彷徨いたどり着いた先

神崎

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ベーシスト

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 四人で駅へ向かいながらも、圭太は少し不機嫌そうだった。原因はおそらく有佐なのだろうと、響子は呆れたように圭太を見ていた。
「あれだな。真二郎の姉さんに似たタイプ。知り合いか?」
 功太郎はそういって、少し笑った。
「姉さんの大学の時の友達だよ。気があって、いつも二人で居たって聞いてる。良く家にも遊びに行き来していたみたいだし。」
 真二郎にとっては思い出深い人だ。それも響子は知っていて、少し笑う。
「真二郎の姉さんよりも強烈に見えるわ。くそ。ジャズが酔っぱらいの音楽なんて、誰が言ったんだよ。」
「ロックがドラッグとセックスだけって言うのも、結構偏見ね。」
 響子はそういって携帯用の音楽プレーヤーを取り出した。すると功太郎がその隣にやってきて、その手元を見る。
「「flipper's」ってないのか?」
「あるけど、聴いてみる?好みによると思うけど。」
 イヤホンを借りて、それを功太郎が聴く。しかしその表情は浮かない。
「これって音楽なのか。」
「そう。ハードロックなんて言うけどね。DJが入っているしシンセサイザーもいるから、ラウドロックに近いのかしら。」
「なんかすげぇぐちゃぐちゃした音楽って感じだ。今度その……来週来る「stars」もそんな感じか?」
「えぇ。でももっとメロディックというか……。「flipper's」もマーティンって人が一時期加入していて音楽が変わったわ。サムって言う人もそうなの。「stars」に入って、やはりDJやミキサーが居ると違うわね。」
「ふーん。やっぱ俺には良くわかんねぇ。」
 すると響子は少し笑って言う。
「そうね。そうやって突っぱねるのも良いかもしれない。だけど、知ってはまることもあるから、音楽はバカに出来ないのよ。」
 その言葉を聞いて、やっと圭太は響子の真意がわかった。ジャズなんか興味がないように見えた。だが興味がないからこそ、知ればはまるかもしれないと思っていたのだ。だからジャズのライブにもついてくると言ったのだろう。
「真二郎。そのうち有佐さんから連絡がくるわよ。」
「年末までいるって言ってたもんね。」
「連絡?」
「あぁ。有佐さんは真二郎がお気に入りなのよ。」
 真二郎の童貞を奪ったのは有佐だった。もっともそれ以前に、真二郎は男とは済ませていたが。それから有佐とベッドをともにしてから女も悪くないと思っていた。有佐が居なければ、男だけしか相手はしなかっただろう。もちろん、響子は別だ。
 そして真二郎と有佐の体の相性は悪くなかった。有佐は性欲旺盛で、露出の激しい格好から軽く遊ぼうという男も多い。だがそのほとんどは朝まで付き合わされて、からからになって朝を迎える。おそらく並の男なら、二、三人居ないと有佐を満足させられない。
 それに真二郎は一人で付き合うことは出来る。そして真二郎のテクニックも、有佐を満足させられていた。つまり体の相性は合っているのだろう。だが功太郎はその話を聞いて顔をひきつらせる。
「吸い取られるのか。想像しただけでぞっとするわ。」
 功太郎はそういうと、真二郎は少し笑って言う。
「そうだね。有佐さんを相手にするときは、多少気合いを入れないと食われそうになるよ。」
 まるでスポーツ感覚だな。功太郎はそう思いながら響子を見上げる。響子は相変わらず興味がなさそうだ。
 功太郎と真二郎とは駅で別れる。功太郎はそのまま家に帰るし、真二郎は別の路線に乗って客と待ち合わせをしている。電車に乗っているのは、圭太と響子だった。
 電車の中に入り、並んでいすに座ると圭太は響子に声をかける。
「なぁ。そのさっきの……「flipper's」ってヤツ。聴かせてくれないか。」
「聴く?興味があるかわからないけど。」
「俺だってちょっとは違うジャンルを聴きたいんだよ。」
 そういって響子は携帯音楽プレーヤーを出すと、イヤホンを圭太に手渡した。そして音楽が流れる。
 外国のアーティストで何語かわからないような歌詞だった。しかも聞き取れてもあまり上品なことは言っていないような気がする。だがその音の厚みはすごいと思った。ギターとベース、ドラムに加えて、シンセサイザーやDJがミックスした音も聞こえる。ベースだって、ベースが居るのにさらに低い音でならしている。一見バラバラに聞こえるが、良くまとまっていてそれに音のずれもない。ずれていてもわざとだ。そう思えるような音楽だった。
 これが好きならジャズは少し気後れするかもしれない。
「いろんな音が混ざってるけど、良くまとまってる音だな。」
「えぇ。」
「スピーカーで聴きたいな。これは。」
「部屋の四隅にスピーカーを置くと、音が飛ぶのがわかるの。ライブになるとまた感覚が変わってくる。ロックフェスだから野外かもしれないけど……。」
 音楽をこんなに語ると思っていなかった。そういえば瑞希が言っていた。響子は舌先だけではなく耳がいいのもあるのだろう。だからジャズを理解しようと思うのは難しいのかもしれない。

