夜の声

神崎

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二年目

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 あ。やばい。くしゃみでそう。それに肌が痒くなってきた。化粧品が肌に合ってなかったのかも。
「何か頼もうか?」
 側にいた男性に見える女性が、声をかけてきた。
「あ、じゃあコーヒーを……あ。」
 そういえば口紅付けたままコーヒー飲んで良いのかな。わからない。
「ストローで飲めるものが良いわ。」
「氷なしで頼もうか?」
「あ、はい。」
 すると松秋さんにその人は、声をかける。すると松秋さんはコップにトマトジュースを注いで、それにストローを突き刺して渡してくれた。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
 茅さんは、不機嫌そうに煙草を灰皿の中でもみ消した。
「ったく、どこいるんだか。」
「柊にでも頼まれているのか。お前は。」
「別に……。」
「だったら気にしないでいいんじゃないのか。あいつはあいつ。あんたはあんただ。その線引きをしていない限り、柊は永遠にあんたを疑うんじゃないのか?」
「別にいいんだよ。もうヤツには言っているんだから。」
「は?」
「好きだから。」
 すると松秋さんと梅子さんは顔を見合わせた。
「マジで?」
「奪おうっていうの?やめておいた方が良いじゃない?」
「何でだよ。」
 私の手が震えている。それがバレそうでテーブルにトマトジュースを置いた。
「だって……ねぇ。」
「あいつらもう離れねぇよ。あと三ヶ月もしたら、結婚するって言うんだから。」
「まだ入れてねぇ。入れたとしても……奪うことなんか簡単だ。」
「彼女も望んでいてそんなことを言うの?」
「……柊、柊、といつも呼んでいる。そのたびに俺がどれだけ苦しいかわからないで……。」
 私の親指に指輪がある。それは茅さんからもらった指輪に触れながら、その指輪に想いが詰まっていそうな感覚がした。
「……さっきあなた南米の方へ行っていたって言ってたかしら。」
「あぁ。」
「その調子で、もう一度世界へ行けばいいのに。そしたら他の人も見れるんじゃない?」
「そのときは桜も一緒に連れて行く。」
「お前なぁ……。」
「連れて行きたいと思ってた。コーヒーが出来るところ。世界のカフェ事情とか、そういったものを桜に見せてやりたいと思っていた。」
 顔を見合わせる、梅子さんと松秋さん。思ったよりもしっかりした考え方だったし、思ったよりも現実味があったので何も言えなくなったのだろう。
 かえって彼らがやっていることがお節介に思えてくる。
「で……お前等知ってるんだろ?」
「は?」
「どこに行ったんだ。桜は。」
 すると梅子さんは、顎で私の方を指す。すると茅さんはこちらをみた。そして急いで近づいてくる。その頬が赤く染まっている。
「お前……黙って聞いてたのか。悪趣味なヤツだな。」
「気が付かなかったんでしょ?」
「バカが。」
 照れ隠しのような台詞を吐かれ、私は立ち上がると梅子さんの方へ向かった。
「ごめん。梅子さん。ちょっと脱いでいい?」
「どうしたの?」
「肌が痒くて。」
「化粧品が合わなかったのかしら。でも今日合わせられて良かった。大晦日、二十二時くらいにいらっしゃい。茅さんだって来ても良いのよ。」

 店を出ると、もうすでに回りは暗かった。冬の夜は早足でやってくるから。
 茅さんは私の手を引いて、すぐ側の駐車場に連れてきた。そこには見覚えのある赤い車がある。それに乗り込むと、彼は住ぐにエンジンを付けなかった。そして私の手をぐいっと引くと、後ろ頭を支えられ唇を合わせてくる。
「抵抗しないのか。」
 軽く唇が触れて、額を合わせてきた。
「……複雑なのよ。」
「何が?」
「柊さんも、葵さんも、あなたも、私のことを考えてくれているのが、嬉しいのだけれど……。」
「柊だけに縛られている感じがするのか。」
「……幸せよ。彼に抱かれてると。でも……不安になる。このままで良いのかって。」
「桜。愛されている自信はないのか。」
「あるわ。でも世界が小さく縮こまってしまう気がする。それで満足して良いのかって思う。」
 すると彼は額を離し、後ろ頭に置かれた手をはずした。そしてエンジンをかける。
「おっと、その前に胡桃さんに連絡をするか。」
「何?」
「今日は帰さない。」
「帰りたい。」
「冗談だよ。まぁ、帰っても良いけどな。その前に付き合って欲しいとこがあるんだよ。」
 そういって彼は携帯電話を取り出した。私もバックから携帯電話を取り出すと、着信をみた。茅さんからの着信が何件かはいっている。
「ストーカーっぽい。あいたっ!」
 すると彼は私の頭をぽんと叩いた。
「誰のせいだよ。バカ。あ、もしもし。胡桃さん?」
 母さんの声が大きくて、何をたぶん文句を言っている。でもその途中で切ってしまった。そして電源まで切ってしまう。
 すると今度は私の携帯電話がなった。相手は母さんだと思い、通話ボタンを押そうとした。すると彼はその携帯電話を取り上げる。そして着信を拒否した。
「やめてよ。私が拒否したみたいじゃない。」
「お前は柊に連絡をしろよ。」
「何で?」
「柊には、俺といると言うな。そうだな。お前の友達の向日葵といると言え。」
「向日葵の?」
「そう。向日葵の家に泊まるとか何とか。」
「泊まらせるつもり?」
「そう。」
「バカじゃないの?帰るわ。」
「泊まりがけじゃないと行けないところだからだよ。お前のためだ。」
「わけを話してくれなきゃ、私のためだと言っても信用できないわ。」
「……知りたいか?」
 ぞくっとした。その表情に。私は少し引いた。でも聞かないといけない。
「何?」
「百合の入院先へ行く。事情を話したら、国選弁護人が話を付けてくれた。今から三時間後、二十一時消灯。そのあとにこっそり合わせてくれる。」
「……。」
「芙蓉が誰の子供か、百合本人ならわかる。お前も来い。」
「……私が?」
「お前には知る権利がある。柊の子供であれば柊にも権利があるかもしれないが、それはまだ確定してない。とりあえず、兄弟がいく。お前はその付き添いだ。」
「わかった……。」
 それでは確かに柊さんに言えることじゃない。私は震える手で、携帯電話にメッセージを打ち込んだ。
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