彷徨いたどり着いた先

神崎

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二番目

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 公園を通っていると、至る所から声が聞こえる。それは猫が発情したような声だった。だが猫がこんな季節に発情なんかしない。
 道はライトで明るく照らされているが、少し道をそれると藪になる。そこの奥はあまり人がこないので、ホテル代をケチったカップルか露出狂のカップルが茂みに隠れてセックスをしているのだ。それが圭太がこの公園の中に足を踏み入れたくない理由でもある。
 圭太はセックスをしたいときは、まず計画を立てる。レストランへ行って、バーへ行く。そのあとシティホテルに連れて行って、セックスをするのだ。もちろん、その場、その場に合わせたやり方で相手に合わせながら自分のペースへ持って行く。
 その結果、シティホテルをキャンセルしたことだって何度もある。だから衝動的に、こんなところでセックスなんかは論外だった。第一、衛生面なんかどうなのだろう。そう思うと萎えてしまう。
「新山さんは、その……亡くなった恋人を忘れるのに合コンへ来ていたんですか。」
「んー……。いや。ぶっちゃけるとね。人数合わせだった。」
「は?」
 驚いて喜美子は圭太の方を見上げる。
「真二郎って……うちの従業員がさ。」
「あぁ。なんだかきらきらした人ですよね。」
「あぁ。きらきらね。」
 金髪で細くて儚そうな男だ。だからきらきらという表現を使ったのだろうか。
「合コンへ行くのに、女性の方が多いから来てくれないかって言われてね。あまり気は進まなかったけれど、東さんが主催だって言うから断れなくて。」
「去年の企画のことですか。」
「あれでうちの店の名前も売れたし。それに合コンで使ったあそこの料理は美味しかった。」
「そうでしたね。ワインも美味しかったですね。でも今日行ったあのお店も美味しかったです。」
「よく食べたね。」
「そうですか?」
「お酒よりも食事って感じかな。」
 すると喜美子は少し笑う。
「これだから家からはあまり良いように思われてなくて。」
「実家?」
「えぇ。母は、組をまとめるのに必死でした。父は愛人が何人も居て、腹違いの弟や妹なんて沢山居たし、愛人にも子供が居るのは知ってます。その中の人の中に、反グレになったり家に入ったりする人も居ます。でも私はそう言う風になれなくて。」
「……。」
「父は、私を親元の……なんて言ったらいいかな。大本締めの組の若頭に嫁がせるつもりだったみたいなんです。でも……私はその若頭に気に入られなかったし、組の人もそうでした。古い考えなのかもしれないけれど、私には夫のために他の男と寝るようなことは出来ないから。」
「普通の考えだ。うちの父も愛人は何人か居るようだけど、母は黙認している。その黙認するというのは、普通の考え方ではない。」
「そうですね。」
 こういうところも似ている。というか、育った環境も似ているのだろう。同じような環境で育っていたからこそ、喜美子には同情できる。変に卑屈になるのも何となくわかるのだ。おそらくあまり両親や親戚、周りの人たちにはいいように映っていなかったのだろう。それにしてはいい子過ぎるのだ。
 自分だってそうだ。出来が良すぎるからこそ、煙たがられた。だから「ヒジカタコーヒー」の内情を知ったとき、そこを離れる決意をしたのだ。自分はそんなに非情になれないから。
 だからこのカップルばかりの公園で、同情するように喜美子と歩いているのだ。
「……俺さ……彼女が居るんだ。」
 その言葉に喜美子は驚いたように圭太をみる。
「彼女?」
「うん。」
 やっと言えた。圭太の心の中でほっとする。
「死んだ彼女がずっと忘れられなくて、その間でもつきあっていた人が居るけれどどうしても死んだ彼女がよぎった。それを忘れさせてくれたのが今の彼女。」
 喜美子の表情が少し暗くなる。予想もしない言葉だったからだ。
「店の中の人ですか?」
「うん。」
 女は一人しかいない。あのカウンターでコーヒーを淹れていた女だ。無表情で、可愛げが無い。美味しいコーヒーを淹れてくれるだけの女。自分とは違う。死んだ彼女に似ている女ではなく、全く違う女を圭太は選んだのだ。
「真中さんは同情が出来る余地がある。でも俺は……これ以上のことは出来ない。」
「……。」
「駅まで送るから。」
 すると、喜美子はその手に触れた。その行動に圭太は驚いて喜美子の方をみる。つい足を止めてしまった。
「私……二番目でもいいんです。二番目は慣れているし……。」
「真中さん……。」
「もう会わないなんていわないで。嫌いにならないで。」
 ここまで言った人を圭太は知らない。いつも言い寄って、つきあって、別れての繰り返しだった。思わずその顔を見る。必死でつなぎ止めようとしている女の顔だった。
「嫌いにはならない。」
「……。」
「でも好きじゃない。」
 繋いでいる手の力が強くなる。そして喜美子は絞り出すように言った。
「だったら一度だけ……思い出をもらえませんか。」
「思い出?」
「そうしたら、私もあの人に別れを告げられると思うから。」
「利用しようって言うの?」
「そうじゃなくて……。」
 すると圭太は少し笑い、喜美子から視線をそらせる。
「遊びなら良いかもしれない。若い頃はそう言うこともしたことがあるけどね。今は無理だ。」
「彼女が怖いんですか?」
「ううん。一度、そういうことをしようとしたこともあるけど、満足させられなかった。」
 その言葉に喜美子は驚いて圭太をみる。圭太の頬が少し赤い。自分は不全だなど言うのも恥ずかしいかったのだ。
「……。」
「女性はどうなのかわからない。だけど俺には無理だった。真中さんもがっかりするよ。」
「私は……。」
 その手をまだ握っている。そして圭太を見上げた。
「満足できるのかわかないですけど……その……頑張ります。」
 思わず圭太が笑う。まさかそう来るとは思っていなかったからだ。対して喜美子は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。自分の出した言葉に耳まで赤くなっている。
 そしてやはり真子に似ていると思った。真子も同じようなことを言ったからだ。
「ちょっと待っててくれる?」
 圭太はそういって手を離すと、少し離れて携帯電話を取り出した。どこかへ通話をしているようだ。
 その間、喜美子も携帯電話を取り出してメッセージをチェックする。
「もう少し押しなさい。」
 そのメッセージに喜美子はため息をついた。最初は確かに東から言われたことだった。圭太と寝ることで、旦那のことは目を瞑ると。
 だが今はそんなことはどうでも良かった。似たような環境で、気も合って、趣味も似ている。だから急速に惹かれたのだ。
 彼女持ちだとわかっていながら惹かれて、また喜美子は同じ間違いを繰り返すのだ。
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