 K町に着き、「flipper」の方へ二人が向かっていく。今日は土曜日なので、この町も相当な人出だ。すでに酔っぱらったサラリーマンが、行き交っている。それを誘う女性の姿があり、少し有佐を思い出した。
「あの水川さんって、あんな格好を昔からしてるのか。」
「えぇ。自分のことは隠したくないんですって。だから性欲が押さえられないことを主張したいって。」
「なんだかな。それ。」
 そして「flipper」にたどり着くと、入り口でチケットを手渡す。もうライブは始まっているのだ。
「ワンドリンクフリーです。」
「ありがとう。」
 ドリンク付きとは聞いていなかったが、まぁラッキーだと思って圭太と響子は中に入っていく。今はトークをしているらしく、少し笑いもあった。そのカウンター席に二人が座ると、瑞希は少し笑って言う。
「圭太。悪いな。ベースの蔵本さんが急に来れなくなってさ。急遽違うメンツになってる。」
「あぁ。だからワンドリンクフリーか。」
 ポスターに乗っていた人と違う人がステージにいる。響子はそう思いながら、そのベースの人に目を向けた。ポスターに載っていたのは白髪で髭の男だったが、今ベースの側にいる男は響子よりも若く見える。
「蔵本さんが居ないなら帰るって人も居たんだけど、結構残ってくれて良かったよ。返金しないといけなかったし。」
「あの人、蔵本さんの弟子か何かか?」
「ちょっと違うけど、まぁプロのベーシストだよ。」
 トークが終わり、ドラムがスティックを鳴らす。そして演奏が始まった。
「へぇ。良いじゃん。」
 ビールを飲みながら、圭太はその演奏を聴いていた。そしてちらっと響子を見る。すると響子はビールを持ったまま、少しぼんやりしていた。
「……響子?」
「うるさい。ちょっと話しかけないで。」
 響子の視線はまっすぐステージに向かっていた。そして演奏が終わると、やっと息をついたようにビールに口を付ける。
「あのベース。何なの。」
「え?」
「急遽来た人なんでしょう?」
 瑞希に聞くと、瑞希は少しうなづいた。
「うん。」
「……ドラムとサックスがベースについて行こうとして、必死なのがわかるわ。ちょっと押さえてあげればいいのに。」
 小さなライブハウスだからこれくらいでいいだろう。おそらくドラムとサックスはそう思っていたに違いない。だがベースの男は、そうではなかった。それでなくても実力の差は明らかだ。サックスもドラムもついて行くのに必死だったのだ。
「意地悪な人。でも面白いわ。」
 響子はそういって少し笑っていた。そしてまた次の曲が始まる。
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