不完全な人達

神崎

文字の大きさ
244 / 289
香水

243

しおりを挟む
 店を出ると史は家に帰って行く。その後ろ姿を見て、晶は頭をかいた。意外な話だと思う。きっと清子のところに行くのを嫌がっていたはずなのに、晶にも来て欲しいといったのは苦渋の決断だったに違いない。
 それだけ今は史も仕事しか目に入っていないのだ。清子をおざなりにしていないのか。だったら自分が見てやるのに。晶はそう思いながら携帯電話を取り出す。
 家があるアパートへ戻りながら、電話をした。
「もしもし。まだ起きてた?うん……飲んでるな……。無事に帰ったみたいで良かった。まだ居る?そっか……。ふーん。」
 清子は家にいた。パソコンの前で多分晶が理解できないことをしているのだ。
「今からそっち行っていい?話があるんだよ。ん?タクシーでも何でも行けるから。」
 すると清子は、ため息を付いていう。
「ビール買ってきて下さい。」
 その言葉に晶は意外そうに呟いた。
「来るなっていうかと思った。……信用されてんな。俺。」
 晶はそう言ってきた道を引き返す。いっそ代行にしようかと思った。そっちの方が、そのまま会社に行けるからだ。

 コンビニで買ったビールを片手に、晶は清子の家を訪れる。チャイムを鳴らすと、すぐに清子が出てきた。
「本当に来たんですね。」
「あぁ。話があるって言っただろ?ほら。ビール。」
 受け取って清子はその袋をのぞき見る。
「発泡酒じゃないんですね。そっちでも良かったのに。」
「ビールの方がうまいじゃん。」
 部屋は暖かい。エアコンが利いているのだろう。晶はジャンパーを脱ぐと、すぐに清子の体を抱きしめた。
「あー。ずっとこうしたかった。」
 清子の顔が赤くなる。そしてその体に腕が回った。
「ん?嫌がらないの?」
「嫌がったらますますするから。」
「わかってるな。ほら、上向いて。」
 晶はそう言って清子の唇にキスをする。だがすぐに清子は顔を逸らせた。
「どうしたんだよ。今更恥ずかしがるなって。」
「恥ずかしいというか……話があるって言ってたから、先に聞きたいと思って。」
「良い匂いがするな。風呂入った?」
「えぇ。」
「髪が下りてる。そういうのも良いな。」
 本当だろうか。髪を下ろすと何となく病的に見えて、あまり好きではなかった。
「飲むか。」
「飲んできたんですよね。」
「あ、何で飲んでるの知ってたんだよ。」
「史から聞いたから。たぶん、私に相談するんじゃないかって言われてたんです。まさか今日来るとは思ってませんでしたが。」
 史の差し金か。あっさり部屋にあげたのも、そのためだったのだろう。そう思うと少し微妙だ。
「つまみはいりますか?簡単なモノだったら用意ができますけど。」
「お前、飯は?」
「食べましたよ。」
「だったらいいよ。飲んできてつまみで腹は膨れてるから。」
 とは言っても何か口寂しいだろう。清子はキッチンへ行くと、冷凍しておいた空豆を解凍する。塩ゆでにしていて、そのまま豆ご飯にすることが出来るのだ。
「だったら話聞いてるか。」
「えぇ。史はずっと悩んでましたから。新規の事業ですし、失敗は出来ないと思ってたんでしょう。なのにスタッフは気心知れた人ではなく、初めて会う人ばかりでしょうし。」
「だから半年くらい煮詰めるんだけどな。」
 ビールの缶を開けると、清子はそれを口に入れる。
「……そんなに恐れることはないと思いますけどね。」
「どうしてそう思う?」
「私はずっと一年とか半年ごとに仕事場が変わってました。春に「初めまして」と出会って、一年後には「さようなら」です。それまでに結果を出さなければ、居た意味がありません。」
「だろうな。」
「それまでに会った人もみんな初めての人ばかりです。人間性なんかあとからですし、まずはどれだけ仕事が出来るのかを見極めるのが重要になる。」
「それはお前の個人プレーで何とかやってきたからだろ?」
「……そうなんですかね。」
「十人十色で、どんなヤツがいるかわからない。人間性は重要だ。外面が良くても、内面でくずのヤツって結構居るから。」
「女性には多いですね。」
「まぁな。」
 空豆の皮をむいて、口に入れる。少し青臭くて美味しい。塩加減がちょうどいいように思える。
「明神が行ってくれるのが一番良かったよな。」
「明神さんが?」
「あいつあぁみえて、コミュ力高いから。合コンばっかしてたのも、それが目的だろ?恋愛の駆け引きで、人間性がよく見える。」
 すると清子のビールをもつてがテーブルに置かれた。
「だったら私はくずですね。」
「清子。」
「……史にきっと気づかれた。」
 その言葉に晶は驚いたように清子をみる。
「どうして?」
「史と相手をしていたとき、私はどうしてもあなたを重ねてしまった。何度、あなたの名前を呼びかけたか。」
「……。」
 意外な言葉だった。晶もビールを置くと、清子の方をじっとみる。
「……苦しくて。こうして話をしているだけでも苦しいんです。」
「清子。」
「ごめんなさい。変なことを言って。」
 清子はうつむいたまま、席を立った。そしてティッシュを手にする。その姿に晶は後ろから清子を抱きしめた。
「泣いてる?」
「……。」
「泣かせてばっかだな。俺。」
 清子は晶の方を見ると、涙を拭う。
「私は史が好きです。でも……あなたのことも忘れられない。ずっと……心のどこかで引っかかってました。」
「俺は好きだけど。」
「……。」
「編集長の次で良いよ。」
「駄目。そんなこと出来ない。そんなに器用じゃない。」
「清子。」
 清子は晶の体を押しのけると、首を横に振った。
「帰って。やっぱり……駄目です。忘れないといけない。お互いに。」
「清子。俺は忘れない。」
「……晶。あき……。」
 強引にキスをする。そして唇を割ると、そのまま舌を絡ませた。その間にも、清子の目からは涙がこぼれる。
「清子。俺の……このときだけ。俺のモノに……。」
「駄目。」
「わかるまで何度だってしてやるから。」
 何度もキスをする。その間にも清子の手が抵抗していたのに、やがてその手が体を包んだ。
「いい加減認めろよ。俺のことも好きだって。」
「……そんなに……。」
「清子こっち見て。」
「……。」
 その目が合うと、その眼鏡を外した。そしてそのままキスをする。
「晶……。」
 胸に抱いたまま、晶は少し笑う。
「わかった。」
「何が?」
「好きなんだろ。言わなくてもわかった。」
「都合のいい……。」
「だったら違うのかよ。」
 すると清子は胸に抱かれたままいう。
「心臓、飛び出そう。」
 その言葉に晶は思わず笑い、ぎゅっと抱きしめた。
「風呂。沸いてる?」
「うん。」
「入ってきていい?」
 そのとき、部屋のチャイムが鳴った。その音に、二人は体を思わず離す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...