不完全な人達

神崎

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夜会

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 バーカウンターには女性と男性がいる。清子は酒を入れている男性ではなく、女性の方に声をかけた。
「すいません。熱燗をいただけますか。」
「はい。どのお酒になさいますか。」
 徳利とお猪口のスタイルの熱燗は二合瓶。おそらく数人で飲むのを想定していたのだ。だが飲むのは清子一人だ。
「えっと……これを。」
 メニューを指さして、ふと気がつく。右手の薬指には銀色の指輪がある。それは史が清子の指にはめてから、清子はそれをずっとつけていたのだ。
 酒を徳利に注ぎ、後ろにあるレンジで温める。その間、清子はその指輪を見ていた。何度と無く指輪のお陰で助かった気がした。先ほどだってそうだ。無意識に指輪に触れていたから、堀に対しても自分を強くもてた。
「大事なのは自分をしっかり持つこと。流されないようにしないといけないよ。」
 祖母はずっとそう言っていた。なのに史とも晶とも寝てしまった自分が、とても弱く感じる。
「お待たせしました。」
 ずいぶんぼんやりしていたのかもしれない。声をかけられた清子に小さなトレーに徳利とお猪口を数個乗せて差し出された。
「あ、お猪口は一つで……。」
「何個かもって来いよ。」
 後ろから声をかけられる。振り返るとそこには晶が居た。
「日本酒好きはお前だけじゃねぇんだよ。」
「……久住さん……。」
 晶はニヤリと笑って、そのトレーを受け取る。
「そっちにみんないる。お前はどこに行ったってずっと聞いてくるからな。飯は?」
「さっき少し食べました。」
「寿司が美味かった。赤貝があってさ、懐かしいな。」
 海女が居た清子のたちの町は、特に貝類やウニなんかが採れる。それが清子たちの馴染みの味なのだ。
「味噌汁飲みたい。」
「さすがにそれは無かったな。また今度帰るか?」
 その言葉に清子は首を横に振る。
「帰るときは一人で。」
「つれねぇな。」
 帰るときは目的があったときだ。そう思いながら、テーブルに近づくとそこには香子や他の女性と男性が数人。見たことのない人もいるのは、おそらく他の課の人たちだろう。
 その中に長井の姿はない。長井は前の課の所にいるのかもしれないと思いながら、清子はそのテーブルに近づいた。
「お、君が徳成さん?」
 小太りの男が声をかけてきた。色が白くてどことなく雪だるまを想像させるような男で、笑うと目が無くなる。人は良さそうだった。
「経済誌の井上。よろしく。」
 それを受け取ると、そこには井上昇と書いてあった。
「徳成です。」
「いやぁ。パソコン関係に詳しいって聞いてさ、ちょっと相談もあったんだけど。」
「はぁ……。」
「井上さん。こんなところで仕事の話しないでよ。徳成さんがその話しだしたら止まらないしさ。」
 人をなんだと思ってんだ。そう思ったが、黙って清子はその酒を徳利に注ぐ。すると井上もそのお猪口を手にした。
「あ、飲みますか?」
「日本酒好きなんだよ。でも一番は焼酎かな。」
「芋ですか?」
「麦かな。徳成さんは臭いの好き?」
「割と。変わったところだとそば焼酎とかも美味しいですよね。」
 酒の話も止まらない。清子は酒を井上に注ぎながら、少し笑っているように見えた。
「この国の酒は海外でも今流行っててさ。ヨーロッパの方では日本酒がブームらしい。」
「ワインではなく?」
「ヘルシーだそうだよ。」
 酒にヘルシーがあるのだろうか。そう思いながら、清子はその酒に口を付けた。しまった。甘口の酒だ。冷や酒の方が美味しかったかもしれない。そう思いながら清子はまた酒を注ぐ。
「日本酒といえばさ、酒の鍋って言うのがあるよな。」
「酒の鍋?」
 清子は不思議そうに晶に聞く。すると晶は少し笑いながら、清子に言った。
