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二年目
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二十二時を少し過ぎてしまった。案外こんな時間でも車は込んでいて、乗ったタクシーが裏道に詳しい人だったから良かったものの、正規ルートしか知らない人ならもっと時間がかかっていたかもしれない。
繁華街は前にここに来たときよりも多くの人がいるように思えた。中心の公園には、子供の姿もある。ここに未成年が来ることは普段なら補導されるかもしれないけれど、今日はさすがに警察官も見て見ぬ振りをしている。そもそもその奥には神社があって、そこに初詣に行くと言えば何も咎められないのだ。
「いいなぁ。酒飲んでる。」
この寒いのに外でビールを飲んだり、温かいおでんをつついている人だっている。温かそうな湯気で、眼鏡が曇ったおじさんが一生懸命それを拭きながら頬を赤くしているのを見て、茅さんはぼんやりそれを見ていた。
「飲みたいの?」
「「虹」は酒を置いていたな。ご馳走になるか。」
「仮装するって言ってたわ。」
「興味ねぇな。葵はするって言ってたか。好きだなぁ。そう言うバカみてぇなやつ。」
「店で言わないでよ。」
「わかってるって。でも喧嘩を振られたら、買うのが男だろ?」
「バカじゃないの。」
そう言って私たちは「虹」のあるビルへ入っていった。隣にはクラブがある。おそらく柊さんはここでレコードを回しているのだ。着替え終わったら連絡しないとな。
「虹」のドアを開くと、圧倒されるような空気だった。大抵の人が仮装をしていて、その中のほとんどが女装、男装をしているようだった。中にはアニメやマンガ、ゲームのコスプレをしている人もいて何となくカオスな状況ではある。
コーヒーと煙草、アルコールの匂いが薄暗い店内を締めていて、たぶん多少クオリティが低くても誤魔化せるようになっているのだろう。
だけどその状況に、茅さんは入らずにドアを閉めた。
「ちょっと、何してるのよ。」
「この中に入るのかよ?正月だからって浮かれ過ぎじゃねぇか?」
「普段浮かれてるくせになに言ってんのよ。入りたくなければ入らなくてもいいわ。」
「柊もこの中にくるのか?」
「……来るんじゃない?来るって言ってたし。」
「あいつがこんな格好するとは思えねぇな。」
柊さんを意識したのかもしれない。私が店のドアを開けると、茅さんも続いて入ってきた。
昼のお客さんと夜のお客さんは毛色が違うらしく、初めて見る人も多い。中には私と同じくらいの歳の人もいた。そしてカウンターに行くと、見たことのある人が立っている。それは黒くて長い髪のウィッグをつけ、赤いワンピースを着ている葵さんだった。
「葵さん?」
化粧もしているけれど元々のベースがいいのか、まるで雑誌から出てきたようなモデルのようだった。彼は私を見ると、にっこりと微笑む。
「遅かったですね。」
「何だよ。お前、すげぇ格好だな。」
「郷に入れば、郷に従いましたよ。」
ワンピースは肩が出ているタイプのもので、椿の入れ墨が丸見えだった。前は見せるのもあることを知られるのもいやがっていたのに、変わったなぁ。葵さん。
「ここではこういう格好をしなければ、かえって目立ちますよ。茅もしたらどうですか。」
「勘弁。だいたい俺もろに男体型だしさ。」
「そんなこといったら柊なんか隠すのも隠せませんよ。」
んー。確かにあのがっちりの体型を女性に見せるというのは、無理がありそうだ。
「そんなこと無いわ。別に女装、男装に限っているわけじゃないもの。」
私の肩に思ったよりも大きな手が置かれた。振り向くと、そこには緑のドレスを着た梅子さんがいた。昔の映画の主人公のように見える。
「桜ちゃんには男装はしてもらわないつもりだしー。」
「梅子さん。」
「ごめんね。葵。手伝ってもらっちゃって。」
「大丈夫ですよ。お酒を作るのは、夏以来ですからね。満足させられるか。」
すると茅さんはそのいすに座ると、葵さんに言う。
「ジンライム。」
「着替えてきてからだ。」
「まじで?やっぱ俺も着替えないとだめ?」
「茅さんも選んであげるわ。大丈夫。隠すところを隠せば、女性にちゃんと見えるから。桜ちゃんは、松秋のところへ行ってくれる?」
「はい。」
そうだった。外見はこれでも松秋さんは女性だったんだ。
私は松秋さんに連れられて、女性用の部屋へ向かう。
「あんたはこっちよ。」
そう言って梅子さんは茅さんを引きずるように連れて行った。
部屋の中はあまり広くはない。一人用にしか設計されていないらしいし、着物を着る人もいるので一人で入るのが精一杯なのだ。
「まず化粧をするか。」
今日の松秋さんは紺色のスーツの中に白いベスト、紺色のクラバットをつけている。まるで映画の中の人のようだ。それでもスーツの上を脱いで、ワイシャツの袖を腕まくりすると、前にも見た傷が沢山ある。
松秋さんは元大工だった。女性でも出来ると思って意気揚々と入っていったのに、結果、女だから傷ついたこともあったらしい。
「目を瞑って。」
あまり饒舌な人じゃない。だから茅さんに敵対心をむき出しにしているのが珍しいと思った。
「……。」
目を開けると私に何か話したそうにしていたが、ぐっと黙ってしまった。
「どうしました?」
「いいや……。」
「……。」
「お前には、隠し事が出来ないようだ。桜。」
「どうしました?」
「この後、蓬さんが来るようになっている。」
