不完全な人達

神崎

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ゴーストライター

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 次の日。清子は晶とともに、O区にある住宅街にいた。澤村という社長の秘書から、連れてこられたのはこの土地だった。
 その一角にある三階建ての建物は、狭いがおしゃれな建物に見える。灰色の建物で、コンクリートが打ちっ放しだ。
「一階はカフェか?」
 女性が一人で切り盛りしているカフェに見える。あまり広くない店内で、コーヒーの匂いが外にまで香る。
「二、三階は住宅ですが、一階は店舗の方が良いと。」
「そこまでして隠したいんですね。」
 清子はそういって周りをみる。普通の住宅街だ。自転車で子供を前後に乗せた女性が、走っていくのをみた。
 店のドアを開けると、女性が澤村を見て少し笑った。
「いらっしゃいませ。澤村さん。」
 若い女性だ。背は高いが、細身で顎のラインに切り揃えられた黒い紙が印象的だった。
「コーヒーを飲まれますか?今日の焙煎は出来が良いですよ。」
 すると澤村は少し首を横に振った。
「清吾さんにお会いしたい方がいらっしゃるんです。」
 すると女性は清子たちの方を見て、少し笑った。
「清吾さんにお客様は珍しいですね。今日は早く起きていらっしゃるみたいでしたから、あとでコーヒーをお持ちしますね。」
「お願いします。」
 そういって三人はカウンターの奥へ足を進める。二階へ行くには外階段を使うようだが、地下があるらしくそこへ行くにはキッチンの奥へ行かないといけないらしい。
「厳重だな。」
「表に出てはまずいので。」
「あの……先ほどの女性は?」
「あの方は何も知りませんよ。ただの喫茶店の主人です。それにご主人もいらっしゃいますし、お子さんもいらっしゃいます。」
 夫婦でここを借りているらしい。危ない橋を渡っていると思うが、何か信用されている理由でもあるのだろう。
「地下ですから、足下に気をつけて。」
 そういって澤村は清子たちを気遣う。そして狭い地下に通じる階段を下りて、すぐにドアがあった。そこをあけると空気清浄機の音がした。そして思ったよりも明るい。
 よく学校の音楽室などにありそうな穴の空いた壁。マイクスタンド、パソコンやシンセサイザー、スピーカー、ミキサーなどなど音楽スタジオがそこにはあった。そして片隅にあるのが、ベッドとテーブル。そして壁に掛けられている着物。その着物に見覚えがあった。
 そうだ。これは史と冬山祥吾と飲みに行ったとき、祥吾が着ていたものだ。やはりここには父が居るのだろう。
 そのとき向こうのドアが開いた。そこにはジーパンとシャツ姿の男が出てくる。白髪交じりの細身の男だ。目が細く、まるで蛇のようだと清子は思った。
「あぁ……もう来てたのか。今起きたんだけどな。」
 ぼさぼさの髪は、身なりに気をつけているとはとうてい思えない。ジーパンも色あせすぎて、今にも破れそうだ。
「……初めまして。清子です。」
 清子はそういって男の前に立つ。すると男は少し笑った。
「父親だよ。間違いなくね。」
「……大した父親ですね。」
「清子。いきなり喧嘩を売るな。」
 晶はそういって清子の腕を引く。
「話があるんだろう?コーヒーでも飲みながらするか?」
「あとで持ってきますよ。」
「澤村さん。あんた持ってきてくれないか。それから、置いたら出ていって。清子。そこの端にいすがあるからそこに座って。」
 パイプいすだ。あまり客が来ることはないのだろう。

 コーヒーが三つ運ばれ、澤村は一階に上がっていった。上の女性と話しもあるのだろう。だが女性に走られてはいけない話なのだから、気をひいたという可能性もある。
 そう思いながら、清子はそのコーヒーに口を付けた。こんなにおいしいコーヒーを飲んだことがあるだろうかという位、良い香りがする。
「美味しいだろう?コーヒー。」
「えぇ。若いけれど、良いバリスタですね。」
「どこだったか……温泉街で、コーヒーメーカーが出しているカフェをしてた女だ。高校生の頃から、ずっとバリスタの勉強をしていたらしい。」
 つまり引き抜いてここでコーヒーを入れさせたのだろう。どこが絡んでいるかということがわかればたやすいことだ。
「さてと……清子の前で回りくどいことを言っても仕方がないな。」
「……私がここにきたのが、あなたに会いたかったからなどと言うことではないのはわかって言うでしょう?」
「あぁ。その男のためだろう?」
 晶の方を見て清吾は少し笑った。
「あの人殺しの弟だな。そう言われるのが嫌で、海外に出たのか?」
「そうじゃない。」
「だったら写真で結果を出せなかった、ただの負け犬だな。」
「……。」
 確かにそうだ。海外を放浪して写真を撮っても評価はされなかった。逆に自分が小さく見えたのを覚えている。だから「三島出版」に入社したのだ。
 自分が求める写真よりも求められる写真を撮ろうと思った。
「……喧嘩は売らなくて結構です。」
「売っているとばれたか。」
「最初から喧嘩腰ですから。」
 ずいぶん頭の切れる女に成長したようだ。「三島出版」の社長が、自分の娘ではなくても会社に入れたいと言っていた理由が何となくわかる。
「ここにきた理由は一つです。村上組の幹部に所在をはっきりさせろと言われました。それで、晶を見逃してくれるそうですから。」
「そんな話を信じているのか。」
「相手の希望を聞いて答える。それでも不満だったら相手の弱みにつく。」
「あっちのネタもつかんでいるということか。情報を操る身として恐れ入るものだ。」
「……何か頼まれているのですか。」
「何……。大したことではない。村上組がしているところの音が欲しいと言ったところだろう。」
 やはりそうか。清子はコーヒーカップを置いて、清吾をみる。首元に竜の入れ墨が見えた。史が夕べ会ったのはこの男に間違いはないだろう。
「本当にゴーストをしていたんですね。」
「あぁ。バカな奴らだよ。ほら、また一人死んだ。」
 席を立ってパソコンを起動させる。そしてインターネットのニュースを二人に見せた。それは隣の国のバイオリニストが、ビルの屋上から飛び降りたというのだ。
「……。」
「ゴーストを雇っていたという罪悪感で、自殺をする人が多いと聞きます。」
「正直になれない人間の見栄がそうさせるんだろう。」
 確かに正直に「難聴になって楽器が弾けなくなった」といえば済む話だっただろう。治療によって回復する見込みもあるし、復帰できるかもしれなかったのにそうさせないのは、やはり清吾の言うように見栄なのかもしれない。
「不完全だな。皆。完璧であろうとするから完全にはなれない。清子。君もそうなのだろうか。」
 清子は首を横に振る。
「完全な人など居るでしょうか。」
「……。」
「私にも隠したいことの一つや二つはあります。」
「ほう……たとえば?その隣の男とのことか?」
「言いたくないことをほぼ他人のあなたに言う必要はないでしょう?でもあなたが隠していることは、私にはだいたいわかりますから。」
「なんだろうか。」
 すると清子は少し笑って清吾に言う。
「あなたが本当に私の父であるという証明はない。」
 その言葉に清吾の表情が初めてひきつった。まさか何を知っているのだというのか。
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