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嫉妬
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オフィスに帰ってくると、清子は自分のデスクのいすに座る。そして本を取りだした。その本は冬山祥吾の本で「朝顔」という本だった。冬山祥吾にしては珍しい題材で、江戸末期の遊郭の話だった。一人の女性が太夫にのし上がるまでの話は、女性が書いたようにも思えた。ウェブ上でもある官能小説家の作品に酷似しているとの評価で、濡れ場が控えめなのに対して心情や時代背景などが事細かに表現されている。今までの冬山祥吾にしてみては読みやすい作品でもあった。
そう言えば冬山祥吾の作品には女性が主人公のモノが多い。強く生きていてなおかつ、自分をしっかりと持った心の強い人間が好きなのだろうか。そう言えば祖母もそんなタイプだったように思える。
そのとき、オフィスに女性たちが帰ってきた。社員食堂か、外に食べに行ったのかもしれない。きゃあきゃあとオフィスの中が騒がしくなる。
「編集長。これ頼まれたものです。」
一人の女性が史のデスクに近づいて紙の包みを取り出して差し出す。ピンク色の可愛らしいラッピングのモノだ。
「ありがとう。昼からインタビューだから助かったよ。」
「あたしも行ってみたいです。」
「女性は駄目らしいよ。女優は女性か男性かって指名されることが多いから、女性を指名されたときに一緒に行くと良い。」
「えー?そんなモノなんですか?」
その女性は少し驚いたように、史を見ていた。課の移動をしてきたばかりのその女性は、何もかもが新鮮らしい。良く史にどうすればいいかとか、そういう質問をしている。
清子はそれを後目に、時計を見る。休憩は後十分といったところだろうか。本を閉じると、バッグを手にオフィスを出ていく。そしてトイレにはいると、用を足して個室を出ていく。
手を洗っていると、別の個室から香子が出てきた。
「あら。徳成さん。」
「お疲れさまです。」
手に石鹸が着いた泡を水で洗い流していると、香子も手を洗った。
「長井さんってさ。」
「はい。」
長井というのは、先ほど史にピンクのラッピングされたモノを手渡していた女性のことだ。
「編集長に良く絡むよね。」
「課を移ってきたばかりだからそんなモノなんじゃないですか。」
楽観的すぎる。香子には仁という恋人がいるが、一時的でも史を忘れられない時期もあったのだ。だが史はここのところずっと清子しか見ていない。だが清子は全く史を相手にしていないように見える。
それで良いのだろうか。
このままぽっと出てきたような女性に史を取られて良いのだろうか。それくらい情はないのだろうか。
「わざとじゃないの?」
「そうですかね。」
「ここに来る前、文芸誌にいたって言ってたけど、そこではあまり評判良くないよ。ほら、冬山祥吾って小説家いるでしょ?」
その名前に清子の手が止まった。
「有名な作家ですよね。」
「そう。その人の作品を連載させるのって、結構大変じゃない。だから体を使ってとったんじゃないかって噂もあるし。」
「……。」
あり得ない話ではない。担当者と寝るという話は史から聞いているし、ああいう若い女性が好きなのだろう。
「編集長と寝るって言うことも聞いてる。だからうちの編集長とも寝ようと思ってるんじゃない?」
それならそれでかまわない。長井は春になってもここにいて、清子は春になればいなくなる。だったらいる方を取ればいいのだ。
「それならそれでいいんじゃないんですか。人の恋愛は自由ですよ。」
「あたしね、その根性が嫌いなのよ。」
香子はそういってポーチから化粧品を取り出して、にじんでいるアイラインを拭いだした。
「寝たら、強く言えないでしょ?失敗してもかばってくれるし。次も失敗しても編集長が何とかしてくれるって思うじゃない。」
「そこまで考えるモノなんですか?」
「女だから、女の武器は使おうと思ってるわよ。それって感情じゃ無いじゃない。ただ女だから許されてることだもん。」
