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二年目
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結局帰ってきたのは夜遅くになってからだった。明日は○×市へ行く。市が貸してくれるという物件を見に行くのだ。アパートのドアの前で私たちは手を離した。柊さんの前では何も出来ないのだから。
私は茅さんと同罪だ。柊さんを裏切っている。だけど茅さんに心がある。なぜなら葵さんや竹彦ともキスをされたとき、はっきり「違う」と断言ができた。
なのに茅さんとキスをすると心がバラバラになりそうになる。心はずっと柊さんを思っているのに、どこかで茅さんを求めている。
「桜。入らないのか?」
鍵を開けてくれて待っていてくれた。私は素直に部屋にはいる。
柊さんの革の靴がない。まだ帰ってきていないのだろう。時計を見ると十二時を過ぎていた。
「お風呂にはいる。」
「入ってきたのに?」
「バカね。」
彼は上機嫌だ。やっと自分のものにした気持ちでいるのかもしれない。その証拠に柊さんがいないとわかると彼は、私の体を後ろから抱きついてきた。
「一緒に入る?」
「シャワーにする。もうすぐ眠りたいから。」
手を重ねて、手を避けると脱衣所へ向かった。
「はい……明日見に行きます。えっと……そうですね。」
シャワーから上がると、茅さんは電話をしていた。たぶん本社に報告をしているに違いない。
私は部屋に戻ると、そのままベッドに潜り込んだ。どうやら疲れている。日帰りで出来るような距離じゃないんだろうけど、無理して日帰りしたからなぁ。
目を閉じるとそのベッドの中に吸い込まれそうだった。
そのとき携帯電話の音が鳴って、再び目を開けた。体を起こし携帯電話を取り出す。その相手は竹彦だった。
「もしもし。」
「桜さん……。夜遅く悪いね。」
「どうかした?」
「妹が死んだよ。」
桃香ちゃんという女の子だった。
「……どうして?」
「自殺してね。薬のオーバードーズで精神が破壊されてた。回復傾向にあったんだけど……その……元に戻るとやはり、自分がされたことを思い出したみたいだったから。」
「……竹彦君。大丈夫?」
最後が涙声になっている。両親が死んだときもそんなことはなかったのに。いいや。たぶん彼は人の死が連続して重なっている。だからもろくなっているのかもしれない。
「ちょっと人の死が重なったからかもしれないな。普段は泣いたりしないんだけど。ただ、無性に君の声が聞きたくてね。」
私はベッドから降りて、部屋の窓から外を見た。
「どこにいるの?」
「さっき警察署から帰ってきた。姉は寝込んでしまったから。」
「……竹彦君。何か手伝えることはないかしら。私で出来ることがあれば……。」
「だったら……コーヒーを淹れてもらえないかな。」
「コーヒーでいいの?」
「君のコーヒーが飲みたい。この間、「窓」に言ったけれど君はいなかったから。」
「卒業してこの土地を離れるの。だから辞めてしまって。」
「そうだろうなとは思ってた。」
「……明日……いいえ、今日じゃないとタイミング合わないわね。明日お通夜?」
「うん。」
「じゃあ、後でそちらに行く。」
「え?もうこんな時間だよ。大丈夫?」
「えぇ。手伝えることはない?って聞いたのは私よ。今飲めないのだったら、朝にでも飲んで。」
「……ありがとう。」
電話を切り、私は少しため息をついた。
桃香ちゃんが死んだ。桃香ちゃんは、竹彦が好きだった。竹彦のために、同じステージに上がりたいと竹彦の世界に飛び込んだのだ。その結果が、こんな形になってしまったのだ。
私は運がいい方なのかもしれない。それとも、柊さんや茅さんに守られているからこういう形にはなっていないだけかもしれないけれど、本来そういう人たちなのだ。
女性を騙し、薬漬けにして、売る。その薬は体だけでなく精神もぼろぼろにしてしまうのだ。だから桃香ちゃんは死んだ。
ため息をつき、私はキッチンへ向かった。リビングにはまだ茅さんがいる。携帯電話でどこかにメッセージを送っているようだ。
「どうした?寝るんじゃなかったのか?」
「会わないといけない人がいるの。」
「今からか?もう日が越えてるぞ。明日にしろ。」
「今日じゃないといけないから。」
やかんに水を入れて火にかける。そして今朝飲んだコーヒー豆をミルで挽く。
「何時だと思ってんだ。こんな時間に呼び出す非常識なヤツの言うことなんか聞くんじゃねぇよ。」
