或る殺人者が愛した人

神崎

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新しい 道

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 社長が騒ごうと何をしようと、メディアは「東雲」の小説を賛美した。「映像化」してもいいかという話まででている。
 しかしその一方であまりにリアルな内容と、類似している事件が多すぎることから、「実話」ではないのかという声も挙がってきている。
 特にその声はインターネットの中を中心に大きく上がっているように思えた。
 関係ない事件を取り出す人も多かったが、勘のいい人は私の両親の事件までたどり着いた。それを見て私はニヤリと笑う。
「証拠はない。だけど、こんなところまでは「彼」も手を出せないよ。」
「この本は誰がなんて言っても出版するわ。」
「俺は真実を書いただけだ。もし問いただされたら、これを差し出すといい。」
 桐は本の内容を書き、外装を成がデザインし、出版までこぎ着けたのは私。
 そして私はその本を手に、ある人のお墓の前に立った。
 それは両親の墓の前だった。
「お父さん。お母さん。」
 手をあわせる。その空気は静かで、誰もいないようだった。しかし、急に私の首を掴むものがいた。
「お前が高橋志穂の娘だとはな!」
 後ろから首を絞められ、私は本を離してしまった。
「…ぐ…。」
 苦しい。太い指が、私の首を絞めていく。
「…死んでもかまわない。お前のような天涯孤独の輩、死んでももみ消すのなんかたやすいことだ。」
 そのときふっと首の力が抜けた。そして野太い男の叫び声が聞こえる。
「ぎゃあ!」
 振り向く。そこには無様に倒れた中年の男。そして…成と桐がいた。
「成!貴様!裏切るのか!」
「裏切る?最初からあんたの言うことなんか聞く気はないよ。」
 バカにしたような成の表情。
「…あんた、人を死なせすぎたんだよ。」
 成は男の胸ぐらを掴む。その男を私はよく見る。
「小林社長…。」
「…俺の書いた話は、すべて真実だった。」
 桐はそう言って、手に持っているファイルを彼に突きつけた。
「それは…。それをどこで!」
「気をつけるんだな。あんたが下書きしたその紙は、あの後進国の売春婦が持っていたぜ。」
「…何だと?」
「筆跡を調べさせてもらったよ。」
 そしてその後ろから、一人の男がやってきた。それは内海さんだった。
「…言い逃れはできませんな。小林さん。」
「…くそ!すべてはあの女だ!あの高橋志穂め!ワシのものにならなかった!すべてはあの女が…。」
「詳しい話は、署で聞きます。」
 冷たい音がして、彼の腕に鉄が巻かれた。

 大きなニュースになった。それにしたがって、桐の本はさらに売れるようになってしまった。
 成の会社もますます大きくなり、従業員をまた数人入れるらしい。
 それでも帰ってこないのだ。
 すべてが終わっても彼は帰ってこない。
「笙さん…。」
 真新しい墓の前。私は彼の好きだったチョコレートケーキを供えた。
「あなた以上に好きになれる人はいるのかしら。」
 そのときさぁっと風が吹いた。まるで笙さんが笑っているように。
 今日、私は30歳になる。笙さんの死んだ30代になるのだ。
 すべてが終わり、私は新しい人生を歩む。新しい30代に。
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