻っている。 

「母ちゃん。死んじゃ嫌だ。俺を残して行かないでくれ。良い子にするからさ……友達を作れば良いんだろ? 出来たよ。ルカって名前なんだ。あいつも俺が初めての友達でさ……」 


メイブが異能を解除するとフォルトナの姿は徐々に成人に戻り、正気に戻る。 

「……なんだ。今のは?」 

「悲しい想いをさせて、ごめんね。それが、フローラさんが死んだ時の悲しみよ。私が感じたものをそのまま渡しただけで、あなたはそうなってしまうの。だって、あなたはフローラさんを心の底から愛していたんだから。もうフローラさんを憎むのは止めましょう。あなたが子供の頃、街の神父を殺して、フローラさんは息子が魔王かも知れないと考えたわ。でもその時、フローラさんはあなたに何をした? 変わらぬ愛であなたを抱きしめていたのよ。あなたの無事を心の底から喜んでいたの。」 

「……しかし。」 

フローラの形をした何かは消えていた。メイブはかわりにフォルトナを抱きしめる。 

「あなたが悲しみを感じないなら、さっきみたいに私が伝えてあげる。それで、あなたが落ち込んだら私が慰めてあげる。フローラさんみたいには上手く出来ないかもしれないけど、私が一生懸命あなたに無償の愛を捧げる。帰って来てフォルトナ。心の底からあなたを愛しています。」 

「……何に誓う? 俺の異能の前で嘘をついたら、死ぬかもそれないぞ。」 

「フォルトナ セルティーに誓います。」 

「仕方ない信じてやるか。」 


その時だった、所々に真っ黒な靄が掛かった、銀灰色の世界が真っ白な空間に変わっていく。それは、フォルトナの心の中からフローラへの憎しみが消えた瞬間だった。メイブはそれを見てにっこりと微笑んでいる。そして、これから何度でもフォルトナの心を救うと決心していた。


「ふーん。あなたの性格はわかっているわ。誓う以前に、本当は嘘じゃないって異能で判別出来るわよね。つまり最後のは照れ隠しでしょ。」 

「……ふん。それより、帰ったら魅惑のアンジェリカと憎悪のギルバートとやらの情報を教えろ。」 

「うん。」 

「くっつくな!」 

メイブがフォルトナを連れて精神世界に戻ると、そこでウェンディゴが待っていた。 

「……そうか。成功したんだな。」 

メイブは、ウェンディゴの顔を見てほっとしていた。そして、自分を導いてくれた事に感謝をしている。

「ウェンディゴ。本当にありがとう。あなたが居てくれなかったら何も出来なかった。たまには外の世界で会えないかしら?あなたはフォルトナの一部なんでしょ?」 

「残念だがそれは出来ない。俺はもうじき消えるだろう。フォルトナが記憶を取り戻した時点で役目を終えた存在だからな。今の俺は残り香みたいなものだ。」 

メイブはまたしても、辛い気持ちに押しつぶされそうになっていた。

「え?……そんなの嫌だよ。せっかく一緒に乗り越えたのに。もう消えるだなんて絶対に受け入れられない。」 

「また泣いているのか。お前は本当に泣き虫だな。あのな。辛い記憶の旅はもう終わったんだぞ。俺はただフォルトナが強くなるように心の中だけで命令するだけの存在。人でもなく意思もない。だから、悲しむ必要もないんだ。」 

「嘘よ。あなたはいつもフォルトナの事を心配していた。私が間違えないように常に教え導いてくれた。ただ単に強くなるように命令していただけじゃないわ。あなたには意思があり暖かい心がある。」 

「くだらない事を言うな|くそビッチ。とっとと帰りやがれ。」 

「あなたは、そんな事を思ってない。それにあなたはフォルトナの一部じゃない。だって、そんな憎まれ口を叩きながら、あなたの瞳は涙で溢れているわ。あなたはもう私の仲間。絶対に消えさせない。」 

「これが涙なのか? ……だったら俺は悲しいのかな? ははは。期待しちゃうじゃねえか。……なんてな。無理なものは無理だ。変えられねぇ。これが俺の運命さだめなんだ。」 

「ウェンディゴ。期待して良いのよ。だって、私は決めたのだから。私の異能は、必要な時に必要なものを選択するのよね。だったら私はあなたを選択する。あなたの命と意思、記憶を選択する。」 

「馬鹿野郎。お前の異能はこんな事の為に選択するものじゃない。お前は強くなる為に選択するべきなんだ。これ以上もったいない事をするな。」 

メイブを心配し狼狽えるウェンディゴとそれを見てメイブの前に立ち、頭を下げるフォルトナ。

「いや。メイブ。俺からも頼む。こいつはウザいけど、絶対に必要な存在だ。」 

「お前等揃って馬鹿じゃねーのか。……う……なんなんだよ。……本当にありがとう。」 


メイブの体が黒いオーラで包まれていく。オーラはウェンディゴまで伸びていくとウェンディゴを包み込み消えていった。 

「……なんで消えちゃうのよ! ウェンディゴを選択するって言ったじゃない。」 

「いいや。それで成功だよ。異能【闇騎士】それは闇騎士となったウェンディゴを召喚する力だ。」 

「本当! 良かった――。フォルトナー。」 

「くっつくな。ウザい。早く元の世界に帰れ。……けど、メイブ本当にありがとな。ウェンディゴは俺と一緒に15年間も修行をして来た。かなり強い異能だと思う。」 

 