非常識が服を着て歩いてるような茅さんに言われたくはないが、たぶん母さんでも同じ事を言うだろう。でも事情が今は違う。
お湯をケトルに移しなおして、ゆっくりと注いでいった。ふわんと言い香りが、部屋中に広がる。
「ただいま。どうしたんだ。こんな時間にコーヒーなんか淹れて。」
柊さんが帰ってきた。私はお湯を注ぎながら、彼の方を少し向いてお帰りなさい。と言った。
「聞けよ。柊。こいつ今の時間から出掛けるって言うんだよ。止めろ。止めろ。俺が言っても聞かないんだから。」
その言葉に柊さんが眉を潜ませた。
「どこへ行くんだ。」
「……竹彦の所。」
「竹彦?」
「妹さんが亡くなったの。自殺して……。」
「妹?あぁ。いつか見たことがあるな。足が速い……あんな女が自殺するようには見えなかったが。」
「竹彦が椿に入った。その後を追うように、彼女もその世界に飛び込んでいったわ。その結果、敵対する組……おそらく高杉組かもしれないけれど、そこの人から薬のオーバードーズで精神が壊れた。その状態で、外国へ売られそうになったところを、蓬さんが助けてくれた。」
「助けた?あいつが?」
意外そうに茅さんが声を上げる。
「でも……なかなか元には戻らなかった。最近は調子がいいって言っていたけれど、調子が良ければ自分がされたことが理解が出来るようになる。」
「……。」
「だから自殺をしたんだって。」
淹れ終わったコーヒーを魔法瓶に入れる。そしてふたを閉めた。
「もしかしたら私がその立場になっていたかもしれない。運が良かっただけ。それから……あなたも、茅さんも、私を守ってくれたから、そうならなかっただけ。」
まともで、普通の生活は見込めない。だけど彼らがいてくれて良かった。
「私に出来ることはコーヒーを淹れること。だからこれを渡して、すぐ帰るわ。」
「桜。一人ではだめだ。理由はわかるが、一人で行ってはいけない。俺がついて行くから。」
「頼もうと思ってた。」
その言葉に、柊さんは少し笑う。
「んだよ。俺は誘ってくれねぇのかよ。」
すると私は首を横に振った。
「茅さんはここにいて。」
「何でだよ。」
「あなたは竹彦を見たら、きっと感情のままに動くから。」
その言葉に彼は動きを止めた。竹彦はまだ百合さんの何かを知っている。今の状態で聞けないだろうけれど、彼のことだ。きっと無理矢理聞こうとするだろう。
「すぐ帰るわ。」
私はそういって部屋に戻って着替えをすると、携帯電話と小銭入れだけをポケットに入れて部屋を出ていった。
私は茅さんと同罪だ。柊さんを裏切っている。だけど茅さんに心がある。なぜなら葵さんや竹彦ともキスをされたとき、はっきり「違う」と断言ができた。
なのに茅さんとキスをすると心がバラバラになりそうになる。心はずっと柊さんを思っているのに、どこかで茅さんを求めている。
「桜。入らないのか?」
鍵を開けてくれて待っていてくれた。私は素直に部屋にはいる。
柊さんの革の靴がない。まだ帰ってきていないのだろう。時計を見ると十二時を過ぎていた。
「お風呂にはいる。」
「入ってきたのに?」
「バカね。」
彼は上機嫌だ。やっと自分のものにした気持ちでいるのかもしれない。その証拠に柊さんがいないとわかると彼は、私の体を後ろから抱きついてきた。
「一緒に入る?」
「シャワーにする。もうすぐ眠りたいから。」
手を重ねて、手を避けると脱衣所へ向かった。
「はい……明日見に行きます。えっと……そうですね。」
シャワーから上がると、茅さんは電話をしていた。たぶん本社に報告をしているに違いない。
私は部屋に戻ると、そのままベッドに潜り込んだ。どうやら疲れている。日帰りで出来るような距離じゃないんだろうけど、無理して日帰りしたからなぁ。
目を閉じるとそのベッドの中に吸い込まれそうだった。
そのとき携帯電話の音が鳴って、再び目を開けた。体を起こし携帯電話を取り出す。その相手は竹彦だった。
「もしもし。」
「桜さん……。夜遅く悪いね。」
「どうかした?」
「妹が死んだよ。」
桃香ちゃんという女の子だった。
「……どうして?」
「自殺してね。薬のオーバードーズで精神が破壊されてた。回復傾向にあったんだけど……その……元に戻るとやはり、自分がされたことを思い出したみたいだったから。」
「……竹彦君。大丈夫?」
最後が涙声になっている。両親が死んだときもそんなことはなかったのに。いいや。たぶん彼は人の死が連続して重なっている。だからもろくなっているのかもしれない。
