不完全な人達

神崎

文字の大きさ
258 / 289
別離の条件

257

しおりを挟む
 電車の通るガード下に屋台通りがある。電車が行き交い、あまり会話を楽しむようなところではないのはわかっているが、最近は電車もそこまでうるさくはない。
 四人は一件の屋台に目を付けると、そこに入っていった。
「四人いけますか。」
「あいよ。」
 広めの座席に、数人の男たちがもう出来上がっている。ビールや日本酒のつまみは、鉄板焼やその片隅にあるおでんらしい。
 史の隣には清子が座り、その隣に晶と香子が座る。
「お酒はビールと焼酎と熱燗ですか。」
「鉄板焼って焼きそばとかもあるの?」
「良いねぇ。焼きそばつまみにビールも合うよな。」
 晶の言葉に男たちが苦笑いをする。
「若いこの考えてるような焼きそばじゃないよ。ほとんど肉なんか入ってないんだから。」
「だろうね。清子はどうする?」
 史は清子にそう聞くと、清子は鉄板焼の隅にあるその食材に驚いたように見た。
「猪肉。」
「あぁ。知り合いの漁師が、今日は猪がとれたって。食べるかな。お嬢さんの考えてるより堅いし、獣臭いよ。」
 鉄板の向こうにいるスキンヘッドの中年男性がそう言う。
「食べ慣れてます。塩と胡椒だけでいただけますか。あと、ビールを。」
「珍しいな。お前、肉をがっつり食べたいなんて。」
「鹿も美味しかったでしょう?ほら、三上さんの家の親父さんが、いつも猟をしてて。」
「あぁ。うちももらったことがある。鹿は刺身だろ?」
「ですよね。」
 史はその会話に苦笑いをする。牛や豚などとは違い、野生の肉なのだろう。そんなものは食べたことがない。
「イノシシとか鹿って、ジビエってやつ?」
 香子が不思議そうに聞くと、晶が少し笑う。
「お洒落に言うとそうなるかな。」
「ジビエは食べたことないな。」
「フレンチには良くある食材だな。でもほら、こっちでもジンギスカンとかぼたん鍋とかあるじゃん。」
「そうだね。ジンギスカンは食べたことがあるよ。」
 史はそう言ってビールを受け取った。
「お姉ちゃんと、お兄ちゃんは田舎の出身か?」
 すると清子は少し笑う。
「えぇ。海辺ですね。でも山も近くて、畑を荒らしに良くイノシシとかが出るようなところです。」
「なるほどね。じゃあ、海のものもまた舌は肥えてるな。どう?今日、マテ貝があるけど。バター焼きにでもしようか。」
「良いねぇ。ビールが進むわ。」
 晶はそう言ってビールを口に入れる。
「あたしおでん食べたい。卵と、大根をください。」
「あいよ。」
 わいわいと言いながらいろんなものを摘んでいた。だが清子は、相変わらず酒ばかり飲んでいる。熱燗がお湯のようだと、店主は呆れたように清子を見ていた。
「お嬢さん。あまり食べないで飲むと気分が悪くならないか。」
「特には。」
 来たときと同じ顔色をしている。だが心配なのは、晶の隣にいる香子だった。焼酎などは飲み慣れていないのだろう。
「ウーロン茶にしておくかな。お嬢さんは。」
「そうする。」
 後ろではラジオが流れている。春川が書いた小説がドラマになるらしい。
「ドラマ化か。」
「これって遊郭の話じゃなかったかしら。」
 香子はそう言ってウーロン茶を口に入れた。
「面白かったです。この話。でも濡れ場がほとんどだから、地上波ではどうなるんでしょう。」
 清子はそう言うと、少し首を傾げた。
「深夜枠だよ。でも抑えめにはなると思うよ。でも意外だな。明神さんもこういう小説を読むの?」
「んー。あまり小説は読まないんだけど、ほら、達也って言う男優が面白いって進めてきたから、これだけ読んだの。」
「あー。若い男だろ?あいつ今度監督するって言ってた。」
「どんな話にするんだろうな。」
「姉妹ものだって言ってた。」
 三人の会話に、客の男たちが顔を見合わせる。何の仕事をしているのだろう。映像関係なのか。それにしては、他人のように話している。
「みなさんは同じ職場?」
「えぇ。出版社です。エロ本を作ってましてね。」
「エロ?あぁ。昔は良く読んだよ。ほら。あれ知ってる?自販機なんかにも売ってたの。」
「そんなものがあったの?便利ー。」
 香子はそう言って少し笑った。
「コンドームも売ってたな。」
「今でもあるといいのにな。そうすりゃ、もっと性病が抑えられてるぜ。」
 笑いながら話をしているが、酔っているから話が出来るのだろう。だが、三人にとってはそれは日常だった。そしてこれからは、日常ではなくなる。
 不安がないわけではない。全く違う仕事なのだから。変わらないのは清子だけだった。
「主題歌は「black cherry」なんだ。」
 そのバンド名は清子が外国のメタルバンドしか聴かなくても、知っていた。いわゆるビジュアル系に属するような容姿が先行していて、肝心の音楽は二の次と言ったところだろう。特にボーカルの女性が人気だ。
「こいつ等一度会ったことがあるわ。」
 ロックの焼酎を飲みながら、晶はそう言った。
「どんな人たちだった?」
 ミーハー気分で香子が聞くと、晶は少し笑っていう。
「んー。姿で売っている感じがするからどうなんだろうって思ってたけど、結構しっかりしていたな。元々学生の時とかに組んだバンドとかじゃなくて、元々あったバンドを引き抜いて作ったバンドなんだろう。だからかな。あまりお互いに干渉せずって感じ。けど音楽には容赦なかった。」
「あくまで音楽を作るために着飾っているんだろう。この程度の音楽だったら、掃いて捨てるほどある。何かしらの特徴がないと生き残れないのは、どこの世界も同じだね。」
 史が居たAVの世界も同じだ。顔が良いだけでは飽きられるし、何かしらの特徴がないと生き残れないのは女優も男優も同じだった。
「男優の世界も?」
 香子が聞くと、史は少し笑っていった。
「そうだね。昔は気持ち悪い男が綺麗な女優と絡むのがはやった時期もあった。今は、だいぶ細分化されている。その中でもやはり際立っているのは、エ○メンかな。花柳君は今年も売れるんだろうな。」
「写真集を出すって言ってたわ。久住は指名されない?」
「別の奴が撮るんだろ。俺、写真集とかはあまり好きじゃねぇし。」
「どうしてですか?」
 不思議に思った。写真集とかだと、カメラマンの腕が一番発揮される場ではないのかと思うから。
「あれ、すげぇ作るんだよ。メイクして、着飾って、とっても納得しなきゃ修正するし、あんなもん自然体でも何でもねぇよ。」
 自然物をずっと撮っていた晶にとって、それは違和感だった。
「綺麗に撮って欲しいなら、そこまで作り込んでこいって言いたい。」
「厳しい。久住に撮られる人は、そこまで要求に応えないといけないのね。」
「仕事なら撮るけどさ、本音はそんなもん。」
 一番撮りたいものはまだ撮れていない。清子の笑顔だった。晶は清子の笑っている顔が好きだったのだ。愛想笑いではない、素直な笑顔を見たい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...