 

その頃、船室では、アルバート、オリバー、ニエ、ケットシー、クーシーが今か今かと待ち望んでいる。ベットにはフォルトナとメイブが並んで寝ている。そのうちメイブの方がうなされた後で目を覚ました。オリバーが約一時間近く異能を使い続けた事で、精神疲労によりぐったりとダウンした。 

「メイブさん。旦那様はどうなったのですか?」 

メイブは起き上がるとピースサインをしている。 

「無事成功しました。フォルトナは戻ります。……まだ、意識が回復しないようなので、先に新しい仲間を紹介しますね。闇騎士召喚。」 

 メイブの掛け声と共に、黒い靄が立ち上り、その靄は徐々に黒い騎士へと変化していった。

「よお。お前等。辛気臭ぇ顔をしているんじゃねー。お前等の事は知っているが、こうして会うのは、はじめましてだな。俺はいつもフォルトナと話をしていた。ウェンディゴだ。それと女王。俺の名前はフォルトナが妖精と勘違いしていただけだ。新しく名前を付けてくれ。」 

ウェンディゴという言葉を聞き、最も仰天していたのは、これまでフォルトナの成長を見届けてきた執事達だった。フォルトナは事ある毎にウェンディゴの名前を出してブツブツと独り言を言っていた。それを一種の心の病気だととらえていたのだ。

「ええー--。本当に実在したんですか。これは直ちに旦那様に謝罪せねば。」「嘘だろ。妄想じゃないですと。」 

執事達の驚きをよそに、メイブはウェンディゴの新しい名前を考えている。

「今のウェンディゴは闇騎士だから。……えーと。名前はデックナイト。相性はデックでどう?」 

最初の発言はフォルトナと間違える程の憎まれ口だったが、デックは闇騎士の姿で出現した時から性格そのものがフォルトナの中にいた頃と変わり始めている。デックはメイブに向かって敬礼をした。

「素晴らしい名前だ。女王よ。新たな命を与えてくれた事、名前を付けてくれた事、本当に感謝する。ありがとう。」 

同じ主を持つケットシーとクーシーがデックに近づいて握手している。

「我らが女王陛下の新しい眷属ですな。よろしくお願いします。私は猫の妖精の王ケットシーです。いえ、もう女王陛下の民なのですから、王というのは相応しくありませんね。元王です。」
「ワンッ。」

 次にフォルトナがうなされ始めた。全員がフォルトナの方に注目する。

「……ぅう。」 

「「旦那様ー。」」「主!」 

「よお。お前等。辛気臭ぇ顔をしているんじゃねえ。だが、まあ、心配かけたみたいだな。悪かったよ。」 


「「ぷははは。」」「主、ウケル。」「あははは。」 

「何笑ってんだ? なんか腹立つぞ。」 

「これは失礼。デック殿とまったく同じ事を言っておりましたので。」 

「デック? ……そうか。さっそく名前を付けて貰ったんだな。よろしくな。俺のもう一人の相棒。」 

「もう一人? お前、俺の他に相棒なんているのか? ……ああ。やつの事か。たしかにやつが生きていれば、間違いなく相棒だったな。」 

「ふん。……やっぱりうぜえ。……俺の思考をいちいち理解するな。」

フォルトナは、デックと言い合った後で、立ち上がりみんなの前で破邪の剣を掲げる。

「よし。お前等! 次は本当に世界にいくぞ!! まずは、独立国家スリーダンだ。そこで俺が最初に行きたい場所の情報を集める。」 

「「おおー!」」「「はいっ!」」
 









――西大陸 元トワイライト国 現世界帝国トワイライト領 


「トワイライト領主マスタング トワイライトよ。ナンバーズは見つかったか?」 

「魔人マリード様――」

「は?」

「すみません。間違えました。世界帝国、聖天六歌仙、魔導卿様。わざわざお越しいただいたのですね。今、我が領内で一番のスイーツをご用意致します。しばら――」 

「見つかったのかと訊いているのだが。」 

「申し訳ございません。現在、我が領地にはそのような情報はございません。というより、領地内全てといいますと…これでも元は大国なのです。範囲が広すぎて難しいかと存じます。ですが魔導軍をお貸しくだされば必ずいい結果を――」 

「トワイライトよ。一か月前、引き受けた時に、自分が何て言ったのかを覚えているか?」 

「……いえ。……ヒッ……申し訳ございません。」 

「『お任せください。そんなもの、すぐに見つけてやりますよ。我が領地伝統の、犯罪者を探し出すローラー作戦というもので、しらみつぶしに探します。一ヶ月ほどお待ちください。』だったぞ。」 

「……も……申し訳ございません。」 

「領主の座を息子に譲るか? それだと面白くないな。いっそ、お前の妻に俺のガキを作らせて、ここを魔人領として統治するのも良いな。」 

「全ての部下達、領民達を総動員し、大至急見つけ出します。」 

「それで良い。最初に話題をそらす為に、わざと名前の方を言っただろ? 今回はお前から全てを奪わないでやるが、俺に心理戦・・・を仕掛けるなど自殺行為だと言う事をよく覚えておくんだな。こっちには、優れた記憶力と同時に思考する頭脳が6つもある。」 

「イエス、マイ、ロード。」 

 
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