だから長井がそういう意図で、史に近づいているのが許せないのだ。史はずっと清子しか見ていないのに。
「……確かに寝たら言い辛いですよね。」
「あーだから、職場であーだこーだって言いたくないのよ。」
だったら史とも晶とも寝てしまった清子は何なのだろう。貞操観念が無いといっても責められない。
「あ、でも徳成さんは別。」
「私は別ですか?」
「だって面白いもの。ね?どっちと付き合うの?」
「どっちとも付き合いません。」
女というのはこういう話題が好きだな。清子はそう思いながら、ハンカチで手を拭った。
「半年後には居ないんですから、派遣先でそんなことを繰り返してたら面倒です。」
「感情なら仕方がないわよ。遠距離したことある?」
「無いですね。」
ハンカチをバッグにしまいそろそろトイレから出ようとしたら、香子も後から出てきた。
「そうだ。今度謝恩会があるじゃない。延びてたけどさ。」
「十月といってたのに、知らせがないなとは思ってました。」
「ちょっとごたごたがあったみたいだけど、十二月にあるって言ってた。忘年会もかねてかな。ホテルの一室を借りてやるからさ、ドレスを選ぼうよ。」
派遣も呼ばれるらしいので、気は進まないが行かないといけないのだろう。
「レンタルであるって言ってましたね。」
「S区にさ。安いけど見栄えがする店があるの。結構遅くまでしてるし、今夜行かない?」
今夜といわれて、戸惑ってしまった。今夜は史が話があると言って誘ってきたのだ。半分は仕事だと言っていた。断ることは出来ないだろう。
「今夜は予定があって。」
「何だ。そうなんだ。」
オフィスに戻ってくると、清子を見つけて長井が近づいてきた。
「徳成さん。お客さんが一階に見えてるそうですよ。」
「お客様?」
「えっと……阿久津さんっておっしゃってました。」
慎吾か。清子はそう思いながら、ポケットに入っている携帯電話を取り出した。するとそこには確かに慎吾からのメッセージが入っている。
「ありがとうございます。すぐ行きます。編集長、少し席を外します。」
すると史は少し笑って、手を振ってきた。それに対して清子は軽く会釈すると、そのままオフィスを出ていった。
「なんか……彼氏みたい。」
長井はそういってその様子を見る。恋人を送るような視線だった。自分には投げかけられたことはない。もしかして付き合っているのだろうか。
そんなの関係あるか。恋人なら奪えばいい。長井はそう思っていた。
そう言えば冬山祥吾の作品には女性が主人公のモノが多い。強く生きていてなおかつ、自分をしっかりと持った心の強い人間が好きなのだろうか。そう言えば祖母もそんなタイプだったように思える。
そのとき、オフィスに女性たちが帰ってきた。社員食堂か、外に食べに行ったのかもしれない。きゃあきゃあとオフィスの中が騒がしくなる。
「編集長。これ頼まれたものです。」
一人の女性が史のデスクに近づいて紙の包みを取り出して差し出す。ピンク色の可愛らしいラッピングのモノだ。
「ありがとう。昼からインタビューだから助かったよ。」
「あたしも行ってみたいです。」
「女性は駄目らしいよ。女優は女性か男性かって指名されることが多いから、女性を指名されたときに一緒に行くと良い。」
「えー?そんなモノなんですか?」
その女性は少し驚いたように、史を見ていた。課の移動をしてきたばかりのその女性は、何もかもが新鮮らしい。良く史にどうすればいいかとか、そういう質問をしている。
清子はそれを後目に、時計を見る。休憩は後十分といったところだろうか。本を閉じると、バッグを手にオフィスを出ていく。そしてトイレにはいると、用を足して個室を出ていく。
手を洗っていると、別の個室から香子が出てきた。
「あら。徳成さん。」
「お疲れさまです。」
手に石鹸が着いた泡を水で洗い流していると、香子も手を洗った。
「長井さんってさ。」
「はい。」
長井というのは、先ほど史にピンクのラッピングされたモノを手渡していた女性のことだ。
「編集長に良く絡むよね。」
「課を移ってきたばかりだからそんなモノなんじゃないですか。」
楽観的すぎる。香子には仁という恋人がいるが、一時的でも史を忘れられない時期もあったのだ。だが史はここのところずっと清子しか見ていない。だが清子は全く史を相手にしていないように見える。
