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二年目
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時計の音だけが鳴り響く部屋で、私は柊さんを待っていた。十時四十五分。ここへ来る気配はない。何度も時計をみる私を嬉しそうに葵さんは見ていた。どんな形で彼を忘れさせようかと考えているのかもしれない。
「きっとお母さんが柊に連絡を入れたと思います。でもこの時間、彼に連絡を取ることは出来ないんです。」
「何をしているのか、葵さんは知っているんですか。」
「えぇ。私も関わっていることです。でもそれを話すわけには行きません。そういう契約をしているので。」
契約?何の契約なのだろう。誰と契約しているのだろう。だけど彼の口調ではそれも聞くことが出来ないのだろう。
私の表情に彼はまた笑った。
「あなたは彼のことなら何でも知りたいとは思わないんですか。」
「……どうして?」
「それを疑問で返されるとは思ってもみませんでしたね。あなたは彼を好きだと思っていた。」
「好きですよ。」
「では彼のことをすべて知りたいとは?」
「思いません。必要なのは過去ではなく、現在でしょう。」
「現在の彼のすべてもまだわかってませんよ。」
確かにそうだ。彼が何をしているのか、何を考えているのか。私にはまだわかっていない部分がある。蓬さんと繋がりがまだあるのか。だったら母にばれないようにこっそり会わないといけないのか。
「必要なことは教えてもらっていますから。」
「では未来は?」
「未来?」
「これからどうするのか。あなたは蓬のところへは行かない。きっとヒジカタコーヒーへ行くのでしょう。茅が誘っていましたからね。私もそれが良いと思います。」
「……まだ決めかねてますよ。」
嘘だ。もう学校へはヒジカタコーヒーで決めていると言っているのに。
「では結婚でもしますか。」
「柊さんと?」
「えぇ。年齢的にもぎりぎりですね。あなたには余裕があるが、私たちにはあなたほどの時間はありません。子供でも出来ればなおさらです。」
「……まだそれはさらに考えてなかった話です。」
「年上の方と恋人同士になると言うことは、そういうことですよ。楽しんで恋愛をする時間はあまりありません。出来れば早い方がいい。だが彼の方にも問題はあります。」
「彼に?」
「えぇ。派遣という仕事はすぐ切られることもありますからね。」
「……それは彼も気にしていたことです。」
「何でもいいので仕事に就いた方がいいのですが……。」
ちらりと時計をみた葵さんは、また笑顔になる。
「あと五分ですね。」
「……。」
やっぱり来ないのだろうか。
私は最悪の場合を想像してしまった。最悪なのは柊さんが来ない事じゃない。彼が私に手を出している最中に、彼が来ることだ。
きっと彼は頭に血が上るだろう。そしてまた何かしらの罪を犯すかもしれない。柊さんの話では葵さんの強さは、柊さんと同じくらいだと聞いている。だから相打ちになるのかもしれない。
だけど私はそんな場面をみたくない。もちろん、それ以前に彼に触れられたくはない。心ではそう思っている。だけど体はゾクゾクする。触れられる期待で喜んでいるのだろうか。
ふとみるとテーブルの上にペン立てがある。ボールペン、マジック、それらの赤。そしてカッターとはさみ。
「自己防衛を身につけた方がいい。」
竹彦の言葉が頭の中を回る。確かにそうだ。そんな強さは必要ないのかもしれないけど、最低自分の身は自分で守らないといけないのだ。柊さんだってずっといるわけじゃないのだから。
「どうしました。ぼんやりして。」
「いいえ。何でも。」
「変な考えはよしてくださいね。」
ばれてる。たぶん私みたいな子供の考えることは、葵さんはすべて見抜いている。ぐっと私は膝の上で拳を握った。
「そろそろシャワーを浴びますか。そのままでも私はいいのですけど。」
「……。」
「事が終わるのは朝までかかりますよ。今日は寝かせないつもりですし。」
「……まだ三分ありますから。」
「そうですね。フライングでした。」
この建物は奥まったところにある。もし柊さんが来ても、バイクでやってくるので、表に止めたバイクの音は聞こえないだろう。
「葵さんは、私の何がいいんですか。」
「……あなたからそんな言葉が聞けるとは思いませんでしたね。柊は何か言ってましたか。」
「柊さんからそんなことは聞いたことがありません。私の周りの柊さんの評価は「おっさん臭い」とか「男臭い」とかそんな印象です。」
「ヒドいですね。」
「しかしあなたは違う。あなた目当ての女性が沢山来るでしょう。」
「最近はあなた目当ての女性も多いものです。」
「それは少し微妙です。女性にもてても……。」
「まぁそうですね。」
「そんなあなたが、どうして私なんかを?」
「自己評価が低いのは勝手ですけどね、私はずっとあなたをみていましたよ。初めてここの店にやってきたとき、あなたがコーヒーを飲んだときの表情をみて、あぁ、好きだと思ったんです。」
そういって彼は席を立った。
「時間ですね。賭は私の勝ちです。」
横目で時計をみる。十一時ジャスト。やはり柊さんは来なかった。無理なゲームだったのだ。
彼は私の手を引き、私を立ち上がらせる。そしてその手にキスをする。
「シャワーはどうしますか。」
「……浴びます。」
「ではタオルを用意しましょう。」
正直絶望しかなかった。悪夢だ。柊さん意外の人に体を触れられるなんて。重い足取りで、私は教えられたバスルームへ向かおうとしたときだった。
バタン!