「蓬さんが?蓬さんも女装を?」
その受け答えに、彼は思わず吹き出した。
「そこが問題じゃないだろう?」
初めて皮肉ではない自然の彼の笑いを見た気がする。
繁華街は前にここに来たときよりも多くの人がいるように思えた。中心の公園には、子供の姿もある。ここに未成年が来ることは普段なら補導されるかもしれないけれど、今日はさすがに警察官も見て見ぬ振りをしている。そもそもその奥には神社があって、そこに初詣に行くと言えば何も咎められないのだ。
「いいなぁ。酒飲んでる。」
この寒いのに外でビールを飲んだり、温かいおでんをつついている人だっている。温かそうな湯気で、眼鏡が曇ったおじさんが一生懸命それを拭きながら頬を赤くしているのを見て、茅さんはぼんやりそれを見ていた。
「飲みたいの?」
「「虹」は酒を置いていたな。ご馳走になるか。」
「仮装するって言ってたわ。」
「興味ねぇな。葵はするって言ってたか。好きだなぁ。そう言うバカみてぇなやつ。」
「店で言わないでよ。」
「わかってるって。でも喧嘩を振られたら、買うのが男だろ?」
「バカじゃないの。」
そう言って私たちは「虹」のあるビルへ入っていった。隣にはクラブがある。おそらく柊さんはここでレコードを回しているのだ。着替え終わったら連絡しないとな。
「虹」のドアを開くと、圧倒されるような空気だった。大抵の人が仮装をしていて、その中のほとんどが女装、男装をしているようだった。中にはアニメやマンガ、ゲームのコスプレをしている人もいて何となくカオスな状況ではある。
コーヒーと煙草、アルコールの匂いが薄暗い店内を締めていて、たぶん多少クオリティが低くても誤魔化せるようになっているのだろう。
だけどその状況に、茅さんは入らずにドアを閉めた。
「ちょっと、何してるのよ。」
「この中に入るのかよ?正月だからって浮かれ過ぎじゃねぇか?」
「普段浮かれてるくせになに言ってんのよ。入りたくなければ入らなくてもいいわ。」
「柊もこの中にくるのか?」
「……来るんじゃない?来るって言ってたし。」
「あいつがこんな格好するとは思えねぇな。」
柊さんを意識したのかもしれない。私が店のドアを開けると、茅さんも続いて入ってきた。
昼のお客さんと夜のお客さんは毛色が違うらしく、初めて見る人も多い。中には私と同じくらいの歳の人もいた。そしてカウンターに行くと、見たことのある人が立っている。それは黒くて長い髪のウィッグをつけ、赤いワンピースを着ている葵さんだった。
「葵さん?」
化粧もしているけれど元々のベースがいいのか、まるで雑誌から出てきたようなモデルのようだった。彼は私を見ると、にっこりと微笑む。
「遅かったですね。」
「何だよ。お前、すげぇ格好だな。」
「郷に入れば、郷に従いましたよ。」
ワンピースは肩が出ているタイプのもので、椿の入れ墨が丸見えだった。前は見せるのもあることを知られるのもいやがっていたのに、変わったなぁ。葵さん。
「ここではこういう格好をしなければ、かえって目立ちますよ。茅もしたらどうですか。」
「勘弁。だいたい俺もろに男体型だしさ。」
「そんなこといったら柊なんか隠すのも隠せませんよ。」
んー。確かにあのがっちりの体型を女性に見せるというのは、無理がありそうだ。
「そんなこと無いわ。別に女装、男装に限っているわけじゃないもの。」
私の肩に思ったよりも大きな手が置かれた。振り向くと、そこには緑のドレスを着た梅子さんがいた。昔の映画の主人公のように見える。
「桜ちゃんには男装はしてもらわないつもりだしー。」
「梅子さん。」
「ごめんね。葵。手伝ってもらっちゃって。」
「大丈夫ですよ。お酒を作るのは、夏以来ですからね。満足させられるか。」
すると茅さんはそのいすに座ると、葵さんに言う。
「ジンライム。」
「着替えてきてからだ。」
「まじで?やっぱ俺も着替えないとだめ?」
「茅さんも選んであげるわ。大丈夫。隠すところを隠せば、女性にちゃんと見えるから。桜ちゃんは、松秋のところへ行ってくれる?」
「はい。」
そうだった。外見はこれでも松秋さんは女性だったんだ。
私は松秋さんに連れられて、女性用の部屋へ向かう。
「あんたはこっちよ。」
そう言って梅子さんは茅さんを引きずるように連れて行った。
部屋の中はあまり広くはない。一人用にしか設計されていないらしいし、着物を着る人もいるので一人で入るのが精一杯なのだ。
「まず化粧をするか。」
今日の松秋さんは紺色のスーツの中に白いベスト、紺色のクラバットをつけている。まるで映画の中の人のようだ。それでもスーツの上を脱いで、ワイシャツの袖を腕まくりすると、前にも見た傷が沢山ある。
松秋さんは元大工だった。女性でも出来ると思って意気揚々と入っていったのに、結果、女だから傷ついたこともあったらしい。
「目を瞑って。」
あまり饒舌な人じゃない。だから茅さんに敵対心をむき出しにしているのが珍しいと思った。
「……。」
目を開けると私に何か話したそうにしていたが、ぐっと黙ってしまった。
「どうしました?」
「いいや……。」
「……。」
「お前には、隠し事が出来ないようだ。桜。」
「どうしました?」
「この後、蓬さんが来るようになっている。」
「蓬さんが?蓬さんも女装を?」
その受け答えに、彼は思わず吹き出した。
「そこが問題じゃないだろう?」
初めて皮肉ではない自然の彼の笑いを見た気がする。
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