それで良いのだろうか。
このままぽっと出てきたような女性に史を取られて良いのだろうか。それくらい情はないのだろうか。
「わざとじゃないの?」
「そうですかね。」
「ここに来る前、文芸誌にいたって言ってたけど、そこではあまり評判良くないよ。ほら、冬山祥吾って小説家いるでしょ?」
その名前に清子の手が止まった。
「有名な作家ですよね。」
「そう。その人の作品を連載させるのって、結構大変じゃない。だから体を使ってとったんじゃないかって噂もあるし。」
「……。」
あり得ない話ではない。担当者と寝るという話は史から聞いているし、ああいう若い女性が好きなのだろう。
「編集長と寝るって言うことも聞いてる。だからうちの編集長とも寝ようと思ってるんじゃない?」
それならそれでかまわない。長井は春になってもここにいて、清子は春になればいなくなる。だったらいる方を取ればいいのだ。
「それならそれでいいんじゃないんですか。人の恋愛は自由ですよ。」
「あたしね、その根性が嫌いなのよ。」
香子はそういってポーチから化粧品を取り出して、にじんでいるアイラインを拭いだした。
「寝たら、強く言えないでしょ?失敗してもかばってくれるし。次も失敗しても編集長が何とかしてくれるって思うじゃない。」
「そこまで考えるモノなんですか?」
「女だから、女の武器は使おうと思ってるわよ。それって感情じゃ無いじゃない。ただ女だから許されてることだもん。」
だから長井がそういう意図で、史に近づいているのが許せないのだ。史はずっと清子しか見ていないのに。
「……確かに寝たら言い辛いですよね。」
「あーだから、職場であーだこーだって言いたくないのよ。」
だったら史とも晶とも寝てしまった清子は何なのだろう。貞操観念が無いといっても責められない。
「あ、でも徳成さんは別。」
「私は別ですか?」
「だって面白いもの。ね?どっちと付き合うの?」
「どっちとも付き合いません。」
女というのはこういう話題が好きだな。清子はそう思いながら、ハンカチで手を拭った。
「半年後には居ないんですから、派遣先でそんなことを繰り返してたら面倒です。」
「感情なら仕方がないわよ。遠距離したことある?」
「無いですね。」
ハンカチをバッグにしまいそろそろトイレから出ようとしたら、香子も後から出てきた。
「そうだ。今度謝恩会があるじゃない。延びてたけどさ。」
「十月といってたのに、知らせがないなとは思ってました。」
「ちょっとごたごたがあったみたいだけど、十二月にあるって言ってた。忘年会もかねてかな。ホテルの一室を借りてやるからさ、ドレスを選ぼうよ。」
派遣も呼ばれるらしいので、気は進まないが行かないといけないのだろう。
「レンタルであるって言ってましたね。」
「S区にさ。安いけど見栄えがする店があるの。結構遅くまでしてるし、今夜行かない?」
今夜といわれて、戸惑ってしまった。今夜は史が話があると言って誘ってきたのだ。半分は仕事だと言っていた。断ることは出来ないだろう。
「今夜は予定があって。」
「何だ。そうなんだ。」
オフィスに戻ってくると、清子を見つけて長井が近づいてきた。
「徳成さん。お客さんが一階に見えてるそうですよ。」
「お客様?」
「えっと……阿久津さんっておっしゃってました。」
慎吾か。清子はそう思いながら、ポケットに入っている携帯電話を取り出した。するとそこには確かに慎吾からのメッセージが入っている。
「ありがとうございます。すぐ行きます。編集長、少し席を外します。」
すると史は少し笑って、手を振ってきた。それに対して清子は軽く会釈すると、そのままオフィスを出ていった。
「なんか……彼氏みたい。」
長井はそういってその様子を見る。恋人を送るような視線だった。自分には投げかけられたことはない。もしかして付き合っているのだろうか。
そんなの関係あるか。恋人なら奪えばいい。長井はそう思っていた。
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