ドアが開いた。そこには息を切らせた柊さんがいた。
「きっとお母さんが柊に連絡を入れたと思います。でもこの時間、彼に連絡を取ることは出来ないんです。」
「何をしているのか、葵さんは知っているんですか。」
「えぇ。私も関わっていることです。でもそれを話すわけには行きません。そういう契約をしているので。」
契約?何の契約なのだろう。誰と契約しているのだろう。だけど彼の口調ではそれも聞くことが出来ないのだろう。
私の表情に彼はまた笑った。
「あなたは彼のことなら何でも知りたいとは思わないんですか。」
「……どうして?」
「それを疑問で返されるとは思ってもみませんでしたね。あなたは彼を好きだと思っていた。」
「好きですよ。」
「では彼のことをすべて知りたいとは?」
「思いません。必要なのは過去ではなく、現在でしょう。」
「現在の彼のすべてもまだわかってませんよ。」
確かにそうだ。彼が何をしているのか、何を考えているのか。私にはまだわかっていない部分がある。蓬さんと繋がりがまだあるのか。だったら母にばれないようにこっそり会わないといけないのか。
「必要なことは教えてもらっていますから。」
「では未来は?」
「未来?」
「これからどうするのか。あなたは蓬のところへは行かない。きっとヒジカタコーヒーへ行くのでしょう。茅が誘っていましたからね。私もそれが良いと思います。」
「……まだ決めかねてますよ。」
嘘だ。もう学校へはヒジカタコーヒーで決めていると言っているのに。
「では結婚でもしますか。」
「柊さんと?」
「えぇ。年齢的にもぎりぎりですね。あなたには余裕があるが、私たちにはあなたほどの時間はありません。子供でも出来ればなおさらです。」
「……まだそれはさらに考えてなかった話です。」
「年上の方と恋人同士になると言うことは、そういうことですよ。楽しんで恋愛をする時間はあまりありません。出来れば早い方がいい。だが彼の方にも問題はあります。」
「彼に?」
「えぇ。派遣という仕事はすぐ切られることもありますからね。」
「……それは彼も気にしていたことです。」
「何でもいいので仕事に就いた方がいいのですが……。」
ちらりと時計をみた葵さんは、また笑顔になる。
「あと五分ですね。」
「……。」
やっぱり来ないのだろうか。
私は最悪の場合を想像してしまった。最悪なのは柊さんが来ない事じゃない。彼が私に手を出している最中に、彼が来ることだ。
きっと彼は頭に血が上るだろう。そしてまた何かしらの罪を犯すかもしれない。柊さんの話では葵さんの強さは、柊さんと同じくらいだと聞いている。だから相打ちになるのかもしれない。
だけど私はそんな場面をみたくない。もちろん、それ以前に彼に触れられたくはない。心ではそう思っている。だけど体はゾクゾクする。触れられる期待で喜んでいるのだろうか。
ふとみるとテーブルの上にペン立てがある。ボールペン、マジック、それらの赤。そしてカッターとはさみ。
「自己防衛を身につけた方がいい。」
竹彦の言葉が頭の中を回る。確かにそうだ。そんな強さは必要ないのかもしれないけど、最低自分の身は自分で守らないといけないのだ。柊さんだってずっといるわけじゃないのだから。
「どうしました。ぼんやりして。」
「いいえ。何でも。」
「変な考えはよしてくださいね。」
ばれてる。たぶん私みたいな子供の考えることは、葵さんはすべて見抜いている。ぐっと私は膝の上で拳を握った。
「そろそろシャワーを浴びますか。そのままでも私はいいのですけど。」
「……。」
「事が終わるのは朝までかかりますよ。今日は寝かせないつもりですし。」
「……まだ三分ありますから。」
「そうですね。フライングでした。」
この建物は奥まったところにある。もし柊さんが来ても、バイクでやってくるので、表に止めたバイクの音は聞こえないだろう。
「葵さんは、私の何がいいんですか。」
「……あなたからそんな言葉が聞けるとは思いませんでしたね。柊は何か言ってましたか。」
「柊さんからそんなことは聞いたことがありません。私の周りの柊さんの評価は「おっさん臭い」とか「男臭い」とかそんな印象です。」
「ヒドいですね。」
「しかしあなたは違う。あなた目当ての女性が沢山来るでしょう。」
「最近はあなた目当ての女性も多いものです。」
「それは少し微妙です。女性にもてても……。」
「まぁそうですね。」
「そんなあなたが、どうして私なんかを?」
「自己評価が低いのは勝手ですけどね、私はずっとあなたをみていましたよ。初めてここの店にやってきたとき、あなたがコーヒーを飲んだときの表情をみて、あぁ、好きだと思ったんです。」
そういって彼は席を立った。
「時間ですね。賭は私の勝ちです。」
横目で時計をみる。十一時ジャスト。やはり柊さんは来なかった。無理なゲームだったのだ。
彼は私の手を引き、私を立ち上がらせる。そしてその手にキスをする。
「シャワーはどうしますか。」
「……浴びます。」
「ではタオルを用意しましょう。」
正直絶望しかなかった。悪夢だ。柊さん意外の人に体を触れられるなんて。重い足取りで、私は教えられたバスルームへ向かおうとしたときだった。
バタン!
ドアが開いた。そこには息を切らせた柊さんがいた。
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