彷徨いたどり着いた先

神崎

文字の大きさ
191 / 339
裏切り

190

しおりを挟む
 金融会社の社長の母親の誕生日という名の慰労会に見える。そう思いながら、立食でワインを飲んでいた圭太は名も知らない人達に挨拶をされる。おそらく社長の息子だからだ。ただの小さい洋菓子店のオーナーにこんなに挨拶されるわけがないから。
「社長さんにはお世話になってですね。」
 はぁはぁと相づちを打ちながらやり過ごす。それで毎年乗り切っているのだ。
「圭ちゃん。まだ結婚をしていないの?」
 出たよ。口やかましい叔母。それでも愛想笑いをして答えないといけない。
「お婆さまも圭ちゃんだけが結婚されていないのを心配していたのよ。曾孫の顔でも見せてあげれば安心するのに。」
「なかなか縁遠くてですね。」
 ここで響子の名前はまだ出せない。本人にプロポーズもしていないし、その前に結婚したいなど口が裂けても言えない。
「お相手は紹介してもいいのよ。うちの会社にいる子も何人か独身が居てね。若い子の方が子供も産めるでしょうし。」
「そうですね。いずれ。」
 いつになるかわからないいずれだ。そう思いながら、食事を取りに行くふりをしてその場から離れる。そして周りを見渡すが、どう見ても夏子の姿はない。兄がセックスをしたいから呼び出しただけなのだろうか。
 それにしてもこんな場に愛人みたいな、いや、今時ならセフレとでも言うのだろうか、そんな相手を堂々とこんな場に呼ぶ神経がわからない。
 元々兄である信也はつかめない男だ。学生の時も表向きは真面目で一般的な学生に見えたが、妙に会社のモノや会社外のヤクザなんかに顔が利いていたと思う。だからこういう仕事が向いているのだ。
「圭太。」
 その信也が圭太に近づいてきた。何も知らないのか小百合もその後ろを突いてくる。
「子供たちは放っておいていいのか?」
「いいよ。親戚の子供たちと遊んでいる。静子が見ているし、別に問題はない。」
 静子というのは、圭太も信也もずいぶん世話になった女中だった。母は子供のおむつを変えるのすら嫌がる人だったので、ほとんど静子が二人を育てたようなモノだろう。
「圭太さん。お見合いをお断りしたんですって?」
「えぇ。結婚する相手くらい自分で見つけますよ。」
「そんなことを言ってもうお前三十一だろう?そろそろ見つけた方がいいんじゃないのか。」
 真子が死んで六年。だからさっさと次の相手を見つけろとでもいいたいのだろうか。恋人が死んだことの無いような兄は、気軽に考えすぎる。
「恋人はいるからさ。」
「なんだ。居たのか。」
 上っ面の言葉だ。驚きもしない。おそらく誰が恋人なのかもわかっているだろう。
「でも圭太さん。その人って……。」
 小百合が可笑しそうに口を押さえる。すると信也は小百合をたしなめた。
「小百合。止せ。」
 口だけで信也が小百合を止める。その口調に、圭太は不思議そうに小百合に聞いた。
「何かありましたか?」
「いいえぇ。さっき、出て行ったわよね。お婆さまの逆鱗に触れて。」
「は?」
 響子は今ライブへ行っているはずだ。ここへ来ているはずはない。
「誰のことを言っているんですか?」
 その言葉に、今度は信也が焦ったように圭太に聞く。
「あの女じゃないのか。」
 わざわざ見せつけるようにしてセックスをしたというのに、違う女だったのか。信也は心の中で舌打ちをする。
「圭太さん。この場にその恋人は来てないの?」
 対して小百合はいらいらしているようだ。さっきまでの上機嫌が嘘のように感じる。
「まだ結婚したいとも言ってませんから。」
「遊んでいる暇なんか無いからな。圭太。紹介しなければ、勝手にこっちが選んでおくから。」
 そういって二人が離れていく。その後ろ姿を見てやはり響子を紹介したりするのは危険だと思った。何を考えているのかわからない兄だ。それに圭太の中でずっと引っかかっていたこともある。
 そう思いながらグラスと皿を置くと、会場の外に出た。そして携帯電話を手にする。まだライブの途中だろう。連絡は付けれない。
 これが終わったら連絡をしてみよう。そう思いながらトイレへ向かう。すると途中のエレベーターホールで見覚えのある人が居た。
「真二郎。」
 真二郎もまた仕立ての良いスーツを着ていた。おそらくウリセンの仕事に行くのだろう。
「オーナー。ここで誕生会を?」
「あぁ。お前は?」
「この上で仕事でね。」
 上客だと言っていた。おそらく金が有り余って仕方がない男なのだろう。
「そうか。」
「オーナー。」
 真二郎は圭太に近づくと、耳元で囁いた。
「だんだんわかってきたんじゃない?響子とは一緒になれないって。」
 どうして真二郎がそんなことを知っているのだろうか。圭太は焦ったように真二郎に詰め寄る。
「真二郎。何を知っているんだ。」
「俺は何も知らないよ。ただ、ヤクザではないが金融会社。それも代々続く名家。そんな家柄の息子が、一般庶民の響子とは一緒になれないのは明白だと思ってね。」
「そうはさせない。俺は俺の……。」
「甘いよ。オーナー。」
 珍しく真二郎が厳しい口調でいう。
「響子の妹がどうなったかわかっていないの?」
「妹……。」
 AV女優の夏子。それが信也とセックスをしていた。そして祖母に追い出されるようにいなくなったという。それを小百合の口から聞いた。夏子が圭太の恋人だと勘違いして。
「あの子は、多分もう表には出れないね。SMプレイが好きみたいだし、そういうところと契約をすればいいわけだしね。」
「……。」
「夏子がオーナーの恋人だと勘違いをして、そんな目にあった。だったら響子のことがばれたら、響子はどうなるか。」
「……。」
「そんな目に遭わせたら、俺はオーナーをさらに許さなくなるから。」
 真二郎はそういってエレベーターのドアが開いたのを見ると、その中に入っていく。
 どうしたら響子と一緒になれるのかわからない。祖母に気に入られればいいのか。それとも信也に気に入られればいいのか。家に嫁として認めてもらえばいいのか。
 圭太はため息を付いて、トイレへ向かっていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

処理中です...