「日本酒で鍋をするんだよ。沸騰させればアルコールが飛ぶから子供でも食えるし、出汁もとらなくて美味い。」
「へぇ……。今度してみよう。」
 ぽつりと言った言葉に、今度は一緒に食べれないだろうかと晶は内心思っていた。
「井上さんの所は、あまり飲み会しないって言ってましたね。」
 香子はそう言ってワインを口に運ぶ。
「経済誌はね、やっぱりこう……世の中の流れとかさ、常にアンテナを張っていかないといけない。飲み会をするのはかまわないけど、飲み会にかまけて情報遅れのことを載せたら、読者は離れていくから。」
「エロ本もそうですよ。女優の人気はあっという間だから。」
「そうかもしれないね。エロ業界も今は敷居が低くなったと思うよ。軽い気持ちで、小遣い稼ぎに出演する人も多くなったんだろう?」
 その言葉に香子の胸が痛くなった。自分もそうだったから。目がくらむような金に、香子は人前でセックスをしたのだ。唯一良かったのは絡んだ男優にインタビューをすることもあったのだが、男優はそのことを一言も話すことはない、イケメンだったということだけ。
「後悔している人も多い。ネットに流れれば消えることはないですからね。」
「確かに。……お、ネットって言えばさ。徳成さん。」
 酒を注いで居た清子に井上が声をかける。
「どうしました?」
「いやさ……。AVとかじゃなくて、ほら、今過激な動画とかをSNSにアップして笑いを誘う奴がいるだろ?」
「あぁ。ウケると思ってんのかね。」
 晶も呆れたようにそれを聞いていた。そして目の前にあるつまみを口に入れる。
「ある食品会社の従業員が、そこで雇っている知的障害のある男を冷凍庫に閉じこめて一、二時間放置していた画像が出回ってるんだ。」
「一時間も?冷凍庫ってどれくらい温度があるんですか?」
 香子も驚いてそれを聞いた。
「業務用の冷凍庫だから、マイナス三十度とかそんなものかな。そこに薄い作業着一枚で放置してたらしい。顔色が変わって全身が硬直していた。それを笑ってる動画だ。」
 すると清子はお猪口を手にしたまま、首を傾げる。
「……ひどいですね。何でそんなこと……。」
 香子は口を押さえてそれを聞いていた。しかし清子は冷静に言う。
「そんな画像が出回ったら、会社にも責任問題が問われます。でも謝罪会見を開いたというニュースもない。ということは……。」
「隠蔽しようとしたらしい。おそらく明日くらいにはニュースに出るだろうね。」
「出ちまえ。出ちまえ。そんなことを隠蔽するような会社は、潰れればいいんだよ。ほら、清子。寿司でも食えよ。」
「ナチュラルに、名前を呼ばないでください。久住さん。」
 だが清子は箸を持つと、その寿司に手を伸ばした。
「そのせいでその会社の株は大暴落だ。あー。俺の所、そこの会社の特集をしようと思ってたからなぁ。」
「何で?」
 当然のことだろう。そんな会社のどこがいいのかわからない。
「障害者の雇用に力を入れてた会社だからね。モデルケースにもなると思って。でもまぁ……他の記事にするしかないな。今から考えないといけないから、正月もあるかどうかわからなくなってきたし……。」
「経済情報誌なら、株とか、そんなモノの特集じゃないんですか?」
「今は雑誌で見るよりは、ウェブで情報は得られる。あまり意味はないんだよ。その辺は徳成さんがわかってるでしょ?」
「そうですね……。株なんかは日々変動しているから。ウェブで情報を仕入れた方が良いかもしれません。」
 そういったことにはあまり関心はない。だがさっきの井上の言葉に気になることがあった。
 障害者の雇用に力を入れている会社。そしておそらくこういった会社に取り上げられるのは、株式で上場している会社だろう。
「あの……井上さん。」
「何?」
「その会社名。わかりますか?」
「あぁ。瀧本食品。」
 その名前を聞いたとき、清子の手が震えた。それを晶は見逃さなかった。表情には現れていないが、動揺している。
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