不完全な人達

神崎

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花火

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 押し込まれるように乗ったバスの車内で、史は嫌なモノをみた。それは清子が慎吾の前にいるが、その後ろには晶がいる。晶は清子を後ろから抱きしめているように乗っていたのだ。おそらく、前にいる慎吾に手を出さないようにという意味があるのだろうが、それは史にも言われているような気がする。心の中で史は舌打ちをして視線を逸らした。
「編集長。」
 史の側には香子がいる。身動きがとれないようで、体を史に押しつけているようだ。浴衣越しでもわかるが、大きな胸が押しつけられているようで不快感は増していく。
「何?」
「手を挙げてた方が良いですよ。男性はみんなそうしてますから。」
 痴漢と間違われないようにするためだろう。見ようによっては晶も清子に痴漢をしているように見える。清子はそれくらいでは騒がないだろうが、良い気分はしていないはずだ。それは史にも言える。
「そうだね。ありがとう。」
 手を挙げると、その上の吊革につかまった。そのときブレーキが掛かり、香子の体がますます史に寄ってくる。
 この体を知っている。一ヶ月ほど付き合っていたことがあったが、その間セックスは何度かした。清子とは比べものにならないほど大きな胸と、従順な態度は男なら可愛がるかもしれない。だが全くその気が起きなかったのは、やはり愛していなかったのだろう。
 清子を抱けば抱くほど欲しくなるのは、やはり愛しているからだ。だから慎吾にも晶にも取られたくない。

 バスから降りて河川敷に着くだけで、清子は疲れているようにため息を付いた。結局二十分ほど晶に後ろから抱きしめられていたようだったから。祭りに行く前から疲れた。
「懐かしい屋台があるわ。ほら。綿菓子なんてどれくらいぶりだろう。」
 女性たちはそういって屋台に向かう。清子もそれに習って屋台へ行こうとしたときだった。
「清子。屋台を回らないか。」
 慎吾が声をかけてきた。おそらくこんな場所に初めて来て、何を回ったらいいのかわからないのだろう。だが清子は困ったように言う。
「ごめんなさい。私もあまりお祭りには来たことがなくて、案内は出来ないかもしれないので。」
「だったら誰か他のやつと……。」
 とは言ったモノの、あまり他の人は知らない。唯一知っているのは香子と史、そして晶くらいだろうか。
「徳成さん。あっちにビールの屋台がある。生をもらえるそうだよ。」
 史がそう声をかけると、清子はそちらをみた。
「生なんですか?」
「あぁ。こんなところでは缶ビールしかないと思っていたんだけどね。」
 まだ日は高いのにビールが飲めるのは、祭りだから許される。清子はそう思いながら、そのビールを売っている屋台の方へ向かおうとした。
「ビールね。俺、酒は飲めないからなぁ。」
「そうなんですか?」
 清子をビールで釣ろうと思っていたのに、慎吾もしっかり付いてきた。それが少し余計だと思う。だがここに慎吾を一人きりにすれば、それはそれで心配事が増える。
 ビールを売っている屋台に清子が近づいて、その中の人に声をかけた。
「すいません。生を一つ。」
「はーい。」
 振り向いた人を見て清子は驚いた。それは仁だったのだ。こんなところでもゴシックロリータのファッションは変えられないのだろう。
「仁さん。」
「あら。徳成さんだったわね。それから史。」
「ここで屋台?」
「えぇ。今度出す予定のライブハウスの宣伝もかねてね。」
「ライブハウス?」
「こんな町中では出さないんだけど、ちょっと郊外って言うのかしら。あまり音楽が盛んではない地域なんだけど、ライブハウスが少ないってことで、本社の指示でオーナーになるの。あたし。」
「へぇ……一人でする訳じゃないんだろう?」
「えぇ。もう一人の社員とね。」
 生ビールを注ぐと、お金と控えに清子はビールを受け取る。
「でもここは一人か?」
 史はそう聞くと、仁は舞台の方を指さした。
「ヘルプなんだけどね。今はライブにでてるの。」
 舞台ではロックのような音楽が生演奏でされている。その誰が社員なのかはわからないが、入れ墨を入れているような人ばかりでいかにもパンクロッカーのような容姿だ。
「アレだな。ピストルズみたいな……。」
「そうよ。あら。あなた音楽詳しい?」
 慎吾に声をかけるが、慎吾は表情を変えずに言う。
「音楽は裏切らないからな。」
 その言葉に仁は少し笑う。
「そうね。音楽は裏切らない。だけどそれを奏でる人は裏切ることはあるわ。」
 誰のことを言っているのだろう。史はそう思いながら、ビールを手にした。
「ちょっと回ってくるよ。慎吾さんはあまりこの国の祭りを体験したことがないようだ。」
「そうなの。あ、そこの箸巻きは美味しかったわ。」
「そうか。ありがとう。」
 史はそういって二人を促した。
「箸巻きね……。」
「何だ?箸に何か巻いているのか?」
 その言葉に史はそれから説明しないといけないのかと、少しうんざりしていた。だが相変わらずビールを水のように飲んでいる清子は、早くも屋台よりもステージに興味があるようだった。
「ステージを私は見に行きます。」
 ビールを手にして、二人から離れようとした。あまり二人といてもよくないと思ったのだ。
「いいや。徳成さん。出来れば一緒にいた方が良い。」
「どうしてですか?」
「どうしてって……。」
 一緒にいたいと思う。それだけなのに史はそれが言えなかった。すると慎吾は呆れたように言う。
「あんた、そんな格好でうろうろしてみろ。すぐナンパされるぞ。」
「え?」
「浴衣姿の女がこんなところにいるんだ。男に手を引かれて、強姦されたいなら一人で回ればいい。」
 そんなことはごめんだ。清子はため息を付いて、二人についていった。回りをみれば、イカ焼きや金魚すくいの屋台がある。そんなモノはしたことがないなと、少し足を止めて金魚をみていた。
 その後ろ姿をみながら、慎吾は史に声をかける。
「あんたの恋人は、無防備だな。」
「……恋人じゃないからだろう。」
「え?」
 驚いたように慎吾が聞くと、史は首を横に振る。
「付き合っていないよ。」
「……そっか。」
 清子は初めて女として意識をしなくても良い、対等な人間同士としてのつきあいが出来る女だったのだ。
 最初はそう思っていた。だがいつからか、メッセージが来ることを心待ちにしていた。声を聞いて、事務的な会話しかしていなかったのに電話を切れば寂しくなった。会いたいと思った。
 反吐がでるほど嫌な女は沢山いる。だが清子は違う。初めて抱きしめたいと思った。
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