「ちょっと人の死が重なったからかもしれないな。普段は泣いたりしないんだけど。ただ、無性に君の声が聞きたくてね。」
私はベッドから降りて、部屋の窓から外を見た。
「どこにいるの?」
「さっき警察署から帰ってきた。姉は寝込んでしまったから。」
「……竹彦君。何か手伝えることはないかしら。私で出来ることがあれば……。」
「だったら……コーヒーを淹れてもらえないかな。」
「コーヒーでいいの?」
「君のコーヒーが飲みたい。この間、「窓」に言ったけれど君はいなかったから。」
「卒業してこの土地を離れるの。だから辞めてしまって。」
「そうだろうなとは思ってた。」
「……明日……いいえ、今日じゃないとタイミング合わないわね。明日お通夜?」
「うん。」
「じゃあ、後でそちらに行く。」
「え?もうこんな時間だよ。大丈夫?」
「えぇ。手伝えることはない?って聞いたのは私よ。今飲めないのだったら、朝にでも飲んで。」
「……ありがとう。」
電話を切り、私は少しため息をついた。
桃香ちゃんが死んだ。桃香ちゃんは、竹彦が好きだった。竹彦のために、同じステージに上がりたいと竹彦の世界に飛び込んだのだ。その結果が、こんな形になってしまったのだ。
私は運がいい方なのかもしれない。それとも、柊さんや茅さんに守られているからこういう形にはなっていないだけかもしれないけれど、本来そういう人たちなのだ。
女性を騙し、薬漬けにして、売る。その薬は体だけでなく精神もぼろぼろにしてしまうのだ。だから桃香ちゃんは死んだ。
ため息をつき、私はキッチンへ向かった。リビングにはまだ茅さんがいる。携帯電話でどこかにメッセージを送っているようだ。
「どうした?寝るんじゃなかったのか?」
「会わないといけない人がいるの。」
「今からか?もう日が越えてるぞ。明日にしろ。」
「今日じゃないといけないから。」
やかんに水を入れて火にかける。そして今朝飲んだコーヒー豆をミルで挽く。
「何時だと思ってんだ。こんな時間に呼び出す非常識なヤツの言うことなんか聞くんじゃねぇよ。」
非常識が服を着て歩いてるような茅さんに言われたくはないが、たぶん母さんでも同じ事を言うだろう。でも事情が今は違う。
お湯をケトルに移しなおして、ゆっくりと注いでいった。ふわんと言い香りが、部屋中に広がる。
「ただいま。どうしたんだ。こんな時間にコーヒーなんか淹れて。」
柊さんが帰ってきた。私はお湯を注ぎながら、彼の方を少し向いてお帰りなさい。と言った。
「聞けよ。柊。こいつ今の時間から出掛けるって言うんだよ。止めろ。止めろ。俺が言っても聞かないんだから。」
その言葉に柊さんが眉を潜ませた。
「どこへ行くんだ。」
「……竹彦の所。」
「竹彦?」
「妹さんが亡くなったの。自殺して……。」
「妹?あぁ。いつか見たことがあるな。足が速い……あんな女が自殺するようには見えなかったが。」
「竹彦が椿に入った。その後を追うように、彼女もその世界に飛び込んでいったわ。その結果、敵対する組……おそらく高杉組かもしれないけれど、そこの人から薬のオーバードーズで精神が壊れた。その状態で、外国へ売られそうになったところを、蓬さんが助けてくれた。」
「助けた?あいつが?」
意外そうに茅さんが声を上げる。
「でも……なかなか元には戻らなかった。最近は調子がいいって言っていたけれど、調子が良ければ自分がされたことが理解が出来るようになる。」
「……。」
「だから自殺をしたんだって。」
淹れ終わったコーヒーを魔法瓶に入れる。そしてふたを閉めた。
「もしかしたら私がその立場になっていたかもしれない。運が良かっただけ。それから……あなたも、茅さんも、私を守ってくれたから、そうならなかっただけ。」
まともで、普通の生活は見込めない。だけど彼らがいてくれて良かった。
「私に出来ることはコーヒーを淹れること。だからこれを渡して、すぐ帰るわ。」
「桜。一人ではだめだ。理由はわかるが、一人で行ってはいけない。俺がついて行くから。」
「頼もうと思ってた。」
その言葉に、柊さんは少し笑う。
「んだよ。俺は誘ってくれねぇのかよ。」
すると私は首を横に振った。
「茅さんはここにいて。」
「何でだよ。」
「あなたは竹彦を見たら、きっと感情のままに動くから。」
その言葉に彼は動きを止めた。竹彦はまだ百合さんの何かを知っている。今の状態で聞けないだろうけれど、彼のことだ。きっと無理矢理聞こうとするだろう。
「すぐ帰るわ。」
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