不完全な人達

神崎

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夜会

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 昨年今までの社長がその地位を退任して、その息子が社長になった。その社長はまだ若く、三十代で独身らしくITにも参入しようと躍起になっているのが挨拶でわかった。他の出版社はすでにウェブに参入していて、紙の媒体は売れなくとも黒字を叩き出している。
 その部分では遅れをとっているのは、新社長が少し慎重な人であり会長のような大胆なことが出来ないからかもしれない。それはそれでいいので、さっさと乾杯しないだろうか。晶はビールを手に持ったままちらっと清子の方を見る。ずっと立っていればスカートのスリットはそんなに見えることはない。あの細い足を人前にさらすのは、複雑な気分だった。
 あの日、自分に抱かれた。顔を赤くして、そこに自分を受け入れて、打ち込む度に離さないとそこが絞めてきて、腕を首に回され、甘い声であえぐ声。それを思い出すだけで何度も抜くことが出来る。
 今日、誘うのは史なのだろうか。それとも他の人なのだろうか。出来れば自分が誘いたい。
「ではみなさん、お待たせいたしました。」
 やっと乾杯か。晶はそう思いながら少し泡の消えたビールを見る。
「今年も一年お世話になりました。来年も引き続きよろしくお願いします。乾杯!」
「乾杯!」
 そういってグラスをあわせて、ビールに口を付ける。
「ではみなさん。ごゆっくりお食事を楽しんでください。あとで余興も用意していますので。」
 ビンゴとか、ゲームとか、くじとかそんなところで景品や商品券を配るのだろう。そんな物よりも数時間前までずっと動いていたのだ。せめて食事位させて欲しい。バイキング形式の食事は、洋食、中華、和食やエスニックなんかもある。ホテルの夕食メニューのようだ。そう思いながら、片隅にある食事を取りに行こうとしたときだった。清子はビールを片手に課の人間たちとは少し離れ、壁側に下がっていくのをみた。食事はともかく、酒もあまり口にしていないように思えた。どこか体調が悪いのだろうか。
「清子。」
 晶は声をかけると、清子は晶の方をみたがふっと視線をそらせた。
「何ですか。」
「飯食わねえの?お前、和食好きだもんな。寿司なんかもあるぜ。」
「……あとにします。今は混雑してるし。」
「日本酒あるってさ。」
「えぇ。あとでもらってこようかと。」
 どうも歯切れが悪い。どこか体調が悪いのだろうか。
「久住さんは行ってくればいいですよ。」
 そういえばこの会場設営をしていたとき、史が堀から預かったという清子に渡す資料を持っていた。それは在宅勤務のための資料だったはず。それを気にしているのだろうか。
「なぁ。お前、あのホテルみたいな部屋で仕事する気か?」
「は?」
 なぜ晶がその話を知っているのだろうか。みんながもう知っていて、在宅勤務をすることは決定事項なのだろうか。そう思うとますます腹が立つ。
「あぁ。変な風にとるなよ。俺、ここの会場設営にかり出されてさ、三時くらいからここにいたんだよ。その時あの人事部の女……何つったっけ。とりあえず部長がさ、お前の話をしてたの聞いたんだよ。」
「……立ち聞きですか。」
「人聞き悪いことを言うなよ。」
 清子はビールを口に入れると、少しため息をついた。
「それから編集長にあの女がなんか渡してたのをみた。編集長に聞いたら、在宅勤務のための資料だって言ってたからさ。」
「……。」
「なぁ……。俺はしたことねぇけどさ、派遣ってのはあれだろ?集中的に稼げるいい仕事なんだろ?」
「お金は確かに良いですよ。仕事の内容にもよりますけど。」
「それもってお前はどっか行く気か?」
「……別に関係ない。」
 何もかも知っていて、わざと知らないふりをしているなら本当にたちが悪い。
「清子。あのな……。」
「久住さんには関係ない。」
 グラスに注がれたビールはすぐになくなってしまう。ちらっとバーカウンターを見ると、食事をするところよりはあまり人はいないようだ。お目当ての日本酒にこのまま手を着けるのも悪くない。
 清子はそう思いながら、その場を離れようとした。そのときふと手に持っているグラスを捕まれた。
「何?」
 するとグラスをテーブルに置かれ、晶はそのまま清子の手を引いて会場の外に出る。会は始まったばかりで、廊下に人はいない。
 慣れないヒールで足を取られそうになりながら、清子は晶に手を引かれている。その行動は少し不安になるようだった。
 そして晶が清子を連れ込んだのは、会場からは死角になる柱の影だった。柱に清子を押しつけると、清子は強気に晶を見上げた。
「何なんですか。」
「意固地になってるからだよ。」
「声を上げますよ。」
「させるか。」
 晶はそういって、清子の肩を掴もうとした。しかし清子はその手を振り払う。
「やめて。」
「だったら今日、終わったらついて来いよ。」
「やです。」
「今更何言ってんだよ。」
 そのとき、一人の女がこちらに歩いてきていた。その表情は怒りに満ちている。
「晶。」
 名前を呼ばれて晶はそちらを見る。そこには白いドレスに身を包んだ愛が居た。
「愛……。」
「何をしているの?」
「……。」
 修羅場になる。清子は愛の方を見て、その場を離れようと二人に背を向けようとした。しかし愛がそれを止める。
「待って。」
「……私は望んでません。二人で話をしてください。」
「清子。」
 晶はそれを止めようと、清子に手を伸ばそうとした。しかし愛がそれを止める。
「待ってって言ってるの。合意があったかなんてそんなの聞いてない。」
 すると清子の足が止まった。そして愛の方を振り向く。
「徳成さん。あたしたちまだつきあってるのよ。」
「知ってます。」
「一緒に住んでないだけ。いずれは一緒になる。」
「ご自由に。」
「あなたには全く感情がなかったってこと?寝たんじゃないの?」
「……。」
 他に女が居た。なのに寝てしまったのは自分の甘さだ。流されたのだから。
「感情はありません。私は来年の春にはここを去ります。今度の職場ではこういうことがないようにしないといけませんね。注意はしてたんですけど。」
「清子。」
「申し訳ありませんでした。年明けに……課の移動を私から申し出ます。何だったら……契約を解除しても……。」
「清子。」
 止めようとした。だが愛が近づいたのは、清子ではなく晶の方だった。そして手を振り上げるとその頬を叩き上げる。

 パン!

 派手な音がした。思わず清子は目を背ける。
「どうせあなたが言い寄ったんでしょ?あたしがこの人に似ているから。あたしが代わりだったんでしょう?」
「愛さん……。」
「バカにしてる。あたしは代わりなんかじゃない。」
 すると晶はうつむいたまま、清子の前に立った。
「確かに清子の代わりと思ってたのは事実だし……。でも俺はお前を見てたときもあるんだ。ファインダー越しにな。」
 好きだと思ったことはなかった。だがカメラのファインダー越しに見る愛は、確かに綺麗だと思ったのは事実だった。
「お前以上のモデルはいないよ。」
 すると愛の頬に涙がこぼれた。モデルとカメラマンという関係が崩れることは晶の中ではなかったという事実を知らされたのだから。
「愛さん……。」
「……駄目ね。こんなところで泣いてちゃ……。」
 どんなオーディションで受かったときよりも嬉しかった。失恋よりもそちらの涙の方が大きかったのは、愛の中でやはり色恋よりもモデルとして誉められた方が嬉しかったから。
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