テロリストと兵士

神崎

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 彩はおそらく両親を累に殺されたと思っている。だから累を恨んでいるのだ。
 皮肉な話かもしれない。
 彼女が憎いかもしれないのに、彩は彼女を抱いていたのだ。道具だというように。
 国家の為だと鼠の指示をし、そして鼠のせいにしようと鼠の模倣の片棒を担いでいた。
 それが全て累への恨みのためだと思う。
「……。」
 城を出た累は藍の手を握ったままだった。そうでもしないと自殺でもしそうだと思う。
「大丈夫?累。」
 さすがに舞も心配そうに累を見ているが、何の反応もない。こんな状態で、隆に彼女を渡していいのだろうか。隆を心のより所にしていたのかもしれないが、隆はそれを理解できるのだろうか。
「舞。悪いが隆を港まで連れてきてくれないか。」
「彼って今、あなたの自室にいたかしら。」
「あぁ。待っているはずだ。」
 後ろ髪を引かれるように舞は二人を置いてスラムへ向かった。ここに入ったのは昼間だったが、もう太陽は沈みかけている。その光景も彼女は見ることはない。
 おそらく彼女が由教授夫妻を殺したのは五歳。彩は十歳ほどだったはず。彼女が殺したとすれば無意識に殺したとしか思えない。だが殺したのは事実だったかもしれない。しかもそれは彩の前で行われた行為だ。
「……もしも……。」
 港まで歩くその道すがら。彼女はぽつりと言葉を発する。
「え?」
「もしも……感情が無くただ殺すだけの殺人用のヒューマノイドだったら、セックスをするだけの愛玩用のヒューマノイドだったら……こんな気持ちにはならなかったでしょうね。」
「累。」
 繋いだ手に力が入る。そうしなければ彼女はこの坂道を転がるように降りていき、戻ってこない気がした。
「せっかく……感情があって……こんなに幸せなことがあるだろうかって思っていたときなのに……。好きな人といれることがこんなに幸せなのかって思ってたのに……。」
「累。まだ真実じゃない。」
「いいえ。私が殺したんです。」
「殺したとしても、それを指示した奴がいる。そいつを恨め。」
「……藍さん……。」
 彼女はやっと彼をみた。
「銃も、核兵器も、人を殺すためにあるのだろう。だがそれを使うのは人間だ。その道具に何の罪があるだろうか。」
「……。」
 慰めにならない。結局道具なのだと言われているようだ。
 彼女のそんな気持ちを知ってか知らずか、それでも彼はその手を離さない。せめて隆が来るまではその手を離したくなかった。
 港にやってきて、少しすると舞が隆を連れてやってきた。隆の顔色もあまり良くない。心配していたのだろう。
「累。」
「……ありがとうございます。迎えに来てくれて。」
 こんな時でも礼がいえるのだ。思わず隆は彼女を抱きしめる。だが彼女は男装したままで、周りからじろじろと見られていた。
「隆。その辺にしておきなさいな。」
 舞はそう言って二人を引き離す。
「隆。今日は一緒にいた方がいい。それから……何とかして彩には会わせない方法はないだろうか。」
「無理だ。同じ職場で、毎日顔を合わせているのだから。」
 それもそうだ。だったらその職場を辞められないのか。だがそれも無理だろう。キッチンは二人だと言っていた。一人で出来る仕事量ではないのだろう。
「累。厳しいだろうが、これも仕事だ。」
「……。」
「相手が自分の両親を殺した殺人犯でも、金を置いて帰るからには客なんだ。それに対して俺らは提供しないといけない。彩だってそうだ。奴も酒を作りながら、楽器を弾いて報酬を得ている。居づらいから、辞めるという選択は後々後悔する。」
「はい……そうですね。」
 頭を撫でられて、いつもの表情を彼女は徐々に取り戻そうとしていた。
「牧師か。あいつは。」
「厳しい世界なのよ。職人さんなんだから。さてと……あたしこのまま仕事いくわ。」
