不完全な人達

神崎

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ゴーストライター

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 駅の裏手の片隅にある黒い建物。まだ新しいらしく、薄暗い店内とカウンターバー、テーブル席もあるが、奥には個室がある。別料金でそこを借りることが出来るらしい。
 清子たちはそこにはいると、ひょろっと背の高い男性の店員が部屋の説明をしてくれた。
「三時間の貸し切りと言うことで宜しいでしょうか。」
「はい。」
 清子がそういうと、男性は表情を変えずに言う。
「隣の部屋も使用可能です。ではメニューがおきまりになりましたら、お呼びください。」
 そういって店員が部屋を出ていく。よくある居酒屋やダイニングバーとは違って、ちゃんとしたドアになっていて外に声が漏れることはないだろう。しっかりした店だと思った。だが晶は立ち上がって、その隣と言われた部屋のドアを開ける。
「うわっ。ここ、床があるのかよ。」
「床?」
 清子も驚いてその部屋をのぞき見る。広めのベッドがほぼ占領するような狭い部屋だった。その枕元には、ティッシュやコンドームがおいてある。
「ラブホテルみたいですね。」
「そういう店なんだろ。料亭とかではよくあるけどな。現代風にしたらこんなもんなのかもしれねぇ。」
「部屋代だけでも高いと思った。」
 食事の設定は普通だが、部屋を取ると結構な値段になる。だがこういうところしか空いていなかったのだ。今は歓送迎会の時期だからかもしれない。
「使うことはねぇな。三人でするならともかく。」
「しないですよ。」
 バカじゃないのだろうか。そう思いながら清子はテーブル席にまた戻る。
「何か飲むかな?あっちの方はビールが美味しかった?」
「えぇ。それからジンギスカンを。」
「羊って美味いよな。」
 晶と行動をずっとともにしていたのだろうか。仕事内容は二人とも全く違うので、仕事以外ではずっと居たのだろうか。そう思うとやるせない気分になる。
 やはり無理をしてでも、自分も行けば良かったと思った。
「編集長だって美味いもん食べたんだろ?」
「あぁ。山菜とか川魚が美味しかったかな。鯉のあらいも久しぶりだったし。」
「川魚はでも怖いよな。ほら、H道であった食中毒もあったことだし。」
 その言葉に史の手が少し止まった。清子たちが止まる予定だったホテルで、食中毒があったのだ。食事付きを予約していたはずなので、もし清子たちが口にしていたら、今頃食中毒になって苦しい思いをしているはずなのだから。
「私たちが泊まる予定だったホテルですよね。そんなところに行かなくて良かった。」
 手に持っているメニューを見ながら、清子はそういって生のモノを避けようかと思っていた。
「でもさ、おかしいよな。」
「どうしてですか?」
「あぁいう所って、そういうことがでないように超徹底して食材なんか扱うはずなんだよ。特に腹の所なんか虫が多いし、出さないって所もあるんだけど。」
「……。」
「何でわざわざ出したのかねぇ。」
「他の国から来ている選手も多かった。だからまずいモノを出せないと思ったんだろう。」
 あくまで自然に、史は晶にそういった。真意に気づかれないようにと。
「魚はお腹のところが脂がのってて美味しいですからね。」
 あまり興味はなさそうだ。過ぎたことはどうでもいいのだろう。
 飲み物と食事を頼むと、史は一息付いたようにポケットから煙草を取り出す。そして隣に座っている清子を見下ろした。いつもと変わらないように見えるのにどことなく色気がある感じがするのは、晶が居るからだろうか。そして自分に後ろめたさがあるからだろうか。
「史。」
 清子はそういってまず手紙を取りだした。それは清子の父親である徳成清吾が書いたモノだった。蝋で封をされていた手紙は、開封された跡がある。それは清子や晶が読んだことを意味するのだろう。
「父の本籍地には、父の教え子という女性と子供が住んでいました。その方が、いずれ私がここを訪れると思う。そのときに渡してほしいと言われたモノのようです。」
 それを手渡されて、史はその封筒を開こうとしたときだった。
「お待たせいたしました。」
 外から店員の声が聞こえる。先ほどの店員が、長いグラスに入ったビールを三つもってきたのだ。そして突き出しだと、タコとわかめの酢ものを置いてでていった。その間、史はその手紙をさっとテーブルの下に隠す。
 そして店員がでていったあと、改めて手紙を開封する。
「ゴースト?」
「はい……。世の中には、プロと言われるバイオリニストが多数居ますが、その中にはもう弾けない、思うように音が出せない方もいらっしゃいます。その方の代わりに、父はバイオリンを弾いて居るみたいです。」
 先ほど合った和服の男が父親であれば、確かにそういうことをしそうだ。首元のあの黒い入れ墨。この国はまだそんなに入れ墨に寛容ではない。と言うことはあまりまともな職に就いていないのは、納得できる。
「大学で講師をしていたんだろう。教え子が居ると言うことは。」
「そうですね。でも……その方……安西さんとおっしゃっていましたが。」
 安西の名前に思わずビールを噴きそうになった。せき込んだふりをして、おしぼりで口を押さえる。
「どうしたんだよ。編集長。」
「むせただけだよ。最近酒続きでね。」
「ではこれ一杯にしておきましょうか。」
 口ではそういったものの、ここにはここの美味しそうな日本酒がある。また今度飲みに来ればいいかと、今日はそれを諦めた。
「その安西さんがどうしたの?」
「父が講師をしていたのは数年間だけで、あとはH道にあるオーケストラでコンマスをしていたらしいですが、それも一年でやめたみたいです。そのあとの消息はずっと不明でした。」
「……だったら、そのあとからゴーストをしていたってことかな。」
「おそらく……。」
 そのとき、ドアの向こうで店員の声がした。すると史はその手紙を清子に返すと、タコの酢ものにまた箸をつける。
「ポテトサラダと味噌田楽です。」
 取り皿を分けられて、また出ていく。
「あと何頼んだっけ。」
「鶏もも肉の炭火焼きが食べたいと言ってましたよね。」
「あーそうか。あと揚げ出しだっけ。」
 ポテトサラダに箸をつけると、どうやら手作りのようで潰しきれていないジャガイモの食感がする。
「ゴーストをしているのだったら、その所在を知るのは難しいな。どこかの録音スタジオとか……。クラシックが録音できるところは限られているのかもしれないけど。」
 史はそういうが、清子は首を横に振った。
「どうしたの?」
「社長が連れていってくださるそうです。」
「社長?どこの?」
「「三島出版」のです。」
 やはり社長と会っていたのか。社長がH道へ急に行くと言っていたので変だと思っていたのだ。
「……すべては父の手の平の中で動いていたことです。だからその真意を知りに、明日、父に会いに行きます。」
 真意とはどういうことだろう。史には想像が付かなかった。
「明日?」
「ゴーストライターの件で出版業界が揺れています。今は文学作品だけに目が向いている。それがチャンスだと思ったのでしょうか。」
 すべてが清吾の手の平の中で起こっていることなら、これくらいはするだろう。おそらく清子のことなどみじんも思っていない。自分が楽しめることしか考えていない人物なのだろうから。
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