テロリストと兵士

神崎

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 胸に触れてくる手が、累の気持ちを高ぶらせる。徐々に顔が赤くなり、吐息が漏れてくる。
「んっ……。」
 藍の大きな手では手持ちぶさたになるだろう。だが彼はそれを止めない。
「累……ずっとこうしたかった。俺のものにしたかった。」
「あなたのものじゃない……。」
 シャツをまくり上げられて、下着越しに胸に触れてきた。
「……駄目……。」
 彼女はそういって手を掴む。だがそれを止められない。下着の中に手を入れてついに直接胸に触れてきた。
「んっ……。」
「ここもう立ってきてる。」
 彼はそういってその乳首に触れて来ると、それだけで体の中から熱くなりそうだった。
「駄目です……。」
 そのときぎゅっとその先を摘んできた。痛みの中に、快感が襲ってくる。
「あっ!」
「声が大きいな。信が起きるかもしれない。」
 起きるわけがない。なのに声を抑えてしまう。
「やめてください。」
 彼女はそういって無理矢理彼の手を引き抜いた。最後の理性だったのかもしれない。
「……累。」
「やめて……。これ以上は、強姦です。なぜ女性で生まれたのだろうと、後悔してしまいます。」
「累……。」
「私も……あなたを忘れようとしています。隆を思いながら、あなたの影を追うこともあるんです。でも……愛してくれるから。人形だ、代わりは沢山いるからとずっと言われていたのに、彼は違った。だから大事にしたいんです。」
「俺だってそうだ。お前は、お前しかいないだろう。お前の代わりはいない。」
「いいえ。違う。あなたは……それ以前に、私を殺そうとした。それに私も殺そうとしたんです。」
 首を横に振り、彼女は彼の体を押しのけるように遠ざけた。だがそのうつむいている顔から、涙がこぼれている。
「今は同じ目的があるから……行動をともにしているだけです。これが終われば……立場的にもあなたは私をとらえないといけないでしょう。多くの人を殺してきたのですから。」
 だがその手を彼は重ねる。そしてぎゅっと握った。
「俺はお前を殺せない。お前もそうじゃないのか。」
「……。」
「あのとき、俺はお前を殺そうとして躊躇した。殺せたのに。お前も俺を殺せたはずだ。なのに殺さなかった。」
「……私は……。」
「累。俺はまだお前が好きだ。お前がそんなに奴のことを想っていても、俺はお前を忘れられない。女々しいかもしれないがな。」
 彼はそういって彼女の頬に手を添えた。泣いている彼女の涙を拭う。
「お前の方が前を向いているのかもしれない。だが……俺は……。」
 首を横に振る。もう誤魔化せないのかもしれない。
「私は……隆にあなたの影を重ねていたこともあるんです。だから……私もまだ前を向けていないのかもしれません。」
「……。」
「あなたにここで転ぶのは、とても簡単かもしれません。でも……裏切れません。」
「そうだな。そんなに器用には見えない。俺もそれには自信がある。」
「……藍さん。」
「恋愛なんかあまりしたことがなかったからな。三十五にもなって何をしているんだと、いつも竜から言われている。」
「竜……あぁ。一度お会いした方ですね。」
「今は第三兵隊の隊長だ。」
「そうだったんですか。」
 すると彼はその手を離すと頭をかいた。
「そんなことを言うつもりはなかったんだがな。」
「え?」
「兵のことを鼠にベラベラ話してどうする。」
「……それもそうですね。聞かなかったことにします。」
 彼女は少し笑い、ふと信の方をみる。彼は静かに眠っているようだった。
「このまま……バス停へ行きます。」
「荷物はそれだけか?」
「はい。」
「あぁ、そうだ。累。まだ少し時間があるな?」
「えぇ。どうしました?」
「ちょっと俺の部屋に来てくれ。」
 そういって彼は部屋を出ていく。そして彼女も部屋を出ると、彼は鍵をかけた。そして自分の部屋に入っていくのをみて、彼女もまた入っていった。
 彼はバッグの中から、刀身を布でくるんだナイフを取り出す。
「これをいつか返そうと思っていた。」
 それを受け取り布をとる。それは彼女のナイフだった。特徴的なナイフで、彼女にしか扱えないだろう。
「ありがとうございます。」
 それをリュックにしまうと、彼女はそのリュックを背負った。
「累。」
「はい?」
「この部屋を出たら……もう考えなくていい。だがこの部屋にいるときだけ、正直になって良いか。」
「……。」
 その意味がわかり彼女はうつむいた。これ以上、何も答えられないと思っていたから。だが彼は彼女に近づいていく。そしてうつむいた彼女の顎に手を添えた。
「累。俺はお前を忘れられない。」
「……。」
 私も忘れられない。そう言いたかったが、それに答えることは出来ない。だが彼女はその体に腕を回した。
 彼女の行動に答えるように、彼は少しかがむと彼女の体を抱きしめた。
「累……。」
 このまま浚ってやりたい。そう思えば思うほど抱きしめる力が強くなる。この柔らかく温かいものを離したくない。
 馴染みのある体だった。隆よりも少し大きな体で、体を抱きしめてくれる。
 少し体を離すと、彼女は彼を見上げる。そして彼も彼女を見下ろした。徐々にその距離が近づき、吐息が唇にかかる。
 柔らかいものが唇に触れて、彼は彼女の頭を支える。そして再び唇に触れると、その唇を舌で割る。
「んっ……。」
 水の音が耳に響く。離れるのが惜しいように、離れてもすぐにまた重なった。彼女の腕が彼の首に回り、彼女もまた離れたくないと言っているようだった。それがまた彼をかき立てる。
「累……。」
 唇が離れて、彼女はまた彼の体に体を寄せる。そしてすっと体から離れた。
「もう行かないと……。」
「信から聞いたことは……店で言うから。」
「そのときは隆も一緒に聞きます。」
「わかってる。」
 そして彼女はドアの方へ向かう。そしてそこをあけると部屋を出ていった。
 彼は壁にもたれ、深くため息をはいた。これでもう彼女とこうすることはないのかもしれない。今度こそ失恋したのだ。
「どこにでもある……かもしれないな。」
 失恋も生きていくうちに人生の糧になるかもしれない。だが彼にとって彼女は一人で、もう二度とあんな女に会うことはないかもしれないのだ。
 彼は首を振ると、少し眠ってすっきりした頭を奮い立たせた。昨日は仕事にならなかった。その分、今日しないといけない。まずは通訳を捜すところから始めないと。
 そう思いながらテーブルの上にある散らばった資料を手にした。
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