テロリストと兵士

神崎

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 銘が部屋にいれば、彩が来ることはない。もちろん愛に会うこともない。だが愛はあくまで「客」としてなら店にやってくる。彼と会えるのは、わずかな時間しかない。それでも彼は会いにやってくる。
 だが彩はあくまで累の部屋にしか来ない。そして累の部屋には銘がいる。それが不満なのだ。
「いつ出て行くんだ。」
 彩はいつもそう聞くが、一、二日といっていた銘の滞在は一週間を過ぎようとしている。
 その夕方。銘は出かける支度をしていた。仕事が終わって二階に上がってきた累は少し不思議そうな顔をして彼女に聞く。
「どこへ行くのですか。」
「情報を仕入れて欲しいって、不本意だけどカフェへ行くわ。」
「大丈夫なのですか。その……ストーカーは。」
「あなたと一緒にいけばいいって、彩が言っていたわ。なんなら始末しても良いって。」
「……いいのですか。」
「そうね。あとの処理はこちらでするから、やるだけやればいいって言ってた。あぁ。それから累にはそれを着て欲しいって。」
 銘が指さした先には、洋服があった。それは男のモノだと思う。
「男装をしろと?」
「えぇ。着たら教えて。ウィッグつけるから。」
 ため息を付いて、彼女はベッドルームへ向かい服を脱いだ。胸をつぶすための下着だろう。それを身につけると、上から白いシャツとじーーぱんを履いた。そして黒のブーツがある。
「これでいいのですか。」
「えぇ。さ、椅子に座って。」
 ダイニング用の椅子に座り、髪を器用にまとめられた。そのとき彼女の手が止まる。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない。」
 無防備な姿だ。このまま彼女の首を切ることも出来るだろう。だがそれは許されない。きっと彼女を殺したら、彩は銘を殺すだろう。少しため息を付いて、彼女はその頭にネットをかぶせる。

 赤ちゃんがいるだけで、部屋は乳臭い気がする。藍はそう思いながら、周りを見ていた。一人で住むには贅沢な家だと思う。だから称の家には、メイドが何人かいるのだ。そして数日前、一人のメイドがやってきた。それは男の子を連れている。
 おそらくその子供は、称の子供だ。
 まぁかれが幸せならそれでいいのだろう。藍はそう思いながら、紅茶を口に運んだ。すると部屋に称が封筒と包みを持って現れた。
「待たせたな。」
「あぁ。」
 向かいのソファに座り、メイドが紅茶をいれる。そしてその部屋から出ていった。
「城で話せなかったのか。」
「落ち着かないか?」
「お前の家は広すぎてな。」
「お前らしいよ。」
 彼もそう言って紅茶に口を付ける。
「で、何のようだ。俺に仕事を休ませておいて。」
「どうせ休みだろう。そう聞いている。どこかへ行く予定だったのか。」
「まぁな。」
 仕事が休みなら、累の所へ行きたかったがどうやら累の所には居候がいるらしく、外でしか会えないと言っていた。それでもいいと思うが、彼女が遠慮するかもしれない。
 どこか彼に遠慮しているところもある。それはきっとパトロンのせいだろう。
「どうした。」
「何だ。用事は。」
「あぁ。これなんだが。」
 透明なビニールにいれられた黒い皮の手袋だった。赤の兵にも暗殺者がいる。そのものたちが使っているモノによく似ていた。
「何だ。これは。」
「鼠の落としたものだ。」
「鼠?お前は鼠と対峙したというのか。」
 その話は初めて聞いた。驚いて彼は立ち上がる。
「あぁ。」
「どんな奴だった。」
「小さな奴だ……まるで……。」
 女のようだ。そして累によく似ている。とは言えなかった。」
「心当たりでもあるのか。」
「……子供のようだと思った。」
「子供?」
 子供ならあの背丈はうなずける。
「それから、ナイフを落としていった。これだ。」
 称は脇に置いている包みを開き、ナイフを差し出した。すると藍は首を横に振る。
「俺が鼠と対峙したときは、違うナイフを持っていた。」
「どんなものだ。」
「見てみるか。」
 彼はバックの中から、包みを取り出す。そして彼の前に差し出した。それは明らかに違うモノだった。
 称が持っていたのはごく普通のナイフであり、これは投げることも出来る暗殺者用のナイフだった。
 対して、藍が持っていたのはもっと戦闘用のモノであり、かなり特殊な形になっている。かなり力のあるものではないと使いこなせないし、殺傷能力はこちらの方が上だろう。
「おかしいな。」
「どうしてだ。」
 おそらく鼠は寺に紫の家臣がいたことを知っていた。そしてそれを守るようにと赤の兵士がいたことも知っていたに違いない。なのにこんなナイフを持っていたというのがおかしいのだ。
 対して藍が持っていたナイフは特殊だった。殺傷能力を考えると、そうしてこんなナイフを売春宿に持ってきたのだろうか。
「兵よりも売春宿の用心棒の方が腕が立つと思われているんじゃないのか。」
「舐められたものだ。」
 舌打ちをして、彼はナイフを持ち上げる。ずっしりと重く、子供や女では扱えそうにない。なのに鼠はそれを普通のナイフのように扱っていた。ということはやはり小柄な男であるのかもしれない。
「それよりもこちらの方が重要だ。」
「何だ。手袋のことか。何か証拠でも付いていたのか。」
「あぁ。内々に、この手袋の内側に付いていたモノを全てチェックしてみた。指紋や皮膚がついている可能性がある。だが……。」
「どうした。」
「指紋はなかった。」
「焼いているんだろう。そう言うことをする奴もいるからな。」
「ではない。血液も付いていた。もちろん殺された奴らの血液が数種。それから……人間ではないモノの血液が付いていた。」
「人間ではない?なんだそれは。猿か、狼か、そんなモノの血液か。」
「違う。からかうな。調べてもらったデータを見るか。」
 差し出されたその封筒を開く。するとそこには「生物ではない何かの血液が付着」と書いてあった。
「生命ではない?生命ではないのに血液なのか?」
「おそらく……あの噂が本当ではないのか。」
「ヒューマノイドか。」
「あぁ。鼠がヒューマノイドを作っていたという証拠にならないんだろうか。だとしたら国にとっても驚異だ。」
 割と当たっていたのかもしれない。鼠がヒューマノイドを作っていたというのは。そしてそれが人を殺しているという現実。
「本格的に鼠狩りをしなければいけないな。」
 藍はぎゅっと拳を握る。
 そうだ。怒れ。そして鼠を狩れ。そのとき藍は、絶望するのだから。
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