不完全な人達

神崎

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遺書

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 「pink倶楽部」のオフィスにやってきて、清子はパソコンをスリープ状態から立ち上げる。相変わらずSNSは荒れていて、アイコラが出来ないようにしているのを不満に思っているユーザーからクレームが来ているのだ。だがそれだけではない。既存のAV女優のファンからも、「プリントアウトをしたいが出来ない」というメッセージが届いていた。
 ソフトを買えばいいのに。清子はそう思いながら、SNSをみていた。その中に、一つ気になるものがあって手を止めた。
「……。」
 史が清子のデスクの前を通ったのをみて、清子はヘッドホンをはずすと史に声をかける。
「編集長。」
 その声に史は思わず足を止めて、清子のデスクに近づいた。
「最近、引っ越したことを誰かに言いましたか。」
「え?」
 驚いて清子のパソコンをのぞき見る。すると、そこには史が住んでいるマンションの近くで史が女性と一緒にいるところをみたという書き込みがあった。画像も添えつけられていて、そこには朝早くマンションから出てくる史と聖子の姿がある。
「……。」
 誤解をされるような画像だろう。世の中にはどんな誤解をされても良いが、清子には誤解をされたくない。そう思って清子を見下ろす。
「徳成さん。ちょっと来て欲しいんだけど。」
「んー。すいません。この上の書き込みもチェックしたいです。」
「……後ででも何とかなるから。」
 そう言って無理矢理でもつれだそうとした。そのとき香子が史に近づいてくる。
「編集長。新しい女に手を出したんですか。」
「違うよ。」
「でも噂になってるらしいですよ。背の高い女性と、一緒のマンションを出てきたって。」
 SNSをしている香子もそれに気が付いて、史に声をかけた。詳細をみたのか、疑いの目で史を見ている。
「寮だよ。隣の部屋に住んでるんだ。村山さんは。」
 その言葉に今日は納得したようにうなづいた。別に同じマンションに住んでいて、同じくらいに家を出るなら不自然ではないだろう。
「へぇ……人事部も何で女性を隣に据えたのかしら。」
 おそらく堀の思惑だろう。堀は清子の印象が良くない。元々は史とつきあっていたのだ。今は既婚者かもしれないが、つきあっていた史が清子とつきあっているのがおもしろくないのだろう。
「やっぱり、寮を変えてもらおうかな。」
「え?引っ越したばかりなのに?」
 清子がそう言うと、史は少し笑った。
「面倒なんだよ。秋まで我慢すればいいかと思っていたけど、居合わせたように毎朝絡んでくるしね。」
「編集長はもてるからなぁ。」
「一回くらいやっとけばいいのに。ほら。アスリートってあっちもいいんだろ?」
 男たちの言葉に史は少し苦笑いをした。
「もう三十五の中年だよ。そんなに性欲旺盛ってわけではないから。」
「そう?俺、風俗行ったら三回は抜くよ。」
「風俗は元を取らないとな。」
 笑い話になっているが、やはりあまり気持ちが良いものではない。清子はどう返すかと頭を悩ませているようだ。
「どっちにしてもプライベートのことですからね。あまり関わらないように警告文を出します。あと画像は、削除してもらいますね。」
「大丈夫かな。一瞬でも出たものは保存されないか。」
「それは覚悟してください。でも……公開されてまだ三時間くらいですし、画像の詳細を押している人もそんなに居ませんから。」
「いっそ、徳成さんと撮られれば良かったのに。」
 香子は呆れたようにそう言うが、史はそっちの方が良かった。そっちの方が、清子に「恋人」だと堂々と言えるだろうから。
「どちらにしても、私は秋には居なくなりますし。」
 清子はそう言ってまたパソコンの画面に目を落とした。気にしていないのだろうか。女が隣に住んでいて、何も感じないのだろうか。
 自分は清子が倒れたあの日のことを後悔している。どうして晶に丸投げをしたのだろうか。無理をしてでも清子の側に行けば良かったと思う。
「あぁ……そうだった。編集長。」
 ヘッドホンをつけようとした清子が、デスクに戻り書けた史に声をかける。
「何?」
「いつでもいいのですが、夜時間がとれるときがあれば少しおつきあいをいただきたいのですが。」
 清子から誘われるのは初めてかもしれない。さっきまでの鬱蒼とした気持ちが、急に晴れやかになる。
「そう?いつでも良いけど。」
「……私に合わせますか?そうですね……明日の夜、都合をつけてもらって良いですか。」
「良いけど……何かあった?」
 すると清子はコーヒーのカップを手にしてそれを飲む。そのカップに見覚えがあった。東二のところのコーヒーだ。
「夕さん?」
「えぇ。謝罪したいことがあると。」
 今更何を謝罪したいのだろう。謝罪しても何をしても、死んだ人は返らないというのに。

 画像はすぐに消されたが、史への質問が後を絶たない。前に遊んだことはなく、恋人としかセックスをしないと宣言したのだ。なのに女といる画像が出てきたことで、「嘘つき」だという声が多くなってきた。
 どうしたものか。清子はため息を付く。そのときオフィスに晶が戻ってきた。
「ただいまっと。」
 そういってデスクに自分のバッグを置く。そしてちらっと清子の方をみた。何か難しいことを考えているのだろう。眉間にしわが寄っている。
「なんかあった?」
 隣に座る男に話を聞くと、晶は納得したようにうなづいた。
「寮にいるとそうなるわな。隣の部屋が男だろうと女だろうと、関係ねぇし。」
「……徳成さんが一番堪えていると思うよ。」
「何で?」
「そりゃ、恋人が別の女と写っている姿を撮られてんだ。気分は良くないだろう。その写っている女ももう少し配慮すりゃ良かったのにな。」
「ふーん。誰?その写っている女って。」
「うちの会社と新聞社が合併して出すスポーツ雑誌の編集長になる女。」
「がちがちの元アスリートかな。」
「らしいぜ。サッカーをして、もう少しで代表に選ばれるくらいだったらしいから。」
「新聞社の方の社員か。」
「あぁ。今はサッカーの記事を担当しているらしい。」
 その言葉に晶は首を傾げた。
「名前何て言ってた?」
「……何て言ったっけ。」
 すると史が視線を二人に合わせた。手は動いているが無駄話だと思ったのだろう。
「久住。加藤さんの邪魔をするな。」
「へー。でもさ……その女って何て名前?」
 何も聞いてない。史はため息を付いて、晶に言う。
「村山さんだ。」
「村山聖子か。」
 すらっと出てきた名前に、史が驚いたようにして晶を見た。
「知り合いか。」
「んー……。まぁ、ちょっと出てくるわ。話付けておいてやるから。」
 晶は立ち上がると、清子のデスクへ近づいた。そして手をひらひらと目の前で降ると、清子はヘッドホンを取った。
「清子。とりあえず対処はまだしなくていい。こっちから一度編集長は宣言をしているんだ。嘘ということを主張すれば、水掛け論になるし、小さな火種が火事になる。俺から話をしておいてやるから、一時間待って。」
 そういって晶は煙草と携帯電話を持つと、オフィスの外に出ていった。
「人脈かな。」
「黙らせるようなことが出来るのか。あいつに。」
 清子はその言葉を聞きながら、晶の背中を見ていた。だが清子も立ち上がると、史の方を見る。
「トイレへ行ってきます。」
 トイレなんかじゃない。だが史までオフィスを離れられないだろう。ぐっと拳が握られる。
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