「悪かったな。舞。」
「いいの。久しぶりに第一兵隊のお客さんを誘うことも出来たし。」
 舞はそう言ってそのまま病院の方向へ向かう。彼女の職場は花街より少しはずれたところにあるからだ。
「さてと……俺らも帰るか。」
 すると隆の手を累が引く。
「どうした?」
「今後のことを……話しておきたいです。」
「累。」
「ターゲットは決まりました。どうやって彼女を始末付けるか。これからはその問題になります。」
「累。今日はいい。今日はゆっくり休んだ方がいいから。」
「藍さん。」
「焦るな。馬鹿が。こういう事はじっくり作戦を立てないと、行き当たりばったりでは自分が馬鹿を見る。累。焦ってすれば失敗するリスクの方が高くなる。そうなったときの周りの影響を考えろ。自分一人でしているんじゃないんだからな。」
 今度は藍がそう言いだした。その答えに彼女はぐっと言葉を詰まらせた。
「今日はゆっくりしていろ。俺も仕事に戻るから。」
 本当は仕事は済ませてきた。そう嘘を言わないと自分が惨めになりそうだ。傷ついている好きな女に何も出来ない自分がいたから。隆が来た時点で自分の役目は終わったのだ。そう自覚すると彼女から離れないといけない。自分のためにも累のためにも、そして隆の為にも。
「……藍さん。」
「どうした。」
 累は帰ろうとした藍に声をかける。その手には隆の手が握られている。それを見たくなくてわざと視線を逸らせたのに。
「……おそらく今度のことは、あなたの協力が必要になります。」
「家臣ではなく王の側近のことだ。ある程度コネがないと無理だろうしな。」
「しかし厳密にいえば、あなたは鼠に荷担することになりますが、それでいいのですか?王家に仕える身として、あなたが私に荷担するのは自分の首を絞めることになりませんか。」
 立場の話をしているのだろう。そんなことを気にしていないのに、彼女はそれの心配をする。
「好きで側近をしているわけじゃないし、構わない。」
「しかし……。」
「厳密にいえば、俺は期間限定の側近だ。それが終われば一介の兵士に戻る。もっとも……それも終われば辞めるつもりだが。」
「……え?」
「側近にならないかと言われたのは、俺が先の黄の国との戦争であっちの大将の首を取ったからだ。その腕を買われて、鼠を狩るために側近にならないかと言われた。もっとも……王の話で、それが表向きの理由だと言うこともわかったが。」
 鼠を指示していたのは王だった。その王が鼠を捕らえろと藍に指示していたのは、違和感があるのだ。
「藍さん……。」
「死ぬかもしれないと言うのは、俺も同じだ。累。俺が死んだら、花でも添えてくれ。」
「……。」
 そんなことを答えれるわけがない。彼女の手がぐっと握られた。
「藍さん。それは俺も同じですよ。」
 隆はそう言って彼をみる。
「自覚は全くないけど、あんたにそういうことをしたのは、おそらくあんたの立場だと思います。」
「……。」
「先代の王の子供だったあんたの場合はそれが明るみにでてるから狙われている。でも俺はおそらく行方不明になったいるんだと思います。だから狙われていない。でも俺のことも明るみにでたら、俺もあんたと同じ立場ですよ。」
 すると隆は彼女の手を離し、彼に言う。
「俺が死んだら、累を頼みます。」
「弱気だな。お前も。」
 少し笑い、藍は隆と視線を合わせる。
「累とあんたが一緒にいるとき、あんたは累の話をあまり聞こうとしなかったんじゃないんですか。今度はしっかり聞いてやって下さい。聞いて理解できるのが人間ですから。」
 すると彼は少し笑って彼に言う。
「わかったようなことを言う。」
 そういって三人は別れていった。お互いの道を歩むため。だが行き先は一つだった。
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