彷徨いたどり着いた先

神崎

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 この界隈ではイベントなんかがあるとバーテンダーが呼ばれることはある。クラブのバーなんかで淹れるモノは、普段「flipper」で淹れているような酒とは違い、酔えれば良いというレベルで、バーテンダーとしての腕はそこまで求められない。
 それでも瑞希は、「flipper」の大本の会社からわざわざ指名までされてクラブのバーカウンターにいた。「flipper」に居るときとは全く客層が違う。こんなに露出の激しい服を着た女性も、顔のあらゆる所にピアスを空けたり入れ墨があるような男をそこまで普段は見ない。それにこの電子音もあまり馴染みは無かった。
「お、次が天草裕太だな。」
 裕太はあまり知らない。一馬が所属していた「flower children」というジャズバンドのキーボード担当をしていた男で、そのスタイルはまるで踊るようにキーボードを弾くといって目に留まっていた。そしてそれはDJスタイルでも同じらしい。
「あ……。」
 スタンダードなジャズをアレンジしたようなプレイに、瑞希は少し笑顔になる。この男もなんだかんだでジャズの魔力から逃れられないのだろう。
「瑞希さーん。今度ぉ、合コンしましょうよぉ。」
 胸がこぼれ落ちそうな服を着た女が、カウンター越しに瑞希に話しかけてくる。見た目も悪くないしすらっとしている瑞希は、三十代になってもまだモテるのだ。
「俺さ、彼女いるから。」
「えー?彼女ぉ?良いじゃん。黙っとけば。」
 その答えに同じくヘルプ出来ていたバーテンダーの男が、少し笑って言う。
「遊びなら許してくれるって。瑞希さん。」
「いやー。それはちょっと。」
 なんせ浮気をしていて、結婚を遅らせたのだ。今度浮気なんかしたら本気で弥生から捨てられる。もう瑞希の中では結婚するという女は弥生しか考えられないのだ。
「瑞希。」
 女が行ってしまったあと、声をかけた人がいる。瑞希はその顔に笑顔になった。
「弥生。こんな所にどうしたんだ。」
「気になったのよ。ほら、天草裕太のプレイも。良いね。ジャズアレンジ。」
「うん。悪くない。で、そのワンドリンクフリーのチケット持ってるんだろ?何を飲む?」
「そうね……ノンアルコールってあまり無いね。うん。コーラで良いわ。」
「珍しいな。炭酸。」
「暑いもん。ここ。それに……。」
 弥生は気がついていたようだ。どう考えても自分が担当している患者のような感じの人が何人かいる。それにこっそり何か取引もしているのがわかった。
「ねぇ。瑞希。」
「ん?」
「何時までここに居るの?」
「十二時までって言われたよ。それから「flipper」に行って、バイトの様子を見るから……。」
「早く上がれない?」
「どうして?」
「だって……。」
 ここで口には出来ない。自分が気がついていてもこの場で言うのは良くないと思ったし、行って逆恨みもされたくは無い。
「ダイエットコークにしておくか。」
 瑞希はのんきにそんなことを言っている。その言葉に弥生は頬を膨らませた。そしてそのプラスチックのコップを受け取って、瑞希に言う。
「ねぇ……あの人さ……。」
 ここのクラブのバーテンダーをちらっと見る。下唇にピアスを空けた男。その男が客に何かもらっているのが見えた。
「見て見ぬふり。」
「瑞希。」
「関わらないのが良い。ここにはここのやり方があるんだから。それよりもコレを飲んだら、弥生はここを出た方が良い。こんな音楽はあまり興味が無いだろう?」
「そうだけどさぁ……。」
 自分よりも遙かに色気のある女が瑞希に言い寄っているのだ。自分には色気が無くて最近の妹である香にも負けている気がして嫌なのだ。その様子を見て、瑞希は少し笑う。
「良いから。俺は転ばないし……それに、このあと「flipper」にも行こうと思ってる。そこで弥生は待っていると良いよ。それから……今日は帰らなくても良い?」
「功太郎君に香を預けてるのよ。」
「だったら香ちゃんを送ったあとかな。楽しみにしてる。」
 そう言われて弥生の顔が赤くなる。付き合って長くなって、夫婦のようになってもまだその辺は瑞希も強いのだ。こうなると、結婚する前に妊娠しそうだと思う。
 そう思いながら、弥生はしばらく音楽を聴いていた。そしてそれを飲み干す前に男達から声をかけられたが、その全てを断る。そしてからになったコップを捨てると、クラブをあとにしようとした。その時、クラブの階段に駆け上がる男達を見る。

 繁華街の方へ出ると、私服警察官や警察官がうろうろしている。パトカーも数台いるようだ。そして男を捜す。クラブの方へ向かったのだろうか。そう思って響子もそのクラブの方へ足を運ぼうとした。その時だった。
「響子?」
 声をかけられて、振り返った。そこには真二郎と圭太の姿がある。
「真二郎と……オーナー?何でここに?」
 すると圭太は少し首を横に振ると、響子に言った。
「瑞希と弥生が関わってるんだ。気にしない方がおかしいだろ。」
 それくらい友達なのだ。大学の時からの友人でいまだに繋がりが歩かず少ない仲間なのだ。
「真二郎は?」
 すると真二郎は、少し笑って言う。
「確信してたから。」
「え?」
「DJの中にセフレがいてね。もう切ろうかと思ってた相手。」
 体の相性は悪くなかったが、何度も真二郎に薬を勧めてくるような女なのだ。切っておかなければ自分の身が危なくなるかも知れない。
「様子を見ていたの?」
「あぁ。そしたら案の情だ。」
 すると響子は圭太に詰め寄る。そして圭太を見上げていった。
「わかっているなら瑞希さんを何で止められなかったの?」
「仕事だから仕方ないだろう?危ないイベントだってわかってても、上から言われれば行かないといけないのが社会人なんだから。」
 その言葉に響子はため息をついた。こういう会社で働いたことも無い響子には訳がわからない世界だったのかも知れない。
「弥生さんは「flipper」に居るよ。」
「え?」
 真二郎の言葉に響子は焦ったように今度は真二郎を見る。
「瑞希が間一髪で逃がしたらしい。弥生はあの場で検査なんかされたら、病院からクビを言われるかも知れないし。」
「……そう……。」
 一つ安心した。しかし瑞希はあの場に居たのだ。検査をさせられるのは目に見えている。
「瑞希は大丈夫だよ。」
「……そうなの?」
「瑞希は会社に言われて行っただけだ。何の薬の痕跡も無かったらすぐに釈放されるよ。それに自分の意思で行ったわけじゃ無い。責任はそんなイベントにバーテンダーを行かせたっていう会社にあるから。」
 圭太はそう言って響子を安心させた。
 だが圭太には少し不安はある。瑞希には常用している薬があるからだ。それが証明出来るまで、瑞希は釈放というのには時間がかかるかも知れない。
「響子。「flipper」へ行ってみる?」
 真二郎はそう聞くと、響子は少し頷いた。だが響子の携帯電話が鳴る。その相手に、響子は少し微笑んだ。
「もしもし……えぇ。こっちはすごい騒ぎ。お祭りみたい。」
 一馬からだったのだろう。二人はその様子に、心の中でため息をついた。
 響子を二人が思っている。なのに響子は一馬しか見ていないのだ。
「そう……わかったわ。気をつけて。」
 電話を切ると、響子は二人に言う。
「家に帰るわ。」
「え?」
「多分、一つの箱に手入れを入れたって言うことは、ライブハウスとかクラブとかは一斉に手入れが入るかも知れない。そうなったら私は特にだけど……。」
「そっか……。」
 真二郎は納得したように頷いた。
「何だよ。」
「響子には常用してる薬がある。安定剤と睡眠薬。一歩間違えれば麻薬と変わらないからね。瑞希さん以上に疑われると思う。一馬さんはそれを心配したんだね。」
 すると響子は頷いた。やはりこの辺で育っているからだろう。どうすれば良いのかしっかりわかっていた。そしてそれが一馬と自分の差だと言われているようで嫌だった。
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