不完全な人達

神崎

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長い夜

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 やはりここでシャワーを浴びたという事は、今日もセックスをするのだろうか。一度したから二度三度としたくなって、恋人だという証明にしたいのだろうか。
 体についた泡を流しながら、自分のわき腹に目を移す。薄くあばら骨が浮かんでいて、そのシャワーを握る腕も細い。そんな体を抱くよりももっと肉付きのいい女性を選ばないのだろうか。史がわからない。どうしてこんなに清子に執着しているのだろう。
 顔を洗うと、シャワーのお湯を止めた。本来湯船に浸かるほどの広さはあるが、今日は遅くなったこともあるしシャワーですませたのだ。
 タオルで体を拭いて、脱衣所に上がる。そして髪をタオルでよく拭いて、買ったばかりの下着に足を入れた。紐のようなあの下着しかないのかと思っていたが、ちゃんとしたショーツはある。だがあの場では一番ましなモノを選んだつもりだが、どうしても派手なものだと思っていた。
 そしてその上から男物のシャツを身につける。買ったばかりだと言っていたが、どうしてこんな事をするのかわからない。ボタンを付けると、髪をドライヤーで乾かしてから脱衣所を出た。
 リビングにあるベッドに史は腰掛けて、携帯電話をいじっているようだった。史は携帯電話でゲームなどをしないし、SNSも辞めてしまったのであまり携帯電話に用はないようだが、その視線は真剣なように見える。
「編集長?」
 声をかけると、史は清子の方をみた。するとその視線がいつものまなざしに変わる。
「似合ってる。」
「こんなの似合っているも何もないと思いますが。」
 大きいシャツはちょっと短めのワンピースのようで、普段外にさらすことのない太股やふくらはぎも全て見える。袖が余っていて、手を隠すようだが、それもまたそそられるようだ。
「何かありましたか。」
「メールが来たよ。」
 そういって史は携帯電話を見せる。清子はダイニングテーブルに置いてあった眼鏡をかけてその隣に座ると、携帯電話をのぞき見た。するとそこには「部屋にいないですね。どこにいるのですか。」と書いてある。
「盗聴している方からですね。」
「そう思う。アドレスがハンドルネームになっているからね。」
 アドレスの詳細表示を見ると、hinakoと書いて、跡は乱数字だった。ドメイン名を見ると、どうやらパソコンの会社のモノだ。
「海外のメールサーバーを使っていますね。携帯に直接送られるのは初めてですか?」
「そうだ。」
「……と言うことは、外部のモノではあり得ない。」
「え?」
「私が入社してからセキュリティを強化して、個人情報は絶対漏れないようにしてあるんです。顧客情報や社員の情報が漏れないようにと。これをかいくぐるのは絶対できないと思っていい。」
「という事はやはり内部の?」
「予想通りですね。社員の個人情報などを統括するのは、人事部にある。人事部の誰かでしょう。」
「……。」
「個人の特定ができた方が良いですか?アドレスをたどればできないことはないと思いますが。」
「そんなことも?」
 すると清子はベッドから立ち上がり、バッグからノートパソコンを取り出す。
「海外ではストーカーの規制がこの国より厳しいんです。事情と文面を会社に伝えれば個人の特定ができる場合もありますし、そのアドレスを使えないようにする、または、編集長のアドレスに送信できないようにすることもできます。」
 ローテーブルの前にしゃがみ込むと、ノートパソコンを開いた。だがまずはWi-Fiを繋ぐことからしないといけないか。清子はそう思いながら、パソコンが立ち上がるまでバッグから煙草を取り出そうとした。だがその手を史が止める。
「何?」
「出来ればその匂いのままがいい。」
 やはりセックスをする気だ。清子は少しため息をつくと、煙草をバッグの中にしまった。
「この会社の審査は緩いんです。気軽にアドレスを取ることが出来るから、犯罪に使われやすい。」
「専門の?」
「そんな感じです。ん……繋がった。」
 もうあの甘い空気にならないのだろうか。メールなど気にしなければ良かったと思う。だがこのままでは清子自身も危ない目に遭うかもしれない。恋人だと相手は勘違いしているのだ。
「……。」
 アドレスや内容、そして事情を打ち込んで返答を待つ。その間、清子は立ち上がるとダイニングテーブルに置いてあった水のペットボトルを手にする。それを口に含み、またパソコンの前にやってきた。
「……来た。」
 このアドレスは、この国で取得されたもの。そしてその人がそのアドレスを取得したのは、ほんの一時間前。場所は会社近くのネットカフェだということ。
 清子はため息をつく。やはりもう少し内容が濃くないと、ストーカーだという証明にはならないので、これが限度なのだろう。
「ネットカフェでは個人の特定が難しいですね。」
 身分証明がいらないところもあるのだ。これを特定するのは難しいかもしれない。
 そのとき史の携帯電話がなった。メッセージがきたのだ。
「……。」
 清子もその携帯電話の画面を見る。すると「恋人といるのですか。」と書いてある。
「……挑発的な言葉を返さないでくださいね。」
「わかってる。」
 無視も出来ない。返すのも気を使う。これからセックスをして甘い時間が過ごせると思っていたのに、どうしてこんな事になったのだろう。
 そのときまたメッセージが来た。「近くにいます。会いたい。」と書いてあり、清子と顔を見合わせた。
「近くにいるんですね。」
「ネットカフェにいるんじゃないのか。」
「ネットカフェで身元を隠して、あとは携帯で送っているのでしょう。アプリもありますから。」
 清子はそういって自分の携帯電話を手にする。すると先ほどのアプリを起動させた。するとそこからチャイムの音がする。
「家に来たみたいですね。」
 二回、チャイムの音がした。そして史の携帯にメッセージが届く。「恋人の所ですか。」と書いてある。史の手が震えていたのを見て、清子はその手を握った。
「大丈夫。」
 すると今度は、この部屋のチャイムが鳴った。清子はその手を離して、玄関へ向かう。のぞき穴から外を見ると、そこには黒澤の姿があった。
「え……。」
 驚いて清子は思わずもう一度そののぞき穴をみた。確かに男だった。
「……ちょっと待ってください。」
 あわてて清子はシャツを脱ぐと、ワンピースを身につけた。そして史に玄関から死角になるような所にいてもらい、玄関の史の靴を避けた。
 そして玄関のドアを開ける。
「はい。」
 ドアを開けると、黒澤は笑顔のままで清子をみる。だがその目の奥は笑っていない。